第5話(最初の戦争参加)
異世界に飛ばされて、1か月程経った頃。
北方大帝国では、犬猿の仲の中央諸侯連合国との小競り合いが発生していた。
そこで、大討伐の決定が為され、勇者や魔剣士達も参戦を求められることに......
最初の試練となった魔獣討伐から約半月後。
北方大帝国と犬猿の仲である東方の大国『中央諸侯連合国』が、その勢力下の衛星国に命じて、国境線への出兵を行い始めていた。
スーデン・ノーウでは、国境警備部隊が敵の奇襲を何度か受け、手痛い損害を出したことで、大皇帝は懲罰を与える方針を決断。
帝都ストークを拠点としている主だった将軍達に対して、出陣を命じたのであった。
シュン皇太子も、輔国将軍の地位を兼務していることから、大皇帝の勅命に応じなければならない。
そこで、勇者アーシア、魔剣士ムネトラ、魔術師セキシュウ、ヒーラーのシィオの4人にも出動命令が下ったのであった。
「いきなり、戦争に参加させられるの?」
勇者アーシアはだいぶ不満そう。
「俺達って、その為に召喚されたのだろ? シュン皇太子殿下が戦う時に援護するのが任務なのだから」
「仮面のセキシュウはイイよね~。 防御魔術使えるからさ〜。 私と魔剣士は、攻撃特化で防御力低いんだよ......」
すると、セキシュウがタブレットの画面を見せる。
「え~と、『僕が防御魔術に徹するから、安心して攻撃に専念して下さい』って、そんなの当たり前よ。 防御だけなんて甘い甘い。 セキシュウも攻撃参加して貰うからね」
その言葉にやや困惑した雰囲気を見せるセキシュウ。
表情は仮面の下なので、見ることは出来ないが......
「ムネトラ。 私達の鎧って有るのかなあ~。 何か聞いてる?」
「雑号将軍用の鎧を貸してくれるってさ」
「えっ、雑な鎧?」
「雑号将軍用」
「何それ〜。 雑って言葉が付いているから、なんかチープそうな鎧ね~」
「違う違う。 雑号将軍っていう言葉で一括りにされる、将軍階級の名称が有るんだよ」
「なんだ〜。 適当って意味の『雑』じゃないのか〜」
その後、皇太子の側近が鎧を2人分持って来てくれた。
「大きい方がムネトラので、小さいのが私のよね?」
そう言いながら、勇者は鎧を装着してみる。
「思ったより全然軽い~」
「アーシア。 これ元の世界で言えば、高価なチタン合金製だよ」
「それにこの鎧、結構ハイテクじゃない? 内部の温度調整機能とか制汗機能とかまで付いているよ。 暑い場所や寒い場所でも快適に戦えるようにってことだね」
「快適に戦うって、ちょっと表現おかしいよ。 それと勇者って若いのに、古い言葉使うんだな」
「ハイテクって言い方のこと?」
「若い人はあまり使わないだろ?」
「そういう言い方するってことは、ムネトラ自身でオッサンだって認めているようなものだよ。 でも......代わりの表現って何?」
「これが意外と無いんだよね~。 ハイテクはハイテクノロジーの略だから」
「じゃあ、別にイイじゃん。 そんな指摘しなくても」
「まあな。 それで鎧の解説だけど、表面は耐火性を持たせる為にチタン合金製。 中間層に耐弾性能強化用にガラスファイバー製ショック吸収剤。 内側は軽さと強度維持目的のカーボンファイバーの3層構造なんだってさ」
「思った以上に最新鋭っぽいね~。 ヘルメットの前面ガラスに、色々な表示が映し出されているし」
「でも勇者は、ヘルメット被らないのだろ? カッコ悪いからって」
「ヘルメット被って戦う勇者って想像出来る? ダサすぎだよ」
