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正しい夢の諦め方

作者: 檸檬氷菓

ご覧いただきありがとうございます。檸檬氷菓です。二作目です。諦めの中に正しさなんてあるのか。正しい諦め方なんてあるのでしょうか。私にはまだわかりません。

 俺は正しく夢を諦めた。だからもう考えない。


 作曲家になるのが夢だった。といっても諦めなかったところで叶わない程度の夢だった。

 夢の話となるといつも、小学生のときのことを思い出す。国語の授業で詩を考えたときのこと。

「叶人くんはすごく上手だね!文字だけなのにリズム感があって音楽みたい。きっと叶人くんは素敵な曲を作れるよ!そんな才能がある。」

 あの頃の俺は大人を信じていた。今思うと年なんて大して重要ではなかったのかもしれない。確かあの教師は学校の先生になるのが夢だった。そう話していた気がする。うまくいった人間は他の人間も努力すればうまくいくものだと思いがちだ。

 夢が叶った人間の言葉で間違った夢をみた。俺みたいなやつには似合わない夢だ。だからといってあの教師を恨んでいるわけではない。むしろ感謝している。俺の人生を変えてくれたから。きっと曲を作っていたときが俺の人生でいちばん幸せだったから。あのとき以上に幸せな瞬間なんてもう二度とやってこない。

 あの教師に出会わなければ、俺の夢はもっと違っていただろう。もしかすると正しい夢をみたままでいられたかもしれない。でもそんな可能性でしかない無数の自分よりも曲を作っていたこの自分が幸せだったと信じている。

 俺にとって作詞作曲は趣味だった。でも、やめるぐらいなら死んでやると思える程度には大切だった。まあそれも嘘だったし、今も生きているが。


 俺の曲は俺だけのものだ、なんて言えば少しは聞こえが良くなるだろうか。でも本当は、俺の曲なんてただの自己満足だという意味だ。いや、それは少し違うのかもしれない。自分が満足できないから作り続けていたのだ。

 作曲家になりたいなら曲をネットにあげてみても良かったのだ。でもアカウントだけ作って結局は一曲も投稿できなかった。ただただ怖かった。やる前から怖がっていた。

 あの教師は「才能がある。」と言っていた。でもそんなのわからないではないか。もしネットで誰にも聴いてもらえなかったら?曲を否定されたら?俺は唯一安全圏にある趣味さえも失ってしまう。

 趣味を趣味として守るために仕事にしようとしなかった。でも本当は仕事にしたかった。矛盾している。好きなことをして生きていたかった。でもわからなかった。俺の好きなように、ではなく正しく良い曲を作るなんてことが本当に楽しいのか。他人の目を気にして作る曲に俺は満足できるのか。

 本当は作曲家になんてなりたくなかったのかもしれない。でももう知り得ないことだ。好きというのも中々に複雑で面倒なもので、だからこそ大切きするべきだったのかもしれない。

 才能があるかどうかもわからなかった。夢も趣味も誰かに言ったことなんかなかったし、音楽の勉強だって義務教育のみだ。脆すぎる俺の性格が駄目だった。間違った夢を叶えるには気合いも情熱も素直さも何もかも足りていなかったのだ。

 間違った夢を叶えるためには物語の主人公のような性格じゃなければいけない。そうでなければ正しい夢に流されてしまうのだ、俺みたいに。


 俺は正しい夢を叶えるんだ。正しい夢とは現実的で周りも肯定してくれるような夢だ。本人の意思とは無関係に決まる。

 俺の正しい夢は医者だ。自分で言うほどでもないが、俺はそれなりに勉強ができる。国語は苦手だが、理系科目は得意だ。まあ天才ではないが、今から毎日本気で勉強すれば医者になれないこともない、らしい。

 これまでもずっと成績は良かった。でも、別に勉強なんて好きじゃない。医者にだって今の俺はなりたいわけじゃない。

 今回のテストもそれなりにできたと思う。俺はずっと大好きな作詞作曲を奪われないためだけに勉強してきた。成績が良ければ好きなことをしても許される。そう思ってそれなりに頑張ってきた。なのに、そのせいで俺は正しさを求められた。

 勉強ができるのだから大学に行きなさい。数学ができるのだから理系を選びなさい。大人が教えてくれた正しさは俺にとっての我慢と諦めだった。

 医者は素敵な職業だと思う。作詞作曲に出会う前はなりたいと思っていた。人の命を救えるなんて、最上級の正しさだ。でも、俺は好きなことがしたい。曲を作っていたい。そんな生き方を選びたい。

 成績が悪ければ、正しさなんて求められなかったのかもしれない。親が正しい俺を諦めてくれれば、俺は借金をしてでも音楽を本気でやる。正しくないだなんて言い訳をやめて音楽をやる。でも、どうしたらいい?

