第6話(嫌いなアイツ)
時間は戻って、第1話の続きに。
フェザ王国への出征が決定して、準備を始めた勇者達。
すると、勇者アーシアにとっての凶報が。
大嫌いなアイツが副将と決まったからだ。
暴れるアーシア。
それ程毛嫌いするアイツとは......
仮面の魔術師に魔力を充填させた魔力電池50個を、皇宮の南朱雀大門に侍女を呼び出して、サラの元に届けさせた勇者アーシア。
その表情は、かなり満足気であった。
目前に迫った出陣の為、皇太子の執務室に戻ると、シィオから嫌な話を聞いてしまい、一気に鎮痛な表情へ。
「今回の出兵ですが、シュン皇太子殿下が総大将という話でしたが、その副将はウギョウ皇子と決まりました」
「それって、マジ?」
「嘘じゃないですよ。 他の方にも聞いてみてください」
「......」
「おい、勇者」
「私、帰る」
いきなり立ち上がり、邸宅に戻ろうとするアーシア。
慌ててその腕を掴むムネトラ。
「お前、勝手に帰ったら、大皇帝陛下に殺されるぞ」
「殺されてもイイ〜。 あんな奴と一緒に長く居るのは絶対イヤ〜」
いつもと異なるアーシアの大騒ぎっぷりに驚くシィオ。
心の底から嫌がっているようだ。
「ムネトラさん。 どうしてアーシアさんは皇子を嫌っているのですか?」
「それは、ごく普通の理由だよ。 女性としてのな」
「だって、アーシアさんって使用済みの下着を仮面君に売っても大丈夫な方ですよね?」
『随分、酷い噂が流れているのだな~。 もう魔力電池の件が誇張されて皇宮内を駆け巡っているのか......』
いかにも皇宮らしいな。
シィオの言葉に魔剣士ムネトラは、そんなことを考えていた。
「いや、流石に勇者といえども、そこまでのことはしていないぞ」
「そうなのですか?」
シィオは、ムネトラの言ったことを全く信用していない。
アーシアは、目的の為に手段を選ばない人物。
必要が有れば、人殺しや体だって売るだろうと思っていたからだ。
「ウギョウ皇子は、アーシアのことを酷く気に入ったらしくて、見掛ける度にしつこく誘いをかけて来るんだってさ」
「それぐらいで、あんなに嫌がりますか? ストーカーなんて、手痛い目に遭わせて、徹底的にとっちめるタイプでしょ? アーシアさんは」
「それでも、諦めないんだってさ。 だから、あれ程嫌がっているんだよ」
「既に、ウギョウ皇子を叩きのめしたのですか?」
「らしいよ。 逆にそのことで皇子は新しい境地に達してしまったのかもな。 強硬手段が裏目に出たってこと」
あまりの嫌がりっぷりで、ウギョウ皇子絡みの出来事があると逃げ出そうとして暴れる。
今回、ムネトラはセキシュウにさり気なく目配せをして、アーシアを眠りの魔術で大人しくさせてから、事情をシィオに説明していた。
ひとまず椅子に座ったまま、ぼーっとしているアーシア。
眠りの魔術なのに、それでも起きているのは魔術に強い耐性がある勇者らしい状態であった。
「今は、不意討ちの眠りの魔術にかかって大人しいけど、相手は勇者だからな。 そのうち魔術が破られて、もっと騒ぐだろうさ」
戻って来た皇太子に相談するムネトラ。
シュン皇太子も、
「困ったね~。 大皇帝陛下直々にお決めになられたことだから、ウギョウ皇子が副将っていうことは変えられないし......」
「今回、勇者の出陣は見送りってことに出来ませんか?」
「確かにそれが一番の対策だよね? 魔剣士殿だったら待機に変更出来るけど、アーシア殿の出陣は大皇帝陛下がお決めになられたことの一つだから......」
