【終わりに】
1週間のコテージ生活を終え、見慣れたヴァラール魔法学院の用務員室に戻ってきた。
「た、ただいま……」
「お帰りぃ、ショウちゃん。楽しかったぁ?」
「ショウちゃんお帰り!!」
帰って早々、ショウは先輩用務員のハルアとエドワードに出迎えられる。
ユフィーリアはアイゼルネを引き連れて、1週間分の洗濯物を片付けに向かってしまった。その他にも色々と持ち込んだものがあるので、それらを片付ける為に現在は居住区画に引っ込んでいる。
そんな訳で、用務員室にはショウたち問題児男子組の3人しかいなかった。当然ながら男子には男子なりの会話がある。エドワードとハルアも、それは承知していた。
にんまりと悪い笑みを浮かべた先輩たちは、
「ショウちゃん、ユーリと一線越えたぁ?」
「どうだった!?」
「う」
早速とばかりに核心へ触れてきたエドワードとハルアに、ショウは言葉を詰まらせる。
今でもあの時の光景を思い出すだけで、布団の上で何十分でもジタバタできてしまいそうなほど恥ずかしい。それでも心の中は十分すぎるぐらいに満たされたのも事実である。最愛の旦那様と過ごしためくるめく甘い夜は今でも大事な思い出だ。
かろうじて小さく頷くだけに反応を留めたショウに、エドワードとハルアが揃って口笛を吹く。
「やるじゃんねぇ、ユーリもぉ。どうせ日和って越えられないかと思ったけどさぁ」
「でもチョコレート用意してたし、何かあったんじゃないの!?」
「あ、そっかぁ。確か『魔女の毒』って魔法の儀式をやるって言ってたっけねぇ」
エドワードの言葉に、ショウは赤い瞳を瞬かせる。
「魔女の毒?」
「古い魔法の儀式でねぇ。魔女や魔法使いは好きな人を世俗から隔離してぇ、1週間かけて少しずつ毒を服用させるんだってぇ。そうするとぉ、毒を飲まされた人間は術者である魔女や魔法使いを心の底から大好きになっちゃうんだよぉ」
「え」
その説明を受け、ショウは今までの旅行を振り返ってみる。
あのコテージが建っていた場所は、確かに人里から離れた針葉樹林の中にあった。買い物へ出かけるにもユフィーリアの転移魔法を使わなければならず、どれほど大声で騒いでも誰にも咎められない場所である。『世俗から隔離する』という条件に当てはまる。
それから『1週間かけて毒を服用させる』という部分だが、おそらくこちらは寝る前に食べさせられたチョコレートが該当するのではないだろうか。チョコレートは風味が強いので薬品を仕込むのに最適である。
ショウは途端に泣きそうになりながら、
「……俺の気持ちは、ユフィーリアに信用されていなかったのだろうか」
「そんな訳ないじゃんねぇ」
「そんな訳ないでしょ!!」
すぐさまエドワードとハルアが否定してくる。
「多分、形式的なことだとは思うけどぉ。でもユーリに確認はした方がいいねぇ」
「何でわざわざ古い魔法の儀式を出してくるんだろうね!! 自分だって『手間だし面倒』とか言ってたのに!!」
エドワードとハルアは真相解明に乗り気の様子だが、ショウは逆に気分が沈んでいた。
もしもユフィーリアに、ショウが普段から伝えている好意が信用されていなかったのだとすれば。そうなった暁には涙で枕を濡らす自信がある。あの優しい魔女様に無理をさせていたのか、本当は心の奥底で信用されていなかったのかと傷ついてしまう。
そんなやり取りをしていると、
「ショウ坊、他に洗濯物とかないか? あるならまとめて洗うぞ」
渦中にいるにも関わらず、平然とした表情でユフィーリアが居住区画から顔を覗かせる。
「ユーリぃ、何で今回は『魔女の毒』の儀式を持ち出したのぉ?」
「あれ古い儀式で廃れてるし、ショウちゃんがやってくる前に『手間だし面倒くせえ』って言ってたじゃん!!」
「え?」
エドワードとハルアに詰められて、ユフィーリアは青い瞳を瞬かせる。
