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【3日目・夜】

 その日から、昨日まで感じなかった異変を覚えた。



「…………?」



 背筋を撫でるような違和感に、ショウは視線だけ室内に巡らせる。


 今日も今日とて、寝室の模様は変わらない。カンテラ型の間接照明が橙色の明かりをぼんやりと落とし、肌が僅かに汗ばむぐらいに温められた室内。ショウが腰掛けたベッドは大きく、清潔なシーツはサラサラと手触りがよい。

 もはや見慣れた光景と言えよう。今日に限って言えば最初からショウ1人で寝室に待機している訳ではなく、ユフィーリアが何やら一抱えほどもある化粧箱を用意して待ち構えていたのだ。中身は色とりどりのマニキュアである。


 繊細な壊れ物でも扱うかのようにショウの手を取り、ユフィーリアは小さな筆で丁寧にショウの爪へ色を乗せていく。細かな作業に鼻歌まで聞こえ始めた。



「ほら、いい色。ショウ坊によく似合う」



 やがて作業が済んだのか、ユフィーリアが満足げに息を吐く。


 ショウの爪は、色鮮やかな赤色に染められていた。それだけではなく爪の縁を飾るように黒色の模様も入り込んでいる。艶やかな表面にはラインストーンまで乗せられており、華やかな印象を見る相手に与えるものだった。

 自分の爪が綺麗に整えられ、しばしその様子に見惚れてしまう。こういうことをするのは問題児のお洒落番長であるアイゼルネだけかと思ったが、どうやら最愛の旦那様も随分と手先が器用なことをするものである。


 マニキュアの小瓶を片付けるユフィーリアは、



「今日のショウ坊が着てる衣装に似合うな」


「う……」



 今まで思い出さないようにしていたが、指摘されてしまったことで嫌でも自分の格好を思い出してしまう。


 現在、ショウはいつもの如くユフィーリアに渡されたベビードールを着ていた。昨日までは肩や胸元などが大きく開いているものの肌が透けるようなことはなかったのだが、今日の意匠は黒い生地が特徴的なベビードールである。そして薄らと肌が透ける仕様になっていた。

 随所にフリルが縫い付けられた可愛らしい見た目ではあるものの、目を凝らすとショウの滑らかなお腹や縦長のお臍まで透けて見えてしまう恥ずかしいものとなっていた。旦那様に見せるなら抵抗はないが、ないのだが、どうしても恥ずかしさは湧き上がってしまう。


 ベビードールのふわふわした裾をキュッと引っ張り、ショウは自分の身体を隠そうとする。かろうじてプレゼントを飾るリボンのように胸元の辺りで揺れる真っ赤なリボンの存在が救いだった。



「あ、あまり、見ないでほしいのだが……」


「やだよ、せっかく用意したし」



 羞恥心で頬を赤く染めるショウの額へ、ユフィーリアは軽く唇を触れさせる。ひんやりとした感触が一瞬だけ触れていった。



「ショウ坊、今日の分」


「チョコレート、か?」


「今日はナッツを使ってみた」



 右手をサッと振ったユフィーリアは、手元に銀色のお盆を転送させる。その上に乗せられた小皿には、艶やかな焦茶色の宝石が1つだけ盛り付けられていた。

 甘やかなチョコレートの匂い。表面に埋め込まれたアーモンドの塊が目を引く。昨日も、そして一昨日も眠る前に甘いチョコレートを食べさせられたのだ。まるで身体に染み込ませていくように。


 アーモンドが埋め込まれたチョコレートを前に、ショウは赤い瞳を瞬かせる。ここ3日で生まれた疑問を、ようやく口にした。



「どうして眠る前にチョコレートを?」


「んー、おまじない」



 ユフィーリアは楽しそうに笑いながら答えると、ショウの唇にアーモンドが埋め込まれたチョコレートを押し当てた。



「噛んだらダメだぞ」



 橙色の明かりを取り込んで、ユフィーリアの瞳は夜空のように煌めく。



「ちゃんと舐めて、溶かして」



 僅かに唇を開き、舌を覗かせてチョコレートの甘い表面を舐める。ほろ苦さの中に優しい甘さも混ざり、アーモンドの香ばしさも口の中に感じる。酔いそうになる甘さはなく、しかし焦らされるような感覚に自分の口から熱い吐息が漏れた。

 アーモンドが埋め込まれたチョコレートの表面に歯を立てたところで、ユフィーリアがショウの口を塞ぐようにキスをしてくる。2人の唇に挟まれたチョコレートは、じわじわと溶かされていく。


 溢れる唾液に混ざる甘いチョコレートの味に、思わず溺れそうになってしまう。懸命に舌を使ってチョコレートを舐めて溶かしていると、ユフィーリアのひやりと冷たさがある舌が手伝ってくれる。



「ん、んぅ」



 声が漏れる。


 ユフィーリアの舌が触れてくるたび、ゾクゾクとした感覚が背筋を撫でる。昨日まではなかった感覚だ。それが堪らなく怖くなって舌を引っ込めそうになるも、ユフィーリアがそれを許さない。

 反射的に引っ込もうとしたショウの舌を、ちゅうと吸い上げてくる。得体の知れない感覚が身体の中心で生まれた。



「ぁ、う」


「ん、今日もちゃんと食べれたな」



 涎塗れになってしまったショウの唇を、ユフィーリアは自分の親指の腹で拭う。「偉いぞ」と優しい声と共に頭を撫でてくれる。



「さ、寝ようか」


「ん……」



 思考回路がぼんやりとして、ショウは抵抗せずに大きなベッドに身を横たえる。


 昨日まであったはずの、ユフィーリアと一線を越えることが出来ないやきもきした感情はもはやなくなっていた。どこぞへと消え失せてしまったようである。代わりに心の中を満たすのは多幸感だ。

 もう満足だ、お腹いっぱいだ。そんな感情が頭の中を支配していて、やがて眠気がやってくる。欲求に身を任せて、ショウはそっと瞳を閉じた。



「おやすみ」


「んぅ……おや、すみぃ……」



 ユフィーリアに頭を撫でられると、自然とショウは眠りの世界に落ちていった。

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