そこで、椅子に縛り付けてから、シュン皇太子自ら説得する方針に決定。
ムネトラが全責任を取るということで、椅子への縛り付けを敢行。
それから、セキシュウが魔術を解除。
すると、大人しかったアーシアが再び騒ぎ出す。
「ウギョウと顔を合わせるなんて、絶対嫌〜。 そんなことさせられるくらいなら、アイツを殺してやる〜」
「落ち着け、勇者」
慣れない魔術の反動も有って、錯乱状態のアーシア。
「ところで、私を縛り付けた奴は誰だ」
「俺だ」
「なに〜。 今、気が立っているんだ〜。 私の魔剣で、お前の✕✕✕を切り取って、どぶに捨ててやる〜」
『眠りの魔術って、切れるとその反動が結構スゴいのだな。 錯乱だけでは無く、性格も虎の様になってしまう......』
「アーシア殿」
シュン皇太子のひと声で、錯乱状態から一気に醒めた勇者。
「アーシア殿が、弟を嫌っていることは重々承知しているよ。 だがここは私に免じて、行軍に参加して頂けないかな。 なるべく弟とは顔を合わせないで済むように配慮するし、そもそも戦場ではお互い別軍を率いる立場。 先ず出遭うことは無いと考えられるけど......」
その言葉に冷静さを取り戻した勇者アーシア。
「そうだよね~。 アイツと遭う可能性、低いよね~」
「そうだぞ、勇者。 数万人の将兵が居るのだし、俺達はただの一兵卒。 将軍では無いのだから、作戦会議とかに出席もしないのだし」
「わかったよ。 皇太子殿下の顔に免じて、今回は出陣する。 でも.......」
「アーシア殿。 無事勝利を収めて帰って来たら、報酬はキチンとしたものを出すから......」
皇太子のその言葉に、目が輝くアーシア。
その様子を見ていたシィオは、
『ほら、やっぱり。 嫌がっていたのは半分演技じゃないの?』
と思うのだった。
アーシアはそれでも沈痛な表情に戻ってしまう。
少し何かを考えていたが、暫く経つと口を開いた。
「皇太子殿下。 殿下は、戦場でウギョウ皇子と顔を合わせる可能性、有りますか?」
「う~ん、無いと思うな。 私は別にウギョウを嫌っている訳ではないが、向こうは露骨に私を避けているからね」
異母兄弟の皇太子と皇子。
現在では長幼の序どおりに、皇太子となったシュン。
ただ、それが確定していなかった幼い頃から少年時代にかけては、次期皇帝の椅子を争う立場であり、激しいライバル関係にあった。
側近達もそれぞれが派閥を作っているので、今でも2人が話す機会は主に大皇帝陛下臨席の場で、それも1年に数回程度しかない。
しかも今回、出征の総大将がシュン皇太子で、ウギョウ皇子はその副将。
この配役はウギョウ皇子側にとって面白い筈が無く、戦場で積極的な行動は見られ無いと予想されたのであった。
「それならば、戦いが始まったら、私は皇太子殿下のお側で護衛に徹しさせて貰ってよろしいでしょうか?」
「別に構わないけど......」
「戦いの方は、前回敵兵300人斬りの素晴らしい活躍を見せた魔剣士ムネトラ殿と、敵の秘密兵器の移動式ビーム砲台を見事に魔術で破壊した仮面の魔術師セキシュウ殿にお任せ有れば、大丈夫でありましょう。 私などは、最後に大怪我を負ってしまった程度の実力しかありません。 前回の撤退時に、皇太子殿下が中央諸侯連合国軍の奇襲部隊に狙われたことも有りますし、その方が万全でしょうから」
すっかりいつもの態度に戻ったアーシア。
眠りの魔術をかけたセキシュウと椅子に縛り付けたムネトラに報復として、今度の戦場での戦いは丸投げする気になったのだ。
『本当に自分勝手な奴だな~。 でも全責任は俺が負うって言ったし、仕方ないか』