「ダサいって言っても、怪我したく無いだろ? 刀剣だけで戦う戦争じゃないぞ。 銃弾も飛び交うし、弓は魔力電池を使った魔力弓だからな」
「ついでに言えば、刀剣や槍も魔力を帯びたモノが大半みたいだね。 私達が使っている魔剣程の威力は無いって教えて貰ったけど」
「『鬼斬』も『雀切』も、単発の銃弾くらいだったら、命中する前に、魔剣が持つ固有の魔力で、主を護ってくれるらしい。 だから、俺達は銃弾が飛び交う激戦地域になるべく入り込まないようにしながら、戦ってゆくべきだろうな」
勇者アーシアと魔剣士ムネトラの会話は、まだまだ続きそうであったが、ちょうどシュン皇太子とヒーラーのシィオが戦支度を整えて、東光宮内の3人の待つ部屋に入って来た。
「準備は良いですか、皆さん。 出陣します」
「殿下。 OKで〜す」
「アーシアさん。 戦争なのに、ちょっと軽過ぎるよ」
「小五月蝿いな〜。 シィオはまだ若いのに小姑みたいだよね」
「それは、勇者様に問題が有るからでしょ? 元の世界の人間が、勇者様みたいな人ばかりだと思われたくないですから」
「ふん。 シィオが危なくなっても助けてあげないから」
「それはそっくりお返しします。 勇者様が怪我しても回復魔術掛けてあげませんからね」
「私、怪我しないもん」
「まあまあ。 いつから2人はそんな感じに?」
皇太子もちょっと困った様子。
「魔獣討伐の時のちょっとした出来事が原因だと思いますよ」
ムネトラが苦笑しながら、皇太子に理由を耳打ちする。
「大した理由じゃないから気にする必要は無いです」
それを聞き、
「じゃあ、私は先に行くことにするよ」
シュン皇太子は3人に告げると、少し笑いを堪えながら、部屋を出て行った。
仲違いの理由が、くだらないものだったからである。
シィオも、皇太子のあとを追い掛けて先に向かってしまう。
その後、3人は兵士用のトラックに乗り込み、戦場へ向かうことになった。
「アーシア。 お前が一般兵士用のトラックに乗り込むとはなあ」
「あっちだと、あの子が居るじゃん。 だから嫌なの」
勇者が指を差した皇太子配下の将軍用移動車両は、それなりに豪華。
そこには、シィオも一緒に乗っているのだ。
「いつまで根に持っているんだよ。 大したことじゃ無かったのに......」
ムネトラは呆れた表情。
魔術師セキシュウもタブレットで、
『あの時ヒーラーの代わりに、僕が解毒魔術と治癒魔術を掛けてあげたじゃない?』
と慰める。
「そういうことじゃないの。 リーダーの言う事を聞かなかったから、怒っているの」
「あの魔獣討伐は、シィオにとっても初めての実戦だったから仕方ないよ。 俺は魔獣の攻撃を一発避け損ねて大流血。 勇者の怪我は見た目掠り傷。 ヒーラーとしたら、流血している方が怪我が重いって判断するのは当然だからさ」
「あの子には、『私の治療を先にやって』って指示したのに、ムネトラの治療を優先したから怒っているのよ」
「リーダーの判断に従うべきなのは道理だけど、あの時は経験値ゼロ。 勇者が毒攻撃を受けていたことに気付かないのは当然。 だろ?」
「それはわかっているよ〜」
「あの時勇者も格好つけて、毒が体に回っていることを隠そうとするからイケナイんだぞ。 それにシィオも謝罪したじゃないか」
「......」
『本当に心の狭い勇者だなあ~。 もう過ぎたことだし、セキシュウが代用魔術を直ぐ使ったから、問題無かったのに......』
ムネトラは最年長者としての気苦労が続く。
それを知ってか、タブレットが魔剣士の目の前に。
『ムネトラさんも、色々と大変ですね』
その文面を見て、
「おお、少しはわかってくれるのか?」
