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【6日目・夜】

 ふわりと漂う花の甘い香りが心地よい。



「ふふん、ふんふん♪」



 ユフィーリアの鼻歌が耳朶に触れる。


 寝室には現在、香炉が焚かれていた。ユフィーリアが「よく眠れるようにな」なんて言いながら用意していたのだ。

 噎せ返るような甘い花の香りは徐々にショウへ睡眠を促しており、同時に身体の芯が痺れるような感覚に陥らせる。何か危ない薬品を最愛の旦那様が用意するはずもなく、身体の方は問題なく動かせるし呼吸も出来るので、気のせいか何かだろうと痺れた思考回路で判断する。


 大きなベッドに身体を横たえるショウは、重くなる瞼を擦って枕元で香炉の様子を窺うユフィーリアを見上げた。



「ゆふぃ、りあ」


「ん? どうした、ショウ坊」



 ベッドに身体を横たえたショウの顔を、ユフィーリアが覗き込む。


 間接照明の橙色の明かりを受けて鈍く輝く銀色の髪、夜空のような煌めきを閉じ込めた青い双眸。ぞっとするほど美しい面貌が目の前に迫り、ショウは心臓の苦しさを覚える。彼女の美貌を前にしただけでお腹の奥が締め付けられる。

 白魚のようなユフィーリアの指先が、ショウの頬にかかる黒髪を払ってくれた。肌を掠めた彼女特有の冷たさを、普段よりもほんの少し鋭く拾ってしまう。「ん」と自分の口から艶めいた声が漏れた。


 優しげに、でもほんの僅かに楽しそうな表情を見せるユフィーリアは、



「もう眠いか?」


「んぬぃ」



 首を緩やかに横に振る。


 眠いことは眠いのだが、それ以上に身体の熱さが昨日よりも酷い。まるで熱に浮かされているようだ。まあ、連日のようにベビードールなんて防御力も防寒力も低い衣装を身につけていれば風邪でも引きそうなものである。

 室温は汗ばむほど温められているので、風邪を引くような寒さはない。ユフィーリアとてショウの体調が悪いと判断すれば薄いベビードールなんて連日着せないだろう。


 ならば、この身体の中心で渦巻く熱は何だろうか。



「ショウ坊、今日のチョコレートいる?」


「いる……」



 気怠さのある身体に鞭を打ち、ショウはのそのそと起き上がる。


 ユフィーリアの手には、魔法で転送したらしい銀色のお盆が握られていた。お盆の上に載せられた皿には、薄茶色と焦茶色の2層に分かれた1粒のチョコレートがあった。頂点に埋め込まれたアーモンドの粒が、己の存在を主張している。

 指先でチョコレートの粒を摘み、ユフィーリアはショウの唇に押し当ててくる。唇を通じて感じる甘いチョコレートの味に、鈍くなりつつある思考回路がますます蕩けていくような感覚になる。


 半開きにした唇でかろうじてチョコレートの粒を挟み込むと、茶色の宝石が口からこぼれ落ちるより先にユフィーリアの唇がショウの口を塞ぐ。



「ん、んぅ」



 くぐもったショウの艶声が、静かな寝室に落ちる。


 唇を合わせただけで電流のような甘い痺れが、脳天から全身を駆け抜けていったのだ。いよいよ持ってこれは何かがおかしいと理性が声を上げるも、もはやショウの意識にまで届かない。

 チョコレートの粒をユフィーリアの舌が、ショウの口腔内に押し込んでくる。コロコロと舌の上で転がされ、口の中を思う存分に蹂躙された。ユフィーリアが深く深く落とし込むようなキスをするので、ショウは抗えずに落とされていくだけだ。


 唾液に混ざって溶け出すチョコレート。その甘さと、身体を支配する甘美な痺れがショウから考える力を奪う。



「ん、ぬぃ」


「ふは、甘いな」



 ようやく口の中でチョコレートが完全に溶け、喉の奥に流し込んだところでユフィーリアが唇を離す。口の端を吊り上げて笑う彼女に、どきりと心臓が高鳴った。



「んむ」


「お、ショウ坊もそろそろお眠か」



 大きなベッドに背中から飛び込むと、柔らかな敷布団が優しく受け止めてくれる。もう眠くて寝返りを打つと、ユフィーリアが布団をショウの肩までかけてくれた。

 それから、彼女は焚いている香炉を片付けようとベッドから離れる。途端に胸の内側に寂しさが生じた。「離れていってほしくない」と心の底から願う。


 その願いに突き動かされるまま、ショウは布団の隙間から手を伸ばす。離れようとするユフィーリアの小指を、かろうじて掴んだ。



「側に、いて」



 睡魔に襲われ、少しくぐもった声でショウはユフィーリアに求める。



「ん、分かった。寝るまで側にいるよ」



 ショウの頭を撫で、ユフィーリアはベッドに腰掛けた。優しい手つきで頭を撫でられると、自然と眠くなってしまう。

 最愛の旦那様が側にいることに安堵したショウは、そのまま睡魔に身を委ねることにした。

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