ムネトラはそんなことを思うのだった。
その後集合時刻が近付いて来たので、鎧をフル装備して、珍しくヘルメットも被ったアーシア。
両腰に2本の剣を差していると、遠目からでも勇者だとわかってしまうから、魔剣『雀切』をムネトラに預ける。
『雀切』に対しては、少しの適性しか無い魔剣士ムネトラにとって、ズッシリと剣の重さを感じてしまい、片足を引き摺る様な歩き方になってしまう。
「こら。 そんな歩き方じゃあ、アイツに別人だって、バレちゃうじゃない?」
「そんなこと言ったってな〜。 重いんだよ、適性が低いと」
「私とムネトラはそれ程背の高さに差は無いし、防具をフル装備したら遠目では区別付きにくいのだから、大丈夫。 あのバカなら、間違いなくムネトラを私だと思って声を掛けてくるからさ〜」
「本当に?」
「多分、もう私を探している筈。 出征したらアイツも一軍の大将だから、好きに動き回れないからね」
そんな話をしながら集合場所で並べられた椅子に座ったところ、皇太子殿下の玉間にウギョウ皇子がさり気なく入ってきたのだ。
まだ集合時間の1時間前なので、雑然としている玉間。
キョロキョロしながら、何かを探している様子の皇子。
ウギョウ皇子の存在に気付いた者達が次々と挨拶するが、「まあまあ」というジェスチャーを見せて、騒がない様にと合図をしながら、やがて発見したムネトラをアーシアだと思ったようで、近寄って来る。
肝心のアーシアは、一目散に逃げ出し、皇太子の執務室へと戻ってしまっていた。
隣に仮面の魔術師セキシュウが座っていたので、ウギョウ皇子はムネトラのことを勇者アーシアだと思い込んでいた。
皇子はムネトラの前にやって来ると跪き、
「これはこれは、僕の華麗な勇者アーシア殿。 ご機嫌麗しゅう〜」
「......」
「今日は、どうされたのですか? 防具用ヘルメットを被っておられるとは。 その美しいご尊顔を拝し奉らせ給え」
しかし、ムネトラは無言を貫く。
「いやあ、これは愛しき僕直々による逢瀬に対して、恥ずかしがっておられるのですね。 さあ、ヘルメットを外してご覧〜」
そこでムネトラは、ウギョウ皇子の勧めに従い、ヘルメットを外したのだった。
「うぎょ、うわ〜。 これは一体どうしたことだ」
事態を飲み込めないウギョウ皇子。
やがて、冷静さを取り戻すと立ち上がって、
「なんだ、魔剣士か。 紛らわしい」
見下す様な視線に変わり、ぶっきらぼうな言い方に。
「アーシア殿は何処におわす。 早く答えろ、魔剣士」
『コイツ、本当にクソ野郎だな~』
一変の態度と身分差を露骨に込めた言い草に、カチンと来たがぐっと堪える魔剣士。
「勇者なら、シュン皇太子のところに居ますよ」
「皇太子のところに?」
直ぐに残念そうな表情へと変わったウギョウ皇子。
やはり、シュン皇太子のことは相当苦手な様だ。
「どうしてお前が、愛しきアーシア様の魔剣を持っているのだ。 理由を答えろ」
『甘やかされて育てられたのだろうな。 直ぐ命令口調になるな』
皇子を観察しながら、ムネトラは次にそんなことを考えていた。
「いや、勇者から預けられたので、持っているのですよ」
「お前、魔剣士の分際で、勇者であらせられるアーシア様を呼び捨てにするのか、本当にけしからん奴だ」
「用件は済みましたか? こんなところで油を売っていると、リュウハク殿に叱られるのでは?」
「ふん。 魔剣士如きの分際で余計な差し出ぐちをするな」
捨て台詞を残すと、すごすごと自身の居所である西彩宮へと帰って行く皇子。
