奪還 その3
「参ったな。一メートル先も見えないぞ···」
俺はボソッと呟いた。
黄色い視界と、ぼやけた建物のシルエット、それから銃声以外は何もない。
味方の姿、軍曹に、オキタとサバルも見えない。
俺は一人になってしまった。
結局、俺はまた一人で戦うことになるのか、そう思うとひどく気が滅入る。
この戦争において、この軍隊において、俺の人生において、それらは最も心細い瞬間だった。
孤独になるのはやっぱり怖かった。
とりあえず、俺は目的地の港まで一人で向かうことにした。
きっと部隊の味方もそう考えるだろう。誰かしらとは会えるはずだ。
もし最悪の場合なら、港にいるのが機械化歩兵ではなくドロイドだったら、そのときはきっと終わりだ。
天使が俺を迎えに来たと思って、潔く死ぬしかないだろう。
いや、今そんなことを考えるのは縁起が悪い。
前向きに、ポジティブに、最善を尽くそう。
港へ進むにあたって、整備されて開けたコンクリートの道路を通るのは自殺行為になりかねない。
俺は道路の左側、少し海沿いの住宅地とホテル群を通り抜けて行くことに決めた。
道路を突き抜けるより少しばかり時間はかかるが、下手に命を落とすよりはマシだ。
そう思い立って、俺はすぐに行動に移した。
まずヘルメットを拾って、背嚢に引っ掛けた。
どくどくと鳴り止まない鼓動を抑えるために深呼吸を一回してから、小銃を構えて住宅地の方へと歩みを進めた。
屋根の四角い白い壁のモダンな住宅を囲む塀を背にして、狭い道路や曲がり角、住宅の間などを確認しつつ港へ向かって歩く。
まだ辺りは黄色く、旧式の防毒マスク越しの視界はヘルメットを被っているときとは比べ物にならないくらい狭い。
今度は突き当りにあたって、コンクリート塀の角に体を押し当てながら、左右をクリアリング。
ガスのせいで一メートルも見えないという恐怖が、俺を苛つかせた。
足元の安全を確認して、突き当りを右へ進もうと塀から出た瞬間、右から飛んできたパイルが小銃に当たった。
高い音を発して小銃を持っていた手に衝撃が伝わる。
パイルが直撃した小銃は、銃身が左へ勢いよくひしゃげていた。
ドロイドはこちらの位置を把握している。
「ああ、もう。厄介だな!」
そう口にして、また塀の角に身を隠した。
肩にかかった小銃のスリングベルトを外し、八つ当たりのように強く小銃を地面に捨てた。
やはり頼れるのはパワーだ。SPAS-12を手に持つ。
「遭遇戦といこうじゃないか、くそったれども」
防毒マスクでくぐもった声を出す。
次に、塀から斜めになった体の半分と顔、それからSPAS-12の銃口を出して、パイルの飛んできた方向へ二発ほど発砲した。
排莢した後薬莢が地面に落下する。
ブーストを蒸して数メートルの距離を一気に進んだ後、俺を攻撃した敵の姿を見た。
間髪入れずに発砲し、銃口のマズルフラッシュとドロイドの撃破を確認して、排莢。
その場で立ち止まり、周囲を警戒しながらSPAS-12に弾薬を詰める。
戦闘中も、このショットガンにバックショット弾を装填する時間だけは落ち着く。
そしてよく耳を済ませると、何やら今度は足音が聞こえて来た。
すぐに装填し終えて、再び警戒態勢に入り構える。
黄色いガスから出てきたのは、こちらに銃口を向ける一人の機械化歩兵だった。
そいつは俺を見るなり銃を降ろした。
「その銃は···なんだ、お前トキワかよ」
どうやらその兵士は俺の持っている武器で気がついたようだった。
声はくぐもっていたが、俺にも誰だか分かった。
「その声、オキタ先輩ですか?」
「そうだ。まあ、お前も無事でよかったよ。一人だとなにかと不安でな」
「俺もちょうどそう思っていたところですよ」
「はは···」
オキタはくたびれたような笑い声を出した。
「ところで、俺たちはこのまま目的地へ向かった方がいいんですかね」
「そうだな。銃声も聞こえるが、こんな中じゃ合流したくてもそうはいかねえだろ。俺たち会えただけでも幸運だぜ。今日は何かいいことあるかもな」
「この状況がいいとは思えませんがね」
「全くだ。俺も同感だよ」
オキタはそう言って両手を広げて見せた。
「ああ、クソ。ヤツら、そこら中にガス撒きやがって。ちくしょう、煙草吸いてえ」
「今マスクを外したら死にますよ」
「そんなこと、分かってんだよ。クソクソクソ、どうしてこうも肝心なときに吸えねえかな」
「肝心なときに吸えないから、軍の喫煙者は少ないんでしょうに」
オキタはそれ以上は何も言わなかった。
まあ実際俺が言ったことの八割くらいは事実だった。
喫煙者で前線に出る機械化歩兵はごく少数。
というのも、やはり肝心なときに吸えないからだ。
戦闘中にそんな余裕が生まれるわけが無いし、通常はフルフェイスのヘルメットを被っている。
ましてやガスの中は論外だ。
煙草は配給されることも無く、自費で、しかも得られるのはニコチン中毒以外の何者でもなければ、肝心なときに吸えない。
こんな無駄なことは、大抵の兵士が嫌がる。
オキタは分隊の救護兵だ。
分隊員の怪我と健康管理に関して、軍曹の指示を受けることも多いけれど、いちおうは軍曹以上の強い権限を持っている。
そんな救護兵がニコチン中毒とは、これ如何に。
オキタと始めて会ったとき、俺はそう思った。
「じゃあ、港へ行きましょうか。敵と会わないことを祈って」
「そうだな」
オキタはそう言って、俺の前を歩き出した。
もちろん警戒は怠らずに。
数分歩いて、オキタの足がふらついていることに気がついた。
「オキタ先輩。足、ふらついてますよ。大丈夫ですか」
「お前に心配される筋合いはねえよ。ニカイドウ。お前、少し黙ってろよ」
急に出てきた、もういない人の名前に、俺は驚いた。
「え?」
「ん?」
オキタは少し間抜けな声でそう言って、俺の方を向いた。
「ああ、そうか。トキワか。悪い、さっきのは気にすんな。疲れが出てんだ」
「·····」
俺は何も返さなかった。
そして、こちらを向くオキタの、その背後にいるヤツに気がついた。
「伏せてください!」
俺がそう叫ぶと、オキタは即座に地面へしゃがんだ。
背後にいたドロイドに弾を浴びせる。
倒したことを確認して、排莢する。
「敵か!?」
オキタがそう言うと、今度はパイルが飛んできた。
「先輩、敵です。多分一体や二体じゃない。周りにいます」
「あ~、ちくしょう」
オキタもそう言って銃を構えた。
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