と話し掛ける。
頷くセキシュウ。
勇者は、ぼーっとトラックの後方の景色を眺めている。
「まあ、元の世界の時の辛い状況に比べたら、全然マシだよ。 苦労じゃなくて、楽しんでいるからな。 あの2人のくだらない仲違いの仲裁をね」
ムネトラはセキシュウにそう答えると、笑顔に戻るのであった。
途中休憩を挟みつつ、一週間。
ようやく、中央諸侯連合国側が手出しをしてきた国境付近に到着した。
大皇帝自らの親征討伐軍の為、動員した兵力は相当な規模だ。
「あ~〜。 腰が痛い......」
「やせ我慢せず、将軍用の移動車に乗れば良かったのに」
「たまには、こういう経験もイイものよ。 なんだか遠く迄来たっていう感じがするじゃない?」
『本当に強情だなあ~。 無理しちゃって』
ムネトラは会話の中で、そう感じていた。
体じゅうが痛そうな勇者アーシア。
あちらこちらを叩いて体をほぐそうとしている。
「いやあ〜壮観だね~。 これだけの軍勢を見たら、敵は逃げちゃうんじゃない?」
「そうかもな。 ただ懲罰を加える為の出征。 前進し続けて踏み潰すのが目的だから......」
「中央諸侯連合国って、どのぐらいの国力なの?」
「スーデン・ノーウの半分くらいだって。 北方大帝国は、この世界で最大の国力を持つ国だから、半分って言っても相当なものだよ」
「ということは、他の敵対国が裏で糸を引いてそうだね。 南の大国が最大のライバルだと教えて貰ったよね?」
意外とアーシアは状況を理解している。
大皇帝が今回動員したのは、帝都周辺の軍勢だけ。
他の軍勢は動かして居なかったのだ。
「それで、私達の出番は?」
「もう少し、先に進んでからだろうな」
遠征軍は国境の駐留軍を激励すると、隣国の小国『リヒトランド公国』に侵攻を開始。
公国側から抗議の使者がやって来たが、大皇帝は面会すらせず、直ぐに追い返して侵攻を続ける。
やがて、狭隘な山地に軍勢は差し掛かった。
リヒトランド公国は、国境に近い山地を天然の城壁に見立てて防御体制を築いている。
大軍と雖も、狭隘な山地を通り抜けないと、公国の中心部に向かうことが出来ない。
だからこそ、同盟を結ぶ中央諸侯連合国の意向を受けて、北方大帝国に奇襲を仕掛けるという無謀な行為をして来たのだ。
山地に入ると、帝国側は魔術師隊が空を飛び、警戒を始める。
攻め込まれる側は、狭隘な地形を利用して防衛するのは常套手段。
先鋒が山地の半ばまで差し掛かると、山上に隠れて布陣していた公国側の軍勢が姿を見せ、攻撃が始まる。
スーデン・ノーウ軍は公国軍に比べて大軍勢とはいえ、地の利は圧倒的に公国軍側。
魔術師隊が、山上や山中に配置された砲門を攻撃するが、反撃もかなりの規模。
長蛇の陣になってしまい、大軍の割に局所戦の戦力が薄く、帝国側は苦戦に陥る。
皇太子の軍勢は、次鋒の位置に配置されており、先鋒部隊の苦戦ぶりが何となく伝わってきたので、アーシアは、
「ムネトラ、セキシュウ。 一旦トラックを降りて、味方を援護しようよ」
と提案する。
「わかった」
ムネトラは答えると、先鋒部隊の苦戦で進軍が止まり、ノロノロと進んでいたトラックから飛び降りる。
続いてアーシアも。
2人は魔剣を抜き、
「届くかどうかわからないけど、魔剣で魔力を増幅させて攻撃してみようか?」
勇者アーシアの言葉に頷く魔剣士ムネトラ。
山の中腹に見えている敵軍の砲台に向けて、2人は斬撃を繰り出す。
流石、選ばれし勇者と魔剣士。
遥か先の敵の砲台に斬撃が寸分違わず命中。
次々と砲台が破壊されてゆく......