出征直前に、美女の顔を見たいからと東光宮へ行っていたとリュウハクに知られたら、雷が落ちるので、急ぎ戻って行ったのだ。
『大丈夫ですか? あれでも皇位継承第二位の皇子なのでしょ?』
隣で一部始終を眺めていたセキシュウが、そう書き込んだタブレットの画面を見せながら、少し心配そうな様子。
「皇子は、俺をアーシアに対するライバルだと思っているんだよ。 勇者と俺が一緒に暮らしているから余計にな。 だからキツく当たるのさ。 でもアーシアが居る限り気にする必要は無いだろう。 皇子はアーシアにボコボコにされたのに、あの謙った態度だぞ?」
セキシュウにそう答えたムネトラ。
奴が皇帝にならない限り、気に掛ける必要は無いと考えていたのであった。
集結時刻になって、アーシアは皇太子と一緒に玉間に戻って来て、セキシュウの隣に座る。
相変わらず、ヘルメットを被ったまま。
「アイツ、何か言ってた?」
「愛しきアーシア様とか散々惚気けた後、俺だと知ったら、見下して、捨て台詞吐いて帰って行ったよ。 勇者が皇太子殿下と一緒だって答えたら、露骨にトーンダウンしていたさ」
「そっか〜。 サンキュ〜ムネトラ。 ところで、仮面君。 さっき譲った仮面、もう装着しているの? 大事に使ってね」
セキシュウはアーシアの言葉に右手でグーサインを出す。
「使用済みのをもう装着しているのか? まあ、それで仮面のやる気スイッチが入るのならば、何も言わないけど......」
「仮面君。 もしその仮面がボロボロになったら言ってね。 新しいのを用意するから」
その会話を聞き、
「まさか、仮面の......魔力電池供給の長期契約を結んだのか......」
ムネトラの言葉に、嬉しそうに頷くセキシュウ。
「いや、それって......」
「そんなに否定するのなら、ムネトラが魔力電池調達してよ。 ウチに居候しているんだし」
「わかったわかった。 もうこの件に関しては、触れるの止めるから」
流石に勇者宅の魔力電池を全部買わされることになったら、相当な出費になる。
だからムネトラは、これ以上何も言わないことに決めたのであった。
「ところで、ウギョウ皇子と仮面の魔術師。 差異は有っても、変態的な部分の根本に大きな差は無いと思うけど......」
「ムネトラ、その言い方は仮面君に失礼よ。 クソ皇子は直ぐに人の手を握ろうとするし、権力を揮って我がものにしようとするのだから、アイツ呼ばわりで十分。 それに対して仮面の魔術師様は、私の傷を綺麗に治してくれたんだよ。 無碍に扱ったら、それこそ失礼だよね」
「結局のところ、皇子に何度も手を握られ、頭にきて、魔剣で斬撃浴びせたのか〜。 でも、皇子は魔術師だから、斬撃を魔術で和らげて、心地良い痛みに変えてしまったのだろうな」
「そうかもね~。 あ~あ、憂鬱......」
勇者アーシアは、美しい横顔に翳りの有る表情で呟く。
この異世界に来て、初めて見せる姿であった。
「仮面の。 今回は勇者のやる気ゼロだから、俺達が頑張るしかないぞ。 無事ここに帰って来る為にはな」
すると、セキシュウはタブレットを魔剣士に見せる。
「え~と、『防御魔術を同時に2人まで掛けられる様になったから、この間みたいなことにはならない』か〜。 そうかそうか。 魔術の自主訓練していたのだね。 ならば期待しているよ」
ムネトラは仮面の魔術師との健闘を誓う気持ちを込めて、セキシュウの肩を軽く叩く。
セキシュウも2人に頼られているという気持ちを感じており、人生で初めてのむず痒い感覚を得ていたのだった。
