第9話(召喚者の真実)
初めて見た敵国の召喚者達の存在に、自分達の置かれた立場を振り返るアーシア。
シュン皇太子に、そのことを尋ねると、初めて他の召喚者達についての話を聞くことになるのであった。
『オクタ=ロマナ帝国』に召喚された聖騎士等と遭遇してから数日後。
勇者アーシアは、シュン皇太子の元を訪れる定期参内の為、南朱雀大門から皇宮内に入ってゆく。
そして、東光宮と西彩宮への分岐点で、女剣士スイレーと偶然出会してしまった。
「これはこれは。 勢いだけで知恵不足の勇者様ではありませんか」
「おお、偽聖剣士のスイレー殿。 ご機嫌如何ですか?」
2人のうわべだけの挨拶は、既にバチバチの状態。
「偽とは聞き捨てならぬ。 発言の撤回を」
「『帰天』などという聖剣、この世に実在しません。 だから貴女の腰に着けている剣は偽せの聖剣。 それ故に偽聖剣士と事実を言ったまで」
「なにを〜」
「そちらこそ知恵不足という表現、あんまりですわ。 いくら若輩の新参者とは言え、私めを愚弄するのは加減して下さらないと。 それとも先日の戦いの映像に加工があったと大皇帝陛下にお伝え致しましょうか?」
「どうぞご勝手に。 その様な讒言、英邁なる大皇帝陛下が取り上げる筈もございませんから」
「ふん。 大した実力もないくせに、この世界でただ一人の勇者である私に話し掛けるなど、女剣士如き低レベルの者では、百年早いですわよ」
「知っておられますか? 勇者様は強欲勇者と呼ばれていることを。 褒賞金を何処にも寄附せず、全部懐に入れるみっともない真似をしていると評判の、お・か・た」
「負け犬の遠吠えね。 年増の女剣士は、声だけデカいというのが、世の中の相場ですから」
「誰が、年増ですって?」
「スイレー様以外に聞こえたのならば、私の言い方が悪かったということですかね」
2人の言い争いは止まりそうも無い。
通り過ぎる人達の注目を浴びてしまい、やがて人集りに。
そのことに気付いたアーシアとスイレー。
「いずれ、必ず決着をつけてやる、小娘が」
「せいぜい、戦場で討ち死にしない様に気を配ることね。 間違って私の放った斬撃が命中しないとも限らないのだから......」
去り際に、お互い嫌味を言い残すと、
『ふんっ』
と言いながら、分岐点を逆方向に歩みだす。
そしてアーシアは、シュン皇太子の執務室へ。
「いや〜ムカツク〜。 あの女剣士め〜」
部屋に入るなり憤慨した様子。
「アーシアさん、どうしたのですか?」
シィオが、朝から怒っている勇者の様子に首を捻る。
「ウギョウ皇子の元にいる女剣士スイレーに対してよ。 私に向かってバカ勇者とか言い放ちやがって......」
『その言葉、間違っていないよ』
シィオはそう思ってしまう。
もちろん、アーシアを目の前にして、絶対に口にはしないが。
「だから、言い返してやったの。 偽聖剣士ってね」
「あの方、アーシアさんには聖剣士って名乗っていたのですか?」
「そうよ。 聖剣を持っていないのにね」
『唯一の聖剣をアーシアさんが持たされているから、癪に障ったのかもね。 まあどっちもどっちで、低次元の争いだなあ〜』
シィオは女剣士同士の言い争いの話に、やや呆れた表情を見せるのであった。
「アーシア殿。 朝から参内とはご苦労さま」
ちょうど、皇太子が執務室に現れる。
「おはようございます、皇太子殿下」
いつも通り、さり気なく行われたシィオの挨拶に、完全に出遅れてしまったアーシア。
『ちっ、ここにも如才無い小娘が居たわね』
そんな感想を抱きつつ、
「殿下も、お元気そうで何よりです」
ソツなく朝の挨拶をしたつもりだったが、シュン皇太子が急に笑い始めたので、ややビックリしてしまう。
「数日置きに会っているのですから、無理に格好つけた挨拶でなくて構いませんよ、アーシア殿。 普通に『おはよう』ぐらいでね」
気さくさをもっと出して欲しい、それが皇太子の考えなのであった。