「魔剣の力って凄いね~。 あんな遠くに迄、魔力の斬撃が届くなんて......」
予想以上の威力に感心するアーシアとムネトラ。
2人の援護攻撃により、先鋒軍の魔術師隊も士気が上がる。
砲台からの攻撃がほぼ止んだことで、山中に布陣している敵兵に攻撃を集中出来るようになったのだ。
トラックが完全に停まったので、セキシュウも荷台の座席から降りて、勇者と魔剣士の2人を防御魔術で防護する態勢を取る。
すると、遠くの山上で、一瞬何かが光るのが見えた。
そこから、先鋒部隊に向けて新たに強力なビーム砲の攻撃が......
3人の立っているだいぶ先で、大きな爆発。
帝国軍全体の動きが完全に止まる。
魔術師隊の防御魔術では防ぐことが出来ないエネルギー量の攻撃であったからだ。
苦戦へと再び転落の模様。
移動式の強力なビーム砲砲台。
これが中央諸侯連合国軍側の隠し玉であったのだ。
「ムネトラ、仮面君。 あんなに遠く迄届くわからないけど、ビーム砲の砲台を攻撃してみようよ。 セキシュウは何でもイイからイメージ出来た攻撃魔術をあの場所に具現化して」
勇者として指示を出すと、3人は同時に攻撃を開始。
アーシアは聖剣『青釭』も抜いて、2本の剣で連続斬撃を繰り出す。
ムネトラは意識を高めて、魔剣『鬼斬』を上段から振り下ろし、渾身の力を込めた一閃の斬撃を放つ。
セキシュウは目を瞑り、『ダークヘルファイアー』と小さな声で呟いて、地獄の業火があの山上一帯を焼き尽くすイメージを思い浮かべる。
すると、ビーム砲台の在る場所から、
「ドーン」
と地響きを伴った大きな爆発音と光が炸裂。
勇者の連続斬撃と魔剣士の魔力を込めた斬撃が次々と命中して、移動式ビーム砲台に大きなダメージを与えたところに、セキシュウの魔術の焔が周囲で燃え上がり、半壊した砲台が猛烈な焔に包まれ始めたのだ。
先鋒の苦戦で停止していた皇太子の軍勢から大きな歓声が上がる。
先鋒軍からも大きな鬨の声。
勢いを取り返したスーデン・ノーウ帝国軍。
山地に布陣していた公国軍と諸侯連合国軍は、帝国軍の地上からの銃撃や魔力弓射撃と上空からの魔術師隊の攻撃に敗色濃厚となり、次々と撤退に取り掛かる。
しかし、山地からの退却は足場が悪く時間が掛かるもの。
進軍を再開した帝国軍の大軍に退路を絶たれ、次々と降伏する結果となったのであった。
その後は大きな抵抗を受けずに、リヒトランド公国の首都リヒトに到着。
小国の首都の規模では、北方大帝国の大軍が入り切れず、後方に布陣していた軍勢は一旦野営をすることに。
公国は首都を完全占領され、全面降伏。
政権幹部達は、先に諸侯連合国へ脱出して亡命。
大皇帝は公国の解体を指示し、北方大帝国の属領の一部となったのであった。
当初、更に進軍する予定だった大皇帝。
リヒトランドが諸侯連合国の傀儡政権だった最大の要因は、諸侯連合国から派遣され、リヒトランド軍の実権を握っていた総大将と軍事顧問団の存在であった。
ところが、先ほどの勇者アーシアの移動ビーム砲台を狙った攻撃が、リヒトランド公国軍総大将の身体を偶然斬り裂いて殺害しており、軍事顧問団も逃げ出したことで、その後公国軍は自壊状態となっていたのだ。
その結果を知った大皇帝は侵攻の終結を決定。
中央諸侯連合国軍との全面対決は、避けることとなったのであった。
この時点で、運良く最大の功績を上げていた勇者アーシア。
帰還すれば、大きな褒賞は確定であった。
