君たちはどう座るか 3
座太郎は立ち上がり二人の返事を待たずに歩き出した。
エリは何か言いたげな表情を浮かべるがグッと堪えてついていく。
カオリも一緒に歩き出す。
「ここがさっき生徒会長が言った6号車乗り場だな」
誰もいないその乗り場のマークを指さす座太郎。
「確かにここまでくれば先の3駅からの乗客の混雑は若干落ち着いているだろう。が、座るのは無理だな。立っているのが多少ラクになるくらいだ」
そして座太郎は何も言わずにまた歩き出す。
二人は不思議そうに無言で見つめ合い、また黙ってついて行く。
「ここはどう思う?」
座太郎が移動した先は中央の階段を上ってすぐの10号車の位置だった。
「でも、ここだと階段を上って待っている人たちで混雑しませんか?」
エリは先ほどの自分の理論を展開した。
「考え方の基礎としては正しい。が、その理論はこの駅では通用しない。ここからのこの景色を見てみろ。そう、このホームの高さだ。朝から通勤するときにこんな長い階段を使いたいと思うか?そして改札からの距離。誰もこの階段なんて使わずに、近くのエスカレータを使うだろ?それに見てみろよこの傾斜、こんなのを朝に上がってたら仕事どころじゃなくなるぜ」
エリはその階段をのぞき込む。
ぞっとするような傾斜とその長さに吸い込まれそうな恐怖を感じる。
「この階段は長く、傾斜が大きい・・・」エリが呟く「この階段を上がってくる客はいない・・・」
「ああ、じゃあこの階段は何のためにある?誰が使う?」と座太郎。
「降りる人・・・」カオリが呟いた。
「そうだ、その通り。この階段はこの駅を目的地として降りた客だけが使用する階段だ。だから生徒会長が言った混雑は絶対に起こらない」
「すごい・・・」感動を覚えながらエリが続ける。「じゃあ、ここなんだ。ここから乗ればカオリは座れるんだ。よかった・・・」
「甘いぞ、生徒会長!まだこの駅の特性と乗客心理が分かっていない」
「・・・」
エリは何も反論せずに座太郎の次の言葉を待った。
「この車両にはどういう客が乗っているか?それはもちろん電車から降りて素早く階段を下りたいサラリーマンたちだ。毎朝通勤する彼らならある程度決めた車両に乗っているだろう。さらに今はアプリや案内で出口や階段に近い車両を表示しているものもあるから、その傾向は顕著になっている」
「なら、いいんじゃないの?沢山降りてくる乗客がいれば、それだけ座席が空く可能性が高いから」とエリ。
「そこでこの駅の特性の把握が必要になるんだ。この駅は目的地でもあれば、そうではない常磐さんのような人も乗ってくる。それは先の駅でも同じで、すでに乗っている人たちも都心が目的地の人も多いはずだ。おそらく50:50。乗っている客も降りる客も多い。そして降りる客が多いっていうことはどういうことだ?」
「空く席が多い?」エリは不思議そうに言った。
「違う。視点が違う。この駅で乗る乗客は彼らが降りきるのを待たなきゃいけないってことだ。もう都会で2か月も電車に乗っているから、待たされた経験はあるだろ?例えば最後の一人が乗る客のことを考えずにスマホをいじりながらゆっくり降りてくるとか。俺は手が出そうになる・・・」
「・・・」カオリが無言で座太郎を見つめる。
「半分冗談だ。続けよう。すでに車両に乗っている半数近くは都心を目指している。つまり、常磐さんたちが電車に乗ろうと外で待っている間にせっかく空いた席は彼らに取られてしまう確率が高い」
「なるほど」エリは感心する。「でもでも、じゃあどうすれば?」
「こっちだ」
そう言うと座太郎は先頭からさらに一つ離れた11号車のホームへ移動した。
「この車両だ」
「でも、それだった9号車も同じですよね?」
エリは9号車の方向を指さす。