「話は変わりますが、『オクタ=ロマナ帝国』に異世界召喚された『聖騎士』アキスミと名乗る者や、『至高の魔術師』レイカと名乗る女性魔術師、あともう一人、名前は忘れましたが魔剣士の3人組が、先日、私の家の中庭に現れたのです。 殿下は彼等について何かご存知ですか?」
今日アーシアが参内した本題は、このことについてであった。
「へえー、早速登場したのですね。 相当な強敵ですよ」
シュン皇太子は3人について、一定のことを知っているようであった。
「我が国と、最後に南の大帝国との直接の戦いがあったのが8年前。 その時に彼等が初登場したのです。 ということは、その前に召喚された者達なのでしょう」
当時15歳だった皇太子も、大皇帝陛下と共に、戦場に赴いていたのだ。
「『オクタ=ロマナ帝国』には、光の道具である聖剣が一つと魔道具が3つあると言われています。 しかし、戦場に現れたのは3人の特別な能力を持つ者だけ。 おそらく、あと一つの魔道具の適任者は召喚出来なかったのでしょう」
皇太子は自身の考えをアーシアに話す。
「殿下。 8年も経っているということは、相当な手練れに成長していることになりますか?」
「彼等には勇者になれる特別な適合者は居ないものの、聖騎士アキスミと至高の魔術師レイカの2人は、勇者に匹敵する力を有していると見るべきでしょうね。 この8年間、各地の戦いで神出鬼没に現れていると聞き及んでいますし、レベル上げや経験も相当重ねているでしょうから」
「ところで、8年前の両帝国の戦いはどうなったのですか? 双方に召喚者が居たのですか?」
「敵が新しく召喚した3人の存在が大きく、我が国が劣勢な戦況のまま和睦しました。 こちらも3人に対抗出来る人が居ることには居たのですが、一人だけだったので、止むなく......」
「それって8年前にも召喚者が居たということですか? スーデン・ノーウに」
「いや、召喚者は居なかったです。 以前の召喚はちょうど30年前。 その時の召喚者は今から10年以上前に、全員が鬼籍に入っており、8年前では誰も生き残っていませんでした......」
「そんな......長生きした人は居ないのですか? それに対抗出来た人っていうのは、一体......」
「その人は召喚者ではありません。 この世界で生まれ育った人で、非常に強い御方なのです......」
30年前の召喚者が、22年後には一人も生きていない。
おそらく40歳前後で全員が死んでいる。
そのことは、アーシアに衝撃を与える事実であった。
「殿下。 前の召喚者達はどういう理由で亡くなったのですか? もし良ければ教えて欲しいのです」
アーシアはシュン皇太子が、召喚者の運命をある程度知っていると感じたので、どうしても質問してみたくなったのだ。
「大半の者は戦陣で散っています。 この世界では絶えず何処かで戦いが行われており、魔道具を持つ大国が一定の間隔で異世界から新たな召喚者達を揃え、対抗し合っているのです。 よって、魔道具や光の道具を扱える特別な者達と雖も、いつかは戦いで命を落とす。 それはアーシア殿達にもいつか必ず訪れる過酷な宿命であります」
その事実を語った時、皇太子は物悲しい表情を見せた。
「召喚は、一定の間隔で行われるのですか?」
「連続的に行うことは出来ません。 一つの道具に対して、使用可能な適性者は、数十年に一度しか現れません」
「では、今回私達3人、ヒーラーのシィオを入れれば4人が一度に召喚されたというのは、奇跡に近いのですか?」
「いえ。 奇跡というまでの出来事ではありません。 召喚が成功する時には、纏まって2〜3人で現れることの方が多いようです。 文献に拠れば」
「そうですか......」
召喚者達の命運の一端を、知っている範囲で答えたシュン皇太子。
アーシアの反応をみながら、今度は皇太子の方から質問をしてみる。
「アーシア殿。 召喚されこの世界に来てから、何か疑問を感じていませんか?」