「勇者、良かったな〜」
ムネトラも功績を上げた上に、無事帰れそうなことに喜んでいた。
「まあね~。 真の勇者は実力だけでは無く、運も備わっているってことよ」
鼻高々な様子に、
『ああ、益々調子に乗りそうだな』
と思い、諦めの表情を見せるムネトラ。
「流石勇者。 あとは無事帰るだけだな」
わざとらしく称賛して、とりあえず持ち上げておこうと考える。
「あら、どうしたの? いつもだったら、ひとこと何か言うくせに」
「今回は参りましたってこと。 あれ程の遠距離攻撃が、敵の総大将の体を引き裂いていたなんて、もう何も言えないよ」
「ふふふ。 狙っていたんだよね~、多分あの場所に最高幹部が居ると感じていたから」
嘘っぽい言葉だが、感じていたのは本当であった。
「このまま我々は帰れそうですか? その素晴らしい預言で占って下さい」
「当たり前じゃない? 敵は完全降伏して、戦いは終わったのだから、あとは帰るだけ。 帰りは将軍用の移動車両に乗って戻りましょう」
ご機嫌なので、帰りはシィオが居ても構わない様だ。
行きのトラックでの移動が堪えたのもある。
大功績を上げたので、小娘も何も言えまいと考えていたからであった。
残留する部隊に、リヒトランド公国の新体制構築を指示してから、撤退を始めた北方大帝国軍。
大軍の為、帰還にも時間が掛かる状態。
侵攻時、最後尾だった部隊が、国境線を超えて帰還したのに、首都リヒトに入った部隊は未だに一歩も動けない状態。
そこで首都に滞在している部隊は、ひとまず大皇帝が国境線を超えて、帝国内に戻ってから、撤兵する方針に。
撤退での混乱を避ける為だ。
首都リヒトでの滞在が始まり、1か月以上経ってから、ようやくシュン皇太子の軍勢の撤兵が始まった。
「随分、時間掛かったね」
「今回は、大軍で中央諸侯連合国を威圧するのが最大の目的だったから、仕方ないよ。 この国は小国だし」
アーシアの感想にムネトラが答え、将軍用の移動車両に乗って、帰還が始まった。
同乗している他の将軍達から、称賛を受けながらの帰還に、終始ご機嫌のアーシア。
シィオは何も言わず、黙ったまま、最前列に座っている。
ドヤ顔のアーシアと接したく無いから、あえて避けているのであった。
首都リヒトを出て半日ぐらい過ぎた時。
狭隘な山地を通過中、殿軍を務めていたシュン皇太子の軍勢が急停止したので、移動車両も急停車。
睡魔に襲われ、虚ろ虚ろしていたアーシアやセキシュウは、その衝撃で起こされたのであった。
ムネトラはずっと何かの資料を見て起きていたから、いち早く反応する。
「多分、中央諸侯連合国軍の奇襲だ。 撤退に時間が掛かっていることを知り、一矢報いようと小国のリヒトランド国の許可など得ずに、勝手に軍勢を侵入させて展開したのだろうね」
予想していたかの様な魔剣士の言葉に、
「もしかしたらと思っていたの?」
アーシアは確認する。
「俺は前の世界では、企業経営者だぞ。 それなりの経験も有るし、色々と考えているのだよ」
その言葉に黙ってしまう勇者。
「とりあえず、俺は先に外へ出て、敵の動きを見てみるから」
ムネトラはそう言いながら、魔剣を手に取り、真っ先に車両を降りて行ったのであった。
他の同乗者は、鎧すら着けておらず、大軍ゆえの完全な油断状態。
慌てて鎧を準備し、それから外に出る。
アーシアとセキシュウも車両を降りた時点で、既に魔剣士ムネトラは戦闘の真っ最中であった。