「生徒会長は本当にいいワトソン役だ。これが大いに違う。大切なのは階段の向きなんだ。階段は11号車側を向いていて、その車両から降りた人たちはそのまま階段へ向かうことができる。反対に9号車の乗客はまず階段の横を回らないといけない。狭い通路でタイムロスをくらい、そこからさらにすでに出来上がっている列の後ろに並ばないといけない。毎朝通うサラリーマンならその駅の構造を把握しているから、降りる客は9号車よりも11号車に集まりやすいんだ。10号車ほどは集中しない、しかし降りる乗客は多い。ほどよい理想的な状況が生まれる」
「すごい・・・」次はカオリが感嘆の声を漏らした。
「この車両ならカオリも座れるんだ。よかった・・・」
「まだだ!」座太郎が二人の気を引き締めるかのように声をあげた。「次は扉の問題がある。生徒会長、一つの車両で扉はいくつある?」
「扉・・・」
エリはそう呟いて二人から離れて歩き出す。
普段何気なく電車に乗っていてそんなことを気にしたことがなかった。
11号車の乗り場のマークが入った立ち位置を確認しながら歩いていく。
まず先頭の扉、次の扉、3番目の扉、最後の扉。
それより奥は12号車と表示されている。
この確認を終えエリは二人のもとへ戻った。
「4か所あります」
「じゃあ、何番目の扉から乗ればいい?」
「えっと」エリは電車の車両をイメージし、即答せずに少し考えてから答えた。「2番目です・・・」
「何故だ?」
「はい、先頭の扉から入ると右端は3席ずつしかないからです。座席の数が少なくて座れるチャンスも少ないから・・・」
「ほうっ・・・もしこれで先頭の扉と言っていたら破門していたところだったが合格だ。50点。まず半分は合っている。そして残りの半分が間違っている。正解は3番目の扉だ」
「どうして?」エリは真っすぐな目で聞いた。
「それはさっきの10号車を避けたのと同じ理論だよ。車両の中でも乗客はより早く電車から降りることができる扉を選ぶんだ。だから自然と2番目よりは1番目、3番目よりは2番目の扉から出ようとする。それで何が起こる?」
「階段に近い扉で待っている乗客は乗り込むのが遅くなる・・・」次はカオリが答えた。
「その通り。つまり、3番目の扉で待つ客はより早く車両に乗り込むことができるようになるんだ。そしてここからが大切だ。11号車3番目の扉、向かって右側の列。ここだ、ここが正解、ここに並べ」
座太郎がそのポジションを力強く指さす。
「列も関係あるんですね。そして、その心は?」エリは興味津々だ。
「列の概念は重要だ。同じ3番目の扉に並ぶ2列でも、この2列は競合しない。電車の構造を思い出せ。それぞれの扉を挟んで座席がセットされているだろ?だから3番目右側の列の競合は2番目左側の列だ。3番目左側の列は4番目の両列になる。これは4番目の扉は生徒会長が言ったように座席数が少ないのと優先席になっていることに起因している。良心のある4番目の扉で待つ多くの乗客が3番目左側の列の乗客と座席を奪い合うことになるんだ。それに対して3番目右側の列の競合である2番目左側の列は、さっきも話したようにスタートダッシュが遅れる。その分チャンスが多いってわけなんだ」
エリは目から鱗が落ちる感覚を生まれて初めて味わった。
まさかそれが電車の席に座るための講座になるとは・・・。
「私、座れる気がしてきた」
カオリが嬉しそうな表情でエリに微笑んだ。
「うんっ!」
そんなカオリを見てエリは心から嬉しくなる。
「座れる気がするんじゃなくて、座るんだよ」
座太郎が二人に笑顔を向ける。
「それに、テクニックはまだまだあるぜ。この駅ならそこまでする必要はないと思うが、やろうと思えば電車が到着する前から、どの席が空くか、どの席に座れるかが分かるようになる」