 間違いをわざと選びなんてしたら、間違いなく否定されるだろう。それに、やっぱり成功も失敗も何もかもが怖いんだ。好きという感情がどれほどの恐怖を伴うのか、弱い俺はずっと知らなかった。

 正しいことをする。成績を維持する。全部全部好きなことをする後ろめたさを軽減するためにしたことなのに。それを理由にして、好きを諦めたなんて。


「いいよなー、叶人は。」

 クラスの友達が俺のテスト結果を覗き込んで言った。

「ま、俺も今回は赤点なかったけどな!」

「良かったね。平均低かったのに。」

「いやマジで叶人のおかげだわー、ありがとう!」

 俺の友達は素直で良いやつだ。俺にはもったいないぐらい。

「面談で言われたんだっけ?期末は赤点とるなって。」

「そうなんだよー。進路決まってないから文系も理系も一旦頑張らないとって感じ。叶人は医学部志望だから理系選択しただろ?」

「そうだよ。」

 友達だけど本当の夢なんて言えなかった。きっと応援してくれると思う。でも誰にとっても最適な選択をしたかった。隠している限り、親、先生、友達、みんなから見て正しい人間でいられる。勘づかれなければいいだけの話だ。

「俺も中学のときからもっと真面目に勉強しとけば良かったなー。そうすれば進路だって色々選べたのに。」

 そうだった。人より勉強のできる俺は色々な大学を目指せるんだ。でも俺がやりたいのは勉強じゃない。

「叶人は夢もあってすごいよ。応援してる。医者ってモテそうだしな!」

「高校生らしい考えだ。」

「なんだよ、大人ぶっちゃってー!あなたも高校生ですけど?てかお前だってモテたいだろ!」

「興味ないな。」

「嘘だろ、そんなやついる?!高校生だぞ!」

 本当のことだ。恋愛なんてどうでもいい。俺は他者との交流よりも音楽が好きだ。まあ正しいのなら恋だってするけど。

 数ヶ月前の俺は音楽を諦めきれていなかった。だから作詞作曲をやめる以外のことなら、正しいことを何だってしようと思っていた。


「南田くんは医学部への進学を目指しているんだね。」

 俺は黙って頷き、そのまま軽く俯いた。

「まあ成績も良いし、特に言うことはないかなー。南田くんはどう思ってる?進路のこととか。」

「やっぱり医学部は無理なんじゃないか、と不安に思うことはあります。」

「他の進路は考えてないの?」

「それはないです。」

 言い切った。諦められるような気がした。でも好きだという思いは消えなかった。

「目標が決まってるなら早めに受験勉強も始められるね。今から頑張ろう!どこの大学かは考えてる?」

「二年生のときは受験勉強を頑張りたいので、今年オープンキャンパスに行こうと思っています。」

 俺は行く予定の大学名をいくつか挙げた。全部親が探してきた大学だ。

「じゃあ志望校も早めに決まりそうだね。南田くんはしっかりしてるから面談もすぐ終わるし助かるよ。もう教室戻っていいよ。」

「ありがとうございます。失礼しました。」

 教室に戻って席につく。一応自習の時間だがスマホをいじっている人や雑談中の人も多かった。テスト前じゃないから勉強しなくても良いとでも思っているのだろう。でも俺は正しくありたいから教科書を開く。

 もう二ヶ月程前のことだ。あのときは言い切ってしまえば諦めがつくと思っていた。でもそう簡単にはいかなかった。

 正しく自習をしながらも前に作ったまだ歌詞のない曲を脳内で流していた。俺は間違っていた。


「おかえり。」

「ただいま。」

「ねえ叶人、最近勉強どう?」

「別にどうも何もないけど。」

「順調かなって思って。別に今すぐにとは言わないけど受験勉強だって他の子以上に頑張らなきゃいけないし。」

「わかってるよ。」

 中学三年生のときも毎日のように訊かれていた。あのときは受験生だったけど、今は一年生なのに。

「叶人、小学生のときからお医者さんになりたいって言ってたでしょ?だから、絶対叶えてほしいんだ。大学のこともたくさん調べるし、何かあったら何でも言って良いからね!」

「うん、ありがとう。」

 俺の両親は優しい。俺は確かに医者になりたいと言った。大怪我したときに助けてもらったから。記憶は曖昧だが、そのときの医者に憧れていたような気がする。

 でも俺は作詞作曲をしていたかった。才能なんてないかもしれない。誰にも聴いてもらえないかもしれない。でもいいんだ。ただ好きなことをやめたくないだけなんだ。そう思っていた。

 医者を目指すのが嫌なんじゃない。医者になるために趣味をやめるのが嫌なんだ。受験勉強になんて専念したくないんだ。

 間違った夢だってもしかすると応援してくれるかもしれない。いや、きっと応援してくれる。叶える人なんて名前をくれた人たちだ。どんな夢だってきっと応援してくれるだろう。でも二人は何年も俺が医者になることを応援してきてくれた。夢が変わっただなんて言ったら、期待を裏切ることになってしまう。俺は二人の期待に応えたいんだ。他に本当の夢があると知ればそっちを叶えてほしいと言うかもしれない。でも隠し通すのが二人にとって最適だと思ったんだ。だから、言えなかった。