「うーん。 何の訓練もせず、レベル上げもしていないのに、最初から一定の技が使えることですかね」
「他には?」
「聖剣『青釭』の方が簡単に斬撃が出せます。 魔剣の『雀切』は、斬撃ですら出にくい気がします」
その答えを聞いて、ある真実を話しておく必要性を感じたシュン皇太子。
『オクタ=ロマナ帝国』の召喚された聖騎士達が姿を見せた以上、今後はアーシア達もレベルを上げる訓練を始めなければ、対抗出来ないと考えたからであった。
「実は11年前まで、前任の勇者が生きていました。 その為、聖剣『青釭』には、その方が研鑽を積まれた鍛錬や戦いの記憶がほぼ完全に残っています」
この話を始めた時に、シュン皇太子の目にちらっと光るものが見えた。
シィオはそのことに気が付いたが、アーシアは気付かなかったようだ。
「本来、魔剣士や聖剣士達はレベル上げや訓練をする必要があるのです。 その目的は自身を鍛える為だけでは無く、道具の性能を最大限発揮させる目的で」
「アーシア殿は何の訓練もせずとも、技を使うことが出来た訳は、青釭の中に前の勇者と過ごした19年間に及ぶ戦いやレベル上げの経験がほぼ残っているからです」
「一方、魔剣『雀切』を使っていた魔剣士は、60年以上前に亡くなり、以後使用可能な者はおりませんでした。 その為、雀切の中に残っている記憶が薄くなっており、今後は、太古の森でレベル上げをしないと、南の大帝国に所属する聖騎士や至高の魔術師に対抗するのは難しくなるでしょう」
アーシアは『やはり』と思ったのだった。
『青釭』は時々、アーシアの頭の中に語り掛けてきていたのだ。
『ヤチヨ』という名前の人物に対して。
「ということは、前の勇者様は『青釭』と『鬼斬』を使っていたのですか?」
「その通り。 前の勇者『ヤチヨ』様は、その2つの剣を自在に使いこなせる、歴代最強と謳われる勇者様でした。 だから鬼斬にも、ヤチヨ様と鍛錬をし、戦って来た長い時間の記憶がほぼ完全に残っています。 魔剣士ムネトラ殿が、容易に斬撃や剣技を使うことが出来るのは、それが理由です」
「一方、魔道具の『新月の涙』の前所有者は、魔剣『雀切』の前所有者と同時に召喚されて、ほぼ同時期の約60年前に亡くなっていると記録に残っています。 ですから、かつての戦いや鍛錬の記憶は新月の涙からかなり失われているので、セキシュウ殿が使える魔術は火属性の一部と、ごく基本の魔術ぐらいに留まっているのです」
「だとすると、セキシュウを中心に、相当鍛錬を積まないと今後は厳しくなると、殿下はおっしゃるのですね」
「そうです。 セキシュウ殿は今のところ、自身がイメージしたモノを新月の涙を通じて、ある程度具現化出来ているようですから、相性はかなり良さそうな気がします。 しかし、新月の涙はかつてのマスターと一緒に学んだ多くの魔術の殆どを忘れてしまっている状態です。 近いうちに太古の森で魔獣討伐を繰り返しながら、新しいマスターであるセキシュウ殿と一緒に、2人に適合した魔術を積み上げて行くべきでしょうね。 もちろん定期的な訓練実施の強制はしませんが、今のままでは、至高の魔術師殿の足元にも及ばないレベルです。 もし戦場で相対したら、セキシュウ殿が生きて帰れる可能性は.......」
「ゼロですか?」
その質問に頷く皇太子。
「『青釭』と『鬼斬』は、先代の力を借りることが出来るので、十分戦えますが、『雀切』と『新月の涙』、そして弟が所有している『太神の霞』は、適切なレベル上げが必要です。 特に『太神の霞』は、100年以上使用出来る者が召喚されておらず、もし今後召喚された場合には、大変な苦難が待ち構えていることでしょう」
アーシアは頭の整理をする。
『青釭』は、使う側が少し実戦訓練をすれば、ほぼ秘めた力の全てを発揮することが可能。
ムネトラの魔剣『鬼斬』も同様。
ところが、『雀切』と『新月の涙』は能力の2割程度しか発揮出来ていないらしい。
ということは、現状ムネトラが一番強い?
