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【4日目・夜】

 ツゥ、と肌に冷たい液体が垂らされる。



「ふにぃ」


「こら、動くな」


「つめたぃ……」



 寝転がるショウの太腿に、ユフィーリアが香油を垂らす。


 香油から漂う花の香りが心地よい。温かな室温も相まってウトウトと微睡んでしまう。

 ここのところ思考回路が上手く働かず、何だか夢見心地な気分が続いている。ユフィーリアにされるがままだ。昨日のマニキュアに引き続き、今日はお肌のお手入れである。


 ショウの華奢な足へ香油を塗り込むユフィーリアは、それはそれは楽しそうであった。聞こえてくる鼻歌に耳を傾けていると、徐々に眠たくなってしまう。



「ショウ坊」


「んん」


「しょーうぼーう、終わったぞ」


「んぃ」



 ひんやりとした温度を帯びる指先で頬をくすぐられ、ショウはうつ伏せにしていた上体を起こす。乱れた黒髪をノロノロと手櫛で整えてから、旦那様の顔を見上げた。

 気持ちのいいマッサージと香油のおかげでお眠な状態のショウに、ユフィーリアは声を押し殺して笑う。少しばかりボサボサになった黒髪を魔法で転送してきた櫛で丁寧に梳き、首の後ろ辺りで結ばれた寝巻きのリボンを結び直してくれる。


 それから、彼女は背後からショウの華奢な身体を抱き寄せた。背中でふわふわとした感触を受け止めたことで眠気が吹き飛ぶ。



「ゆふぃッ」


「何だ、ショウ坊。恥ずかしいのか?」



 恥ずかしがるショウの反応を楽しむように、ユフィーリアは小悪魔めいた笑みを見せて言う。



「こんな格好してるのに」


「ユフィーリアが渡してくるから……!!」


「拒否することも出来ただろ。素直に着てくれるんだもん、お前は本当に可愛いお嫁さんだよ」



 ショウのこめかみ部分に唇を触れさせるユフィーリア。余裕のある態度にショウは翻弄されてばかりだ。


 現在、ショウの格好は肌の透けるような白色のベビードール姿だった。心臓の辺りで結ばれた真っ白な大きいリボンから生地が開かれ、お腹が完全に剥き出しの状態となってしまっている。腕や首にも同色のリボンが巻き付けられているのは、寝室で待っていたらユフィーリアがニコニコの笑顔で巻いてきたのだ。

 見えてほしくない箇所は見えないが、露出が大きいので派手に動いただけでも色々と曝け出してしまいそうになる。その事実に気づくと途端に羞恥心が膨れ上がり、自分の腕で身体を隠した。



「なーに隠してんだ」


「だって恥ずかしい……」



 楽しそうに笑うユフィーリアをジト目で見やるショウは、



「俺が普段、こんな格好をしていたら鼻血を出すくせに……」


「残念だけど、ここにはアタシしかいないから出さねえぞ。あともう出すことはないな」



 ユフィーリアは「今までは未成年だから誤魔化す為に鼻血を出してたけどな」なんて言う。ちゃんと思考回路が働いていればその言葉の意味を問い詰めたのだろうが、ぽやぽやと眠気に支配された頭ではまともな回答すら出来なかった。

 不満げに唇を尖らせると、ユフィーリアはあやすようにショウの頬を指先でくすぐった。それから耳と頬にも軽く唇を触れさせてくる。誤魔化されているようで不満はまだ晴れない。


 ショウの背中から抱きついた状態で、ユフィーリアは腕を伸ばしてくる。その手には手のひらに収まる程度の箱が乗せられていた。指輪の箱かと思えば、蓋を開けると中身は違っていた。



「今日は衣装の色に合わせて、ホワイトチョコレートを使ってみた」



 箱の中からお目見えしたのは、雪のように真っ白なチョコレートだった。ドーム状の形をした純白の宝石は、表面に焦茶色の網目が刻み込まれている。頂点に散らされた胡桃の欠片が特徴的だった。

 不思議と、そのチョコレートを見ただけで口の中に唾が溢れてくる。早く食べたくて仕方がないと身体の奥底から衝動が湧き上がってきた。衝動は感じるけれど身体が動かない。ユフィーリアに早く食べさせてほしかった。


 もったいぶるようにユフィーリアは白いチョコレートの粒を、指先で持ち上げる。



「はい、あーん」


「ぁ」



 ショウは小さく口を開ける。


 ユフィーリアは指先で摘んだ白いチョコレートを、ショウの開いた口の中にそっと転がしてくる。舌の上に転がってきた純白の宝石は脳髄まで蕩けるような甘さがあり、ジンと身体の芯が痺れる感覚に震える。

 飴玉を転がすように舌の上でじっくりと、ゆっくりとチョコレートを溶かして味わっていたショウだが、不意に物足りなさを覚えた。そうだ、いつもはユフィーリアとキスをしながら溶かしていたから、今日はそれがない。


 ショウはユフィーリアの手を取り、彼女へ振り返る。間接照明の橙色の明かりを受けて煌めく夜空の瞳に射抜かれ、自然と心臓が高鳴る。



「ユフィーリア……」



 べ、とショウはユフィーリアに、自らの舌を見せる。

 舌の上には、溶けかけの白いチョコレートの粒が乗せられていた。じわじわと溢れる唾液に甘いチョコレートが溶けて、ショウの身体に染み込んでいく。それでも、ショウだけ味わうのは物足りない。


 ユフィーリアはショウの頬に両手を添え、



「可愛いな、お前は」


「んッ」



 そう言われて、唇を塞がれる。


 チョコレートを乗せていた舌は自分の口腔内に押し戻され、2人の体温も合わさって真っ白い宝石はあっという間に溶け出す。中身に閉じ込められていたほろ苦いチョコレートの層など、甘さを掻き消す材料にさえならない。

 たっぷりと甘いチョコレートを舐め合い、ようやく唇を解放された時にはユフィーリアとショウの間を儚い銀糸が繋ぐ。濡れて輝くショウの唇を、ユフィーリアは親指の腹を使って軽く拭った。



「寝ようか、ショウ坊。今日も疲れたろ?」


「んん……」



 ユフィーリアに抱きつき、ショウは彼女の豊満な胸元に頭を預けて瞳を閉じる。仕方がないとでも言うように笑い声を漏らしたユフィーリアは、そのままショウが眠りにつくまで優しく頭を撫でてくれた。

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