夜に皇宮を出発した遠征軍。
今回の出征先は、南方に有るフェザ王国。
南方の大国『オクタ=ロマナ帝国』の属国であり、今回戦いを仕掛けて来たのは、数ヶ月前の中央諸侯連合国との戦いと無縁では無い。
小国とはいえ、リヒトランド王国を北方大帝国が併合したことに対する、牽制と見られる。
今回の行軍先には、一旦海に出てから艦艇に乗って、王国領を目指すことになる。
『オクタ=ロマナ帝国』とスーデン・ノーウ帝国は海を隔てて別々の大陸に有る大国同士であり、地続きでは無い。
その属国であるフェザ王国は、両帝国を隔てる大海に浮かぶ島国で、元々は中継貿易で栄えていた独立王国だ。
長く中立国として、中継貿易による莫大な富を蓄えていたが、あまりにも経済的に繁栄したことで、両帝国に富を狙われる様になってしまう。
その結果、一時的に手を結んだ両帝国に蹂躙されることに。
百数十年間に渡り貯め込んだ富は殆ど奪われてしまい、急速に衰退していたのだ。
現在は、オクタ=ロマナ帝国の皇族から国王を迎えていることで、同帝国の属国となっている。
5日間、陸路を移動し、帝都から最も近い大港湾都市『ハーゲン』に入る。
そこから軍艦に乗り換え、一路フェザ王国を目指すのだ。
今回、アーシアは、ウギョウ皇子に出くわさない様に、ずっとシュン皇太子やシィオと行動を共にしている。
一方ムネトラとセキシュウは、一般兵士運搬用のトラックに乗って移動していた。
「アーシアが居ないと静かだな。 勇者がいつも騒がしいってことがよくわかったよ」
トラックの荷台にクッション材を敷いて、その上に寝転びながら移動しているムネトラは、横で同じく寝転びながら、タブレットでゲームを続けているセキシュウの様子を眺めつつ、独り言を呟いていた。
前回の戦いで往路は、ずっとトラックの荷台に設置した椅子に座って移動したのだが、あまりにも疲れたので、今回はその教訓を活かし、クッション材を準備していたのだ。
偶然、一緒になった兵士達も、
「この方法は楽ですね」
と称賛している。
「あまり言い触らすなよ。 大皇帝陛下は、だらけている様に見えるこの行軍方法、きっとお嫌いだろうからな」
発案者のムネトラは、一応口止めをしておく。
皇太子の許可は得ていたが、あまり真似されて、最終的な批判が来るのを恐れたのだ。
そもそも、最初は将軍用の移動車両に乗り込むつもりだったムネトラとセキシュウ。
それに対して、
「アーシア様は、大皇帝陛下も認める勇者様であらせられるから、将軍用車両に搭乗される権利をお持ちです。 しかし勇者配下の魔剣士や魔術師ふぜいが、大皇帝陛下から地位を賜っている将軍達と同じ扱いを受けるのは、身分違いも甚だしい。 皇太子殿下は直臣だったら、全員将軍と同等の扱いをされるのですか?」
とシュン皇太子に嫌味な意見を具申した人物が居たのだ。
そう、勇者アーシア風に言えばアイツ。
この意見を申し立てたのは、副将のウギョウ皇子であった。
その意見にシュン皇太子は、
『異世界から召喚した特別な能力者を厚遇するのは当然』
と反論したが、皇子の臣下筆頭リュウハクまでもが、
「我が国は、身分制度の有る国。 貴賤の差はキチンと付けるべきでございます。 たった一度の戦争でそれも少し活躍したくらいで、貴族に該当する将軍達と平民の魔剣士ムネトラ殿や魔術師セキシュウ殿を同列で扱うのは如何かと......」
ウギョウ皇子の肩を持つ意見を述べたことから、議論されるのが面倒になったムネトラが、一般兵士用のトラックに乗り込むこと決めたのだ。