見たことも無い装備を着けた将兵が、前方に停車しているシュン皇太子が搭乗した車両を目掛け、猛突進して来る。
近付くのを防ごうと、皇太子直轄部隊が銃撃を繰り返す。
そこに、ムネトラが斬撃を繰り出しながら、魔剣を振るい突入。
今までのように遠距離からの斬撃だけの攻撃では無く、乱戦状態なので、魔剣で直接敵兵の体を斬り付けている。
敵側も、強敵と判断した魔剣士ムネトラに対抗する為、銃撃隊で足留めをしながら、魔術師部隊も動員して対応。
敵魔術師による魔術攻撃を魔剣で防ぎながら、次々と敵兵に襲い掛かり続けるムネトラ。
まさにその姿は、悪魔に取り憑かれた鬼神のごときであった。
勇者アーシアも、
「凄い......これが本気を出した魔剣士ムネトラの実力」
思わず見惚れてしまう程。
ひとまずセキシュウに指示を出す。
「ムネトラに防御魔術を掛けてあげて。 このままだと危ないから」
セキシュウは頭の中で『エネルギーシールド』のイメージを作り、右手をムネトラの方へ伸ばす。
すると、ムネトラの体が淡い光に包まれたのだ。
「流石、仮面の魔術師君。 実戦3回目なのに、お見事」
アーシアは褒めると、その場で2本の剣を使って、斬撃を繰り出して遠距離攻撃に徹する。
防御魔術を他人に掛けているセキシュウを護る為、その場で留まったのだ。
ムネトラはシールドに包まれたことで、防御を気にせず、縦横無尽に敵兵を斬りまくる。
魔剣は特能者が使う限り、エネルギーに包まれた剣なので、どれだけ直接斬り裂いても、永遠に刃こぼれすることは無い。
ところが敵も、魔剣士ムネトラの尋常でない活躍を支えている魔術師セキシュウの存在に気付いたのだ。
遠距離からの銃撃が、セキシュウの周囲に着弾し始める。
セキシュウは遠くに居るムネトラの為に防御魔術を使っているので、自身に防御魔術を掛けることが出来ない。
まだ実戦は3回目。
回数を重ねれば、2人同時に防御魔術を掛けることも出来るだろうが、現状では無理な状況。
そこで、勇者アーシアが斬撃と魔剣・聖剣が持つ自己防衛力を使って、セキシュウに銃撃が当たるのを防ぎ続ける。
その間、皇太子直属部隊が反撃態勢を整えて開始するが、セキシュウを狙っている遠くの銃撃部隊には、まだ届いていない。
『仕方ないわ。 私の斬撃であの遠くに居る敵銃撃部隊を倒すしかない』
そう考えたアーシアは、セキシュウの前に立ちはだかると、2つの剣を把持し直して身構える。
最大級の振り下ろしを交互に一閃ずつして、敵銃撃部隊を全滅させようと狙いを定め、魔剣『雀切』を最大の力を込めて一閃。
更に、聖剣『青釭』を同じく一閃。
2つの斬撃は、敵の銃撃部隊に命中し、ようやくセキシュウを狙い撃ちした銃撃は止んだのであった。
ところが、斬撃を加えている間に、5発の銃弾が勇者アーシアに命中。
2発は鎧が防いでくれたが、3発は腕と足に命中。
セキシュウがそのことに気付いて、直ぐ駆け寄る。
「心配しないで。 こんなの掠り傷よ」
勇者らしく、強がりの言葉を吐いたものの、片膝をついて、辛そうな表情に変わる。
2発は掠り傷程度だったが、足に直撃した1発が動脈を貫いていたのだ。
みるみる流血が酷くなるその状況に、セキシュウは慌てて移動車両に戻り、ヒーラーのシィオを呼びに行く。
「シィ......オ......さん」
やはり声が殆ど出ない魔術師セキシュウ。
しかし、必死に声を出そうと絞り出す様に、
「アー.......シア......さんが......」
