【2日目・夜】
「ううう……ううう〜……」
ショウは大きなベッドの上をコロコロと転がっていた。
大の大人が2人並んで眠ってもまだ余裕のある広々としたベッドである。当然ながら、コロコロと転がっても十分に転がれるほど大きい。
部屋の隅に置かれたカンテラの形をした間接照明は今日も橙色の明かりを落としており、寝室の温度もじんわりと肌に汗が滲むほど暖められている。それは今日もショウの格好が、生地の薄いベビードールだからだ。
ベビードールの裾が捲れることなどお構いなしに、ショウはベッドの上を転がり続ける。お腹がチラ見えしていたって構いやしない。
「こんな格好までさせておいて……なのに何でユフィーリアは手を出すところか、指さえ出してくれないんだ……」
今日も寝巻きの代わりとして渡されたベビードールは、ふわふわのフリルで飾られた可愛らしい意匠をしている。今日は大胆にも胸元が大きく開き、転がった拍子にショウの薄い胸板が見えてしまう構造となっていた。
しかしショウは男の子なので胸元が見えようがお腹が見えようが、何とも恥ずかしくないのである。ここには実際、ユフィーリアしかいないので「はしたない」と怒られる心配もない。というか、胸でもお腹でも見ていいから多少はユフィーリアもショウに興奮を覚えてほしいものである。
ベッドにうつ伏せで転がったショウは、パタパタとシーツが敷かれたベッドのマットに足を叩きつける。
「今日こそ……今日こそはちゃんと……!!」
使命感に燃えるショウの耳に、足音が届いた。
――ぱた、ぱた。
ゆったりと、そして着実に。
来た。
ショウはベッドから身を起こし、乱れた髪の毛を手櫛で簡単に整える。着衣の乱れを手早く直してから、何もなかったかのようにベッドへ腰掛けて彼女の到着を待った。
「お、今日もちゃんと起きててくれた」
「ユフィーリア」
寝室の扉を開けて姿を見せた最愛の旦那様――ユフィーリアはにっこりと綺麗に微笑んでくれる。その笑顔を見るだけでショウの心臓は高鳴った。
だが、今日は心を鬼にする必要がある。ここまで綺麗に着飾らせておきながら手を出さないなど、まるでショウ自身に魅力がないみたいではないか。それはいただけない。
緊張した面持ちでユフィーリアを迎えるショウに、彼女は「どうした?」と指先で頬をくすぐる。
「疲れた?」
「いや、そういう訳では……」
「無理するのもよくねえぞ。今日は釣りとか、色々やったし」
そう、今日の昼間は近くにある湖でたくさん遊んだのだ。船に乗ってみたり、慣れない釣りをしてみたり、ユフィーリアが湖面を凍らせてスケートをしたりと元の世界では経験しなかっただろう出来事をいっぱい経験した。年相応にはしゃいだので、ショウもちょっとばかり疲れ気味であるのは否定できない。
だからどうしたと言うのか。ユフィーリアと一線を越えることが出来れば昼間の疲れなど知ったことではない。先輩であるエドワードとハルアにも体力作りに協力してもらっているので、多少の体力には自信がついた方である。
ショウは首を横に振り、
「疲れた訳ではない。ただ、あの」
「ん?」
「その……」
いざその時になると、途端に自分の口が重くなる。二の句が告げなくなる。
口籠るショウを色鮮やかな青い瞳で見下ろすユフィーリアは、頬に軽く唇を寄せてきた。ちゅ、と触れるだけのキスをされる。
顔を上げると、いつのまにか彼女の手には銀色のお盆が握られていた。差し出されたお盆には、真っ赤なチョコレートが1粒だけ小皿に載せられている。
「昨日はキャラメルを使ったし、今日はベリー系」
そう言って、ユフィーリアはチョコレートを摘む。
彼女の白魚の如き指先に摘まれたチョコレートは、ハートの形をした燃えるような赤い色をしていた。さながら心臓のようである。
チョコレートの表面を唇に押し当てられる。ふわりと鼻先を香る爽やかな酸味のある匂いと、チョコレートの甘い香りが混ざり合う。唇から覗かせた舌先でチョコレートを舐めると、甘酸っぱい味わいが一瞬にして口の中を支配していく。
「そう、ゆっくり舐めて、溶かして」
微笑むユフィーリアの色香に酔わされる。口の中に広がっていく甘酸っぱいベリーの味とチョコレートのほろ苦さも相まって、余計に。
前歯で真っ赤なチョコレートの表面に齧り付くと、ユフィーリアがショウの唇に自らの唇を重ねてくる。ひんやりと冷たさもあるが、柔らかくて至近距離に香る花の匂いが思考回路さえも蕩かしていく。2人の唇に挟まれたチョコレートは、ユフィーリアの肉厚な舌で口の中に押し込められて、口の温度でチョコレートが溶けるまで口腔内を思う存分に弄ばれた。
ようやく唇を解放された時、2人の間を唾液の糸が結ぶ。温かな室内に、ショウの荒々しい吐息が落ちた。
「ユフィーリア……」
その先がほしくて、ショウはユフィーリアを見上げる。
お腹の奥底で情欲が鎌首をもたげている。あれだけのことをしておきながら、このまま終わるなんてむず痒い。
もっとほしい、もっと触れていたい。その欲望が湧き出てきて我慢できず、ユフィーリアの指先に自分の指を絡ませた。
「だぁめ」
「あう」
身体を軽く押されてベッドに縫い止められるが、甘い声でユフィーリアに制されてしまう。
柔らかなベッドのマットが背中を受け止めてくれる。隣に寝転んだユフィーリアは片手を振って間接照明の明かりを消し、ショウの額に唇を落とした。
ショウの気持ちを知った上で、その反応を楽しむように彼女は綺麗に笑う。
「もうちょっと。まだダメだ」
そう言われて、ユフィーリアの手のひらがショウの瞳を覆い隠す。自然と意識は暗い深淵に引き摺り込まれ、昼間の疲れも相まって簡単に手放してしまった。