『あのクソ皇子め。 これからも事あるごとに、勇者と親しい俺や仮面のに対して、嫌がらせしてくるだろうな』
行軍中ムネトラは、そんなことを考えながら、面白くないという表情でずっと居たのだった。
ハーゲンに到着すると、皆の鬱々とした気分も一気に晴れる。
やはり、海が見える都市は華やかだからだ。
陸路は一般兵士と一緒だったが、ここからはシュン皇太子が搭乗する戦艦を割り当てられた魔剣士と魔術師。
フェザ王国に近付けば戦闘も予想されるので、当然の配置であり、ウギョウ皇子も口を挟むことは出来ない。
早速乗り込むと、艦内ではアーシアがはしゃいでいた。
大嫌いなアイツは、副将として別の軍艦に乗り込むことから、一気に気分開放となったようだ。
「久しぶり〜、ムネトラ、仮面君。 陸路は災難だったね~、アイツの余計な提言のせいで」
「いや、別に。 ゴロゴロしていただけだから、それ程苦ではなかったよ」
「そうなの。 気分転換に街へ繰り出そうよ。 出港は明日だから」
長い行軍の一時休憩として、半日の自由行動時間が設定されていたのだ。
アーシアに腕を引っ張られ、休み暇も無く街歩きに同行させられることとなったムネトラとセキシュウ。
陸路は皇太子とずっと一緒で、行儀良くしていたのが逆に堪えていたのは、勇者の方であったのだ。
「俺達より、勇者の方が苦痛だったんだな」
「そんなこと無いよ~。 皇太子殿下の乗る車両は超快適だったもの」
「嘘つきだな~相変わらず。 5日間俺達を弄れず、大人しくしていたのが、辛かったんだろ?」
妙にはしゃいでいる理由をムネトラに指摘され、
『バレちゃったか〜』
という表情を見せたアーシアは非常にカワイイ。
『周囲に居る男達をドキッとさせるこの姿と、勇者として戦っている時の凛凛しい姿とのギャップが、萌えさせるのだろうな~』
歩きながら、変わらずはしゃいぎ続けている勇者アーシアの姿を眺めながら、そう思った魔剣士ムネトラであった。
そして、はしゃぐ勇者アーシアとお供する2人の姿を遠くから羨ましそうな目で見詰める御仁が居た。
別の軍艦の艦橋に上がっていたウギョウ皇子であった。
側近達の説明など全く耳に入らず、勇者アーシアの姿に見惚れている。
そして、隣に居る魔剣士ムネトラを睨む。
「あの男。 僕のアーシア様を狙っているのか?」
艦橋で呟いてしまう。
魔剣士は皇子より相当イケメンであり、勇者と同じ異世界の人間であることから、強力なライバルだと思うのは当然であった。
それとシュン皇太子の存在。
「5日間、アーシア様が皇太子と一緒に過ごしていただと〜」
先ほど部下からの報告に、絶句したばかりのウギョウ皇子。
思わず、敬称を付けることを忘れてしまう程であった。
悶々とする皇子。
シュン皇太子は、勇者アーシアと同年齢。
妃を迎える適齢であるにもかかわらず、未だに候補すら上がっていないと聞く。
大皇帝陛下のひとことで、結婚相手が決まってしまう世界とは言え、皇太子の立場なら3〜4人ぐらい側室を持っても、当然の立場。
『このままでは不味い。 もっとお近付きになる機会を作らなければ』
焦りの色を見せる皇子は、自身がアーシアから嫌われていることに全く気付いていない。
気付いていないというよりは、我儘に育ったことで、そういう思考回路自体が欠如しているのだ。
皇子に好意を寄せられたら、拒否する女性など絶対に存在しないという自信過剰な性格。
しかも、魔術師であり、自己過信の傾向も非常に強い。
そういう人物が、勇者達の行く手を阻む大きな障害になりそうな気配が漂い始めていた。