そのことを理解したアーシア。
「殿下。 色々と教えて頂き、ありがとうございます。 今の話を聞いて、近いうちに魔獣討伐でレベル上げの実施を考えていますが、その際、留守には魔剣士ムネトラを残せば良いということですよね?」
アーシアの言葉に笑い出すシュン皇太子。
「簡単に言えばそういうことですね。 魔剣『鬼斬』はレベル上げしなくても、ほぼ大丈夫ですから。 亡くなられた勇者ヤチヨ様に感謝してください」
一連の話を聞いていたシィオは、あることに気付いたのであった。
「殿下。 勇者ヤチヨ様って、もしかして......」
その時、シュン皇太子は『シー』と人差し指で口を塞ぐ仕草をシィオに見せる。
「その話は、またの機会にしますね。 今、西方の大国へと出向いておられる重要な方が皇宮に戻って来た時に。 その方がわかり易いですし、既に今回の話でアーシア殿の頭の中は、完全にキャパオーバーのようですから」
そう言われて、シィオはアーシアの方を見ると、傍から見てもアーシアは目が回っているように見えた。
「前の勇者の影響で......青釭と鬼斬は大丈夫なのね......他はダメ......太古の森での魔獣討伐......あそこ虫が沢山居るからイヤなのよ。 前はムネトラに虫退治させたから......セキシュウも虫が苦手だったわね。 どうしよう......」
ブツブツと呟く勇者アーシア。
そして、
「シィオ。 貴女も魔獣討伐へ一緒に来なさいよね」
やにわに命令をする。
「えっ、私も付き合うのですか?」
思わず、めちゃくちゃ嫌な表情を見せてしまう。
「魔獣討伐で怪我人が出たら、ヒーラーが必要でしょ?」
シィオはシュン皇太子の方を見て助け舟を求めるが、笑っているだけ。
「イヤですよ。 あの場所毒虫が多いから......」
一度は拒否するも、誰も救いの手は差し伸べてくれない。
「わかりました。 今回だけですよ」
ヒーラー専門のシィオは、少し訓練すれば十分であり、レベル上げのようなことをする必要性は低かったのだ。
「じゃあ、決まりね~。 あくまでセキシュウの説得が出来たらの話だけど」
最大の難関は、元引き籠もりニートのウイワ・セキシュウであった。
基本、無気力でやる気が低いから、訓練というだけでは嫌がるだろう。
アーシアもシィオも、その見解は一致していたのだった。
帰宅後。
アーシアはサラとムネトラに、今日皇太子から聞いた話を説明する。
「なるほど。 俺の頭の中にも時々『ヤチヨ』って呼び掛ける声が聞こえていたのは、そのせいだったのか」
魔剣『鬼斬』に記憶があり、新しいマスターをまだ前所有者と混同しているということに、納得しながら、寂しさも感じていた。
「19年間も、一緒に鍛錬をして、多くの戦いを勝ち抜いてきた勇者『ヤチヨ』との思い出を忘れることが出来ないのだろうな~」
ムネトラは呟きながら、感慨深そうな表情を見せ、じっーと魔剣『鬼斬』を見詰める。
『いずれは、俺のことも記憶してくれよ』
との思いを込めながら......
「セキシュウには伝えたのか?」
「いや、どうしたものかな~と思ってさ。 訓練って言ったら、絶対嫌がるだろ?仮面の魔術師は」
「任務だって言えばイイんじゃないか? 仮面のは、アーシアの言う事なら、すんなり聞きそうだしな」
「少し騙す様な感じになっちゃうけど、致し方ないよね。 『新月の涙』は中レベル以上の魔術に関する記憶を失っていて、レベル上げや鍛錬を積まないと、強力な魔術を使えないってことらしいし」
「今後、いずれあるだろう『オクタ=ロマナ帝国』との戦いの際に、仮面のを、むざむざ死なせる訳にはいかないからな。 彼が遅れをとって、もし死んでしまったら、我々もその後の戦いで生き残れる可能性が低くなってしまう......」
ムネトラはアーシアから聞いた皇太子の話から、異世界からの召喚者達が長生き出来ずに、戦場で死んでいる理由は、時間が経つと能力が落ちてしまうことだと推測していた。
新しく召喚されて、鍛錬やレベル上げでピークに達すると、以後は加齢と共に、能力が落ちてゆく。
だから、召喚時には20歳前後の者が多く、30歳を過ぎると能力が落ち始め、40歳前には新しい他国の召喚者に太刀打ち出来なくなり、戦死してしまう......
その様な流れで、召喚者の新陳代謝が繰り返される。
『かなり過酷な運命だな......』
そう呟きながら、アーシアにはまだこの推測を話さないことに決めたのだった。
『まだ麗若き美女には、あまりにも衝撃的な推測かもしれないから......この理論が正しければ、真っ先に戦死するのは最年長のこの俺なのだし、能力の衰えを感じたら、話すことにしよう』
一人や二人位、長老の召喚者が居てもおかしくないと前々から考えていたのだが、現実には誰も居ない。
特に魔術師の様なスタイルであれば、経験豊富なベテランの方が強そうであるのに......
もしかしたら、元の世界に帰ったので、ベテラン召喚者が居ないのかもと淡い期待をしていたのだ。
それらが存在しない理由にようやく納得出来たムネトラ。
『もう、元の世界に戻れそうも無いな。 戻りたいと思っていた訳では無いが、この世界に骨を埋める覚悟を決めた方が良さそうだ』
そんな思索に耽り続けた、この日のナルトミ・ムネトラであった......