その先の回答を想像して、ショウは自分の耳を手で塞ぎかける。
だが、それよりも先に、ユフィーリアがさも当然とばかりに口にした『魔女の毒』の儀式の実行理由に思考回路が停止しかけた。
「いや、本で読んだポリネシ【自主規制】ってのをやってみたかったから」
「ふぁ!?」
「あれ5日間とか1週間とかゆっくり時間をかけていくみたいなんだよな。それなら『魔女の毒』の儀式と同じ内容だし、組み込めると思って用意したんだよ」
どうやらあれは、ユフィーリアなりに模索した結果だったようだ。自分のやりたいことが、ちょうど古い儀式である『魔女の毒』と同系統だということで実行に移したらしい。やり方に関して言えば多少相違はあるだろうが、概ね似たようなものであると今なら分かる。
「え、えと、じゃあ毎晩チョコレートを食べさせてきたのは……」
「『魔女の毒』は惚れ込ませる為に自分の体液や血液を使った特殊な魔法薬を対象者に服用させるんだけど、ショウ坊はもう惚れ込んでるだろ? 今更、惚れ込ませる為の儀式を馬鹿正直にやるのもあれだよなって思ったから……」
ショウの疑問に対して、ユフィーリアは爽やかな笑顔でえげつない爆弾を投下した。
「人体に悪影響の出ない弱めの媚薬を数倍に希釈して、えっちに改造してから美味しくいただきました。ご馳走様」
つまり、あの身体の熱は媚薬によるものだったのか。どうりで全て終わったあとは妙にスッキリと清々しい気分だったものである。
ユフィーリアに自分が向けていた好意が疑われていなかったと理解して、ショウの瞳からポロリと涙がこぼれ落ちる。一度決壊してしまった涙腺は元に戻らず、そのままボロボロと大粒の涙を落とす。
涙を流すショウにユフィーリアとエドワードはギョッとした表情を見せ、ハルアはショウに抱きつくなり全力で背中を撫でてあやしてくる。騒ぎを聞きつけたらしいアイゼルネが居住区画から顔を出して「何してるのヨ♪」なんて非難の言葉をユフィーリアにぶつけていた。
「ユーリぃ、そのやり方だと自分の腕前に自信がないから媚薬に頼ったみたいな感じになるよぉ。悔しいんじゃないのぉ?」
「は、初めてなんだからせめてそれぐらいの用意はいいだろ!?」
「ショウちゃんだって自分の腕前で勝負してほしかったに決まってるじゃないノ♪」
ユフィーリア、エドワード、アイゼルネはぎゃーすかと喧しく騒ぎ立てるが、ハルアだけはショウが涙する理由を分かってくれていた。相変わらず摩擦で火でもつきそうな勢いで背中を撫でながら、
「ショウちゃんよかったね。ユーリ、ショウちゃんのこと好き好きだって」
「うん、よかった……」
瞳からこぼれる涙を指先で拭い、ショウは胸を撫で下ろす。
ちゃんとユフィーリアが自分を好きでいてくれた、愛してくれていた。それが分かっただけでも、ショウには十分すぎるほど幸せなことだった。
《登場人物》
【ショウ】ついに18歳を迎え、最愛の旦那様と一線を越えることが出来たが、いざ越えたら越えたで恥ずかしく思っちゃう。旅行では自然に触れ合えたし、オーロラも見えたのでよかった。
【ユフィーリア】嫁が18歳になるので今まで被っていた純情という名前の猫を脱ぐことにした。本当は嫁が迫ってきても鼻血を出すことはないが、相手が未成年であることから自戒のためわざと魔法で鼻血を出すようにして純情であることを装っていた。
【エドワード】ショウの先輩。可愛い後輩が旦那様に可愛がってもらえたようで何より。誕生日プレゼントは誕生日の年に作られた葡萄酒。もうちょっと大人になってから飲もうねぇ。
【ハルア】ショウの先輩。可愛い後輩が大人になってよかった。誕生日プレゼントはお酒のグラス。
【アイゼルネ】ショウの先輩。可愛い後輩が旦那様と水入らずの旅行で楽しんだ様子で嬉しい限り。誕生日プレゼントは、前に開けたいと言っていたのでピアッサーとピアスにした。




