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【8日目・朝】

 朝である。

 窓から差し込む陽光が寝室を明るく照らしており、小鳥の囀りが聞こえてくる。今日も雲のない晴天は突き抜けるほどの青色を湛えており、寝起きの目には少し眩しい。


 布団に包まれた状態でベッドに寝転がっていたショウは、しばしぼんやりしてからようやく今までの出来事を思い出した。



「うあああぁぁ……!!」



 恥ずかしい。顔から火が出るほどの羞恥心が襲いかかる。


 昨夜、ついに夢にまで見たユフィーリアとの甘い夜を過ごすことが出来た。今日という日を待っていたのだ。「早く手を出してくれないものか」と最愛の旦那様に迫ったりしたものだが、ようやっと一線を越えられる日が到来したのだ。

 でも、いざ越えてみるともはや恥ずかしくて仕方がない。記憶の中のユフィーリアはとても優しくて、叔父の手によって無理やり組み敷かれた時の苦しさや痛みなどは比べものにならないぐらい甘く蕩かしてくれたので負の感情はない。だからこそ恥ずかしいのだ。


 枕に顔を埋めてジタバタとベッドの中で暴れるショウは、パタパタという足音を聞く。ハッとなって顔を上げた途端、寝室の扉が開かれた。



「おはよう、ショウ坊。身体の具合はどうだ?」


「ゆ、ユフィーリア……」



 布団にミノムシの如く包まった状態で、ショウは寝室の扉を見やる。


 シャワーでも浴びてきたのだろう。濡れた銀髪をタオルで拭うユフィーリアが、ベッドの側までやってくる。格好は見慣れた黒装束だが袖のない外套は羽織っておらず、肩どころか背中が剥き出しの状態になっている意匠であった。今までそんな露出度の高い衣装だったとは知らなかった。

 布団に包まるショウの頬に、水気を孕んだ指先を添えてくるユフィーリア。慈しむようにショウの頭や頬を撫でると、寝起きで上手く反応できないショウの額にキスをしてきた。



「シャワー浴びるか? 身体がつらいなら連れていくぞ」


「い、いや、大丈夫、自分で行ける……」


「そうか?」



 ユフィーリアは色鮮やかな青色の瞳をじっとショウに向け、



「風邪でも引いた? 頬が赤いけど」


「いや、これは」


「やっぱり無理させすぎたか? 色々と勉強はしたつもりだけど、いざ実践するとままならねえもんだな。もし痛いところとか辛いところがあったら言えよ」



 青色の瞳には、確かに心配するような光が宿されていた。


 思えば、昨日まであった熱っぽさは嘘のように解消されていた。それどころか驚くほど清々しい気分なのだ。やはり風邪などではなかったようで安心した。

 ただまあ、身体の怠さは感じられる。痛みに関してはほとんどないが、ショウが気づいていないだけかもしれない。しばらくは無理な運動を避けた方がよさそうだ。


 しょんぼりと肩を落とした様子のユフィーリアに、ショウは「身体は大丈夫だ」と応じる。



「ただ、そのぅ……恥ずかしくて……」


「恥ずかしい?」


「ようやくユフィーリアと愛しあえたという喜びもあるのだが、その、思い返すと恥ずかしいなと……」



 あの甘い夜の記憶が蘇り、ショウは全身を布団で包み込む。顔中に熱が集中しているのが嫌でも分かった。


 布団に潜って唸り声を漏らすショウを、ユフィーリアが「おりゃ」と布団越しに強く抱きしめてくる。ついでに言えば布団越しにショウの身体のあちこちをつついてくすぐってきた。

 最愛の旦那様によるじゃれあいに、堪らずショウは布団から顔を出す。目の前には楽しそうに笑うユフィーリアの綺麗な顔があった。ショウの鼻先を指で押し、声を上げて笑う。



「全く、アタシのお嫁さんは本当に可愛いな」



 それから彼女はショウの鼻先にそっとキスをして、



「朝飯、何が食いたい? 一応、予定ではパンクックにしようかって思ってるけど」


「パンクック!!」


「あからさまに元気になったな。シャワーは1人で浴びれそうか?」


「ああ、大丈夫」


「辛かったりしたら呼べよ」



 ユフィーリアはショウの頭を撫でてから、くるりと踵を返す。


 その際、タオルを使って濡れた銀髪を纏めたからだろうか。彼女の剥き出しとなっている背中が、ショウの視線の先にバッチリと映り込んだ。

 陽光を反射する彼女の真っ白な背中には、肩甲骨辺りを重点的に無数のみみず腫れが刻み込まれていた。よく目を凝らすと、それは引っ掻き傷である。さながら猫が背中に飛び乗って、バリバリと爪研ぎをしたかのような雰囲気が感じられた。


 それらの傷に、ショウは身に覚えがあった。



「あ、あの、ユフィーリア」


「どうした、ショウ坊?」



 寝室の扉から半身だけ覗かせて、ユフィーリアは首を傾げる。「やっぱり身体がつらい?」と聞かれたが、ショウが言いたいのはそうではない。



「ユフィーリア、背中……」


「背中?」


「背中の傷は、一体……あの、もしかして……」



 ショウが唇を震わせながらも何とか背中の引っ掻き傷の件を指摘すると、彼女は「ああ」と得心がいったように頷いた。



「いいだろ。可愛い猫ちゃんが一生懸命、爪を立ててくれたようでな」



 そう言って、彼女は口の端を吊り上げて笑い、寝室の扉の向こうに引っ込んでいく。


 あれらの傷には覚えがある。ショウがおそらくやったのだ。

 何もかもがいっぱいいっぱいの状況で、本能で彼女の背中に爪を立てたのだ。しがみついた記憶もしっかり残っているので、事件はその時に起きていた。


 布団に包まった状態で寝室を飛び出したショウは、慌ててユフィーリアを追いかける。



「ユフィーリア、治療!! 治療を!!」


「やだよ、いい思い出だろ」


「ユフィーリア!!」


「そんな顔されて嫌なもんは嫌だ」



 泣きそうになりながらも治療を求めるショウから、ユフィーリアは軽い調子でケラケラと笑いながら逃げ回るのだった。

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