君たちはどう座るか 2
「まず、この街について考えることが必要だ。常磐さんは、サラリーマンが多くて休日は人が少ない、と言ったな。その視点は大切だ。つまりこの駅を中心に形成されている街はどういう街か?ここはサラリーマンたちが目的地として来る商業地なんだよ。田舎者の小娘二人組にはまだ街の違いのその感覚が掴めないだろう。うわ、この街もこの駅も大きい、インスタで写真上げなきゃ、ぐらいな感覚だっただろ?」
エリは殺意を込めた視線を座太郎に突き刺す。
それに気がついたのかすぐに真面目な表情に戻し座太郎が続ける。
「つまり、この駅は常磐さんのように都心へ向かう利用客も多ければ、ここを目的地とする利用客も多いということだ!」
座太郎は何か決め台詞のように言い切った。
「確かに反対方向の電車から降りる人が多くて、エスカレータから電車に向かうまでに人ごみをかき分ける時があります!」カオリが驚きながら言う。
「常磐さん、がっかりだよ。生徒会長と違ってアンタは優秀だと思っていたんだが」
その言葉を聞きカオリがショック受けたかのように小さくうなだれた。
「ちょ、何で私はすでに優秀じゃないの?」
エリは突然飛んできた矢に思わず反応する。
「まあ、進めていこう」座太郎が二人の反応を無視して続ける。「次に駅の構造だ。改札は一つだけ。常磐さんの乗る路線のホームは上りと下りが左右に来るタイプ。そこへ辿り着くにはさっき使ったエスカレータ、その右側に平行している階段、そして小さなエレベータ、改札から遠いホームの中間に繋がる階段。これが全てだな?」
「はいっ」カオリが気合を入れなおして返事をした。
「おそらく常磐さんと同様にほとんどの人がホームに向かうときはこのエスカレータを使うだろう。さすがに階段だと高すぎる。じゃあ次にホームだ。これは生徒会長の着眼点が鋭い。エスカレータはホームの端に着くようになっているんだ。降りて右手が常磐さんが利用する上りのホーム。そして左手が下りで、この駅を目的地としたサラリーマンが沢山降りてくるホームだ。さっき常磐さんが言っていた、人ごみをかき分けなきゃいけないっていう原因はこの構造だな。左側に着いたサラリーマンが右側にある階段へ向かう。左側のエスカレータに乗っていた客が右側のホームへ向かう。これがクロスしているからその渋滞が発生する」
「そ、そうです・・・凄い・・・」とカオリ。
「こんなのは一度見れば分かるはずだ!甘すぎる!これを凄いと思うようなら小学生からやり直しだ!」
カオリが再びショックを受けたように下を向く。
エリはカオリがこんな感じで注意される姿を初めて見た。品行方正で成績優秀なカオリ。こんな叱責は人生でもそんなに経験したことがないのではないか。まあ、その内容は何であるにせよ。
そしてエリ自身も振り返ってみると、ここまで誰かから邪険に扱われてきた経験がほとんどなかった。いつも二人は褒められることはあれど、がっかりだ、とか、優秀じゃない、などと不躾に言われたことがなかった。
それをこの男はズケズケと言ってくる。エリはその話の内容には感心しながらも座太郎のパーソナリティには相変わらず苦手なものを感じていた。
「まあ、ざっと基本的な条件はこんな感じだ。ここから何が分かる?そして情報として何が足りない?まあド田舎小娘二人組には難しいかもしれないが」
「本当に失礼っ」エリは怒って立ち上がった。「私、分かりましたよ。スワリストとか名乗って偉そうに講釈を垂れてるのに、こんなド田舎小娘がすぐ分かっちゃうんだから、大したことないですね」
「ほう?じゃあ聞かせてくれよ」
「ふんっ、いいですよ。まず答えから。カオリは2号車や3号車じゃなく、もうちょっと奥に進んだところの車両に乗るべきなんです。5号車とか6号車あたりですかね。アナタはこの駅の構造について分析しました、それは正しいです」
「な、偉そうにっ」座太郎が横柄な弟子の態度に驚く。
エリは腕を組んで続ける。
「つまり、エスカレータから降りてすぐに電車に乗れるからみんなが先頭側に並ぶんです。だからこの車両は混んでしまう。同じ理由で中央の階段近くの車両も却下。答えはその間にある車両なんです」
エリは自分の分析が正しいことを喋りながら確信した。
そう、カオリは乗る車両を変えればいい。
こんな無礼なスワリストに教えてもらう必要などなかったのだ。
「良くて15点だな」
座太郎が伸びきったエリの鼻をへし折るように人差し指を向けて言った。
「な、どうしてそんなに低いんですか!」
「答えはお友達に聞いてみろ。どうだ?さっきの生徒会長の見解は?そもそも常磐さんはどうして2号車や3号車に乗っているんだ?」