「私実はさ、歌手になりたいんだよね。」

「へえ、そうなんだ。良いじゃん。」

「なれると思う?」

 わからない、なんて言いたくない。夢がどれほど大切か、よくわかっているつもりだ。否定するようなこと、言えるわけがない。

「なれるよ。いや、なってほしい。」

「なにそれ。でも、ありがとう。」

 無邪気に笑う彼女さえも俺にはぼやけて見える。同い年なのにどうしてこれほどまでに違っているのだろう。

「私も南田くんにはお医者さんになってほしいな。」

「うん、ありがとう。」

 周りは皆俺の正しい夢を応援してくれている。だから叶えなければならないのだ。

「南田くんはすごいよねー。夢のために頑張ってて。」

「頑張ってる?俺が?」

「うん!だっていっつも成績良いじゃん。私はさ、歌手になりたいけど歌上手くないし。ネットに歌みたあげてるけど全然伸びないし。ちゃんと結果出せてるのすごいなって。」

「関係ないよ。頑張れてるだけで十分すごい。」

「そうかなー。だって今頑張るしかないじゃん!私たち未来ある若者なんだから。」

 そうだ。未来があるのは今だけだ。可能性はどんどん狭まっていく。世界が増えて未来が減っていく。

 置いていかれると思っていた。周りには夢に向かって頑張っているやつらがたくさんいるのに、俺は迷っているままで。でも違う。今に留まることなんてできないんだ。そう思って、俺は決めた。


 俺は正しい方法で夢を諦めた。全部俺が終わらせたんだ。俺は今を生きている。

 最後の曲を作った。表現したいことを精一杯抑えて隠して誤魔化した曲だ。それが俺の曲だ。我慢するのが俺なんだ。弱さを全力でぐちゃぐちゃにする。そういう人間なんだ。

 最後に良い曲が作れたら諦めがつく、なんてことはない。でも決めたんだ。俺は医者になる。周りに流されたからでもそれが正しいからでもない。ただ俺自身が周りの期待に応えたいんだ。俺の意思なんだ。

 本当は諦めたくなんかなかったよ。夢を正しく諦める方法なんかじゃなくて、誰かのフリをして決めた正しい夢を諦める方法が知りたかった。諦めたら後悔するなんてことわかっている。でもやっぱり俺も未来ある若者だから。諦めたってまたいつでもやり直せる。何度でも夢を抱ける。

 諦めたくないけど諦める。これは良くないことなのかもしれない。正しくないのかもしれない。でも俺は選んだよ。だから後悔も苦悩も寂しさも、俺の感じた全てを大切にしていきたい。

 今までだって良いことばかりじゃなかった。大好きな友達が転校して二度と会えなくなってしまったこと。昔住んでいた家が取り壊されたこと。大切な思い出を忘れたこと。何度も何度も失って新たなものもたくさん知って見つけてきた。何もかもが俺の人生を作ってきた。今もこれからも、ずっと俺の一部だ。

 今はさよならをしよう。もし周りの期待に応えられたら、そのときまた始めよう。大切は大切なままだから。抑えて隠して誤魔化すのが俺の生き方で、変えてもいいし変えなくてもいいものだ。だから、またいつか。


「本当にこれで良かったの?」

 良いわけないじゃないか。悔しくてたまらないし、諦めなければなんて毎日考えている。だから、だから何だって言うんだ。

「また、始めよう。」

 だめだ。受験が終わるまでは勉強に専念するんだ。

「別に良いんだ。」

 嫌だ。せっかく諦めようって思えたのに。そんなことしたら正しい夢も叶わなくなる。どちらも中途半端になってしまう。

「駄目なことなんて、何一つない。」

 じゃあ諦めることだって駄目じゃないだろう。

「正しい方法で夢を諦めた?正しい夢の諦め方なんて、あるわけがないだろう。」

 違う。そんなことない。俺は正しく諦めたんだ。自分の意思で諦めたんだ。

「諦めたくなかったなら、どうして諦めた?」

 さっきからなんなんだ。誰だよ。これは夢?俺のことわかったように言いやがって。どうせ、知らないくせに。

「酸いも甘いも人生だから。」

 なんだ、誰かなのかなんて考えるまでもないじゃないか。気づくのが遅くなってごめん。

「巻かれた指輪も愛せるように。」

 ごめん。ごめん。気づかなくてごめん。ちゃんと大好きなのにごめん。

「わかるもわからないも全て、認めてみたいと思うんだ。」

 諦めてごめん、俺の曲。

最後までご覧いただきありがとうございました。諦められない夢は重いものですね。

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