カオリは立ち上がったままのエリの方へ一瞬視線を送り、そして座太郎の方へ向き直った。
「はい。本当は女性専用車両の1号車に乗りたいんですが、混んでしまっていて乗れないことがほとんどで・・・だから隣の2号車とか3号車の列に並んでいます。電車が到着するときにその込み具合を見て、もし乗れそうなら1号車の列に並ぼうと。それで乗れたことはほとんどないんですが・・・」
「なるほど、それは考え方としては間違っていないな。犯人のせいで選択肢が狭くなってしまっているんだな・・・次に生徒会長の説はどうだ?この先頭側に乗客が集まる説は」
「エリ、ごめんね」カオリが小さく謝った。「それはありません。私も一度それを考えて他の車両の列に並んだんですけど、その電車を待つ列は若干の違いはあってもどこも同じくらいでした。やっぱり先頭側には反対側の電車から降りてくる人が集まって混雑しちゃうから、皆が避けてるんだと思います。結局どこの列も同じくらいだったんで、それからも1号車近くの2号車に乗っています」
「そ、そんな・・・」エリは愕然とする。
「ということだ。残念だったな、生徒会長。ただアンタは15点手に入れている。それは、乗る車両を変える、っていう部分だ。その考え方はあっているから、そこまで悲観的になる必要はない。まだまだ未熟で先は長いが、スワリストへの道を諦めるのは早いぞ」
エリは棒立ちになりながら、その言葉が耳を通過していくのを感じた。
「そう、車両を変えるという答えは正解だ。ただし、その車両と考え方が間違っている。まず常磐さんが言った、並んでいる列はそこまで変わらなかった、という話だ。それはここの駅の利用者がホームの端がとんでもないことになることを知っているから、自然と分散が起きているからだ。もしエスカレータ近くの車両に並んでその人の波に飲み込まれたら嫌だからな。だから多少の違いはあったとしても列が極端に偏ることはないんだ。次に常磐さんが間違っている部分。列は均等だから女性専用車両の1号車の近くに乗るという考え。確かにこの駅から乗る乗客の数は各車両同じくらいかもしれない。しかし、電車の中は違う」
「電車の中は、違う・・・?」カオリが不思議そうに聞き返す。
「ああ、この駅に着いた時点で電車の各車両に乗る乗客数には偏りが生じているんだ。ここが情報として足りない部分。おそらくこっちに来て日も浅いから、職場とは反対方向の隣の駅やその隣の駅には行ったことがないだろう?」
「はい、反対側は特に商業施設があるとか、そういう駅じゃないので」とカオリ。
「つまりそれらはベッドタウンの駅。そしてここからが重要だ。隣3つまではこの駅のホームと同じ構造をしているんだ。つまりどういうことだ、生徒会長?」
「え?えっと・・・」エリは考え込む。
「ヒントをやろう。同じ構造の駅。しかし、ここと違って目的地とする客はほとんどいない。つまり・・・」
「・・・その3つの駅では先頭車両側に乗客が集まる。だから、すでに偏りが発生している・・・」
「その通り」座太郎は指をパチンと鳴らした。「ベッドタウンの3つの駅では、この駅みたく先頭車両側の乗車を避けるような現象は発生していないんだ。乗る客がほとんどだからな。しかし、常磐さんはいつも先頭近くで電車を待っているから、その状況を確認できていない。良くて一つ奥の車両の混雑具合がチラッと見えるくらい。常磐さん、アンタにはその把握が欠けているんだ」
「なるほど」エリは目を輝かせて言った。「すごいすごい!」
無邪気に褒めてくるエリに座太郎は少し嬉しそうに頭をかいた。
「でもでも、なら最初の私の案は?そっちへ行けば満員状態は避けれるんじゃないですか?」エリは興味津々で聞いた。
「目的を忘れているぞ。もちろん電車内の混雑具合は少し奥の車両に行けば和らぐだろう。あの産業の負の遺産とも言うべき異様で醜く目を覆いたくなる混沌。ただし、この駅では、な」
「この駅・・・」とカオリ。
「そうだ。この駅で満員じゃない車両に乗っても目的の駅までに客は増えていく。もし犯人がいるとしたら、次はそうやって混んできたタイミングを狙うんじゃないか?目的は混んでいない車両に乗ることじゃないだろ?」
「目的は座ることだ」
その通りだ。座太郎の言葉を聞いてエリは思った。この駅で大丈夫でも、ここからカオリの職場の最寄り駅まではいくつも駅があってどんどんと混雑していく。立っていたらダメだ。ここで座らないと。
「じゃあ、どの車両に乗るべきか?ついてこい、ド田舎小娘二人組!」