その表情を見て、勇者に何かあったのだと事態に気付いたシィオ。
立ち上がると、セキシュウがシィオの手を引っ張って、勇者アーシアの元へ。
すると、アーシアは片足から大量の出血。
ただ気丈にも、まだ意識はあり、片膝をついたままの姿勢を維持していた。
「セキシュウ君。 直ぐに傷の治癒魔術で止血を。 私が回復魔術を掛けるから」
シィオの指示に、セキシュウは必死に念じ、アーシアの傷を元通りにする治癒魔術をイメージして掛け続ける。
シィオは、全力の回復魔術を。
同時に進めたことで、傷口は徐々に塞がり、生命力も回復し始め、蒼白だった勇者の顔色も、徐々に血色が戻って来たのだった。
意識が朦朧としつつあったアーシアだが、2人のお蔭で無事生還。
地獄の門の一歩手前まで、進んでいた状況だったのだ。
最後にセキシュウが、アーシアの体内に残っていた銃弾一発を魔術で外に取り出す。
そうなると、痛みが少なくなったのか、アーシアはいつものような憎まれ口が復活する。
「ありがとう、2人とも」
「ところでシィオ。 今回は回復魔術、私に使わない筈じゃなかったの?」
「まだそんなこと言うんですか? 本当にどうしようもない人ですね、アーシアさんは」
「これが私だから。 軽く受け流してくれればイイのよ。 あそこで縦横無尽に戦っている魔剣士のようにね」
そこまで話すと、座ったままのアーシアはシィオを抱き締めるのだった。
すると、シィオは涙を流し始めた。
「ゴメンなさい。 ずっと悪態をついちゃって」
「それは、私もよ。 こんな勇者に早く慣れて頂戴ね」
その2人の姿を見ていた仮面の魔術師も、ようやく一安心出来たのであった。
やがて、千人程度と少数だった敵奇襲部隊は、魔剣士ムネトラに多くの将兵が殺されたことで、完全に打ち破られて壊滅し、帝国軍も撤退を再開する。
血塗れ姿で移動用車両に戻って来たムネトラ。
車両内の長椅子で、元気無く横たわるアーシアの流血姿を見て驚く。
「道理で、勇者が応援に駆け付けて来ないと思ったら......全部俺任せかよ〜って思いながら戦っていたよ」
すると、セキシュウがタブレットをムネトラに見せる。
『僕を護ろうと、敵の銃撃部隊を倒す時に、銃弾が当たってしまったのです』
「なるほどな~。 これに懲りて、両足の防護鎧はキチンと装着しておくべきだぞ。 いくら緊急事態で有ってもな」
そう答えた魔剣士ムネトラは、ヘルメットも被ったフル武装であった。
「アンタの格好、ロボ◯ップみたいでダサ過ぎ。 流石にヘルメットは被らないわよ」
大怪我をしてもアーシアは相変わらず。
「勇者ありがとうな。 魔術師がかけてくれた俺への防御魔術を消失させないために無理したのだろ? 仮面の。 あの防御魔術は完璧だった。 本当に助かったよ」
2人に御礼を述べると、一番前の席に座っているシィオのところへ。
「仲直りは出来たかい?」
頷くシィオ。
「性格に難がある勇者だけど、救ってくれて感謝している。 今後もよろしく」
そう言いながら手を振り、自席に戻ると、直ぐに眠りに落ちてしまった。
ムネトラも、ほぼ魔力を使い果たす激闘であり、疲労困憊であったのだ。
国境線を超えて、無事に撤退すると、シュン皇太子が将軍用の移動車両に乗り込んで来た。
敵の奇襲攻撃を撃退後も、狙撃される可能性があったので、直ぐに勇者達のもとに駆け付けられなかったのだ。
「ありがとう、魔剣士ムネトラ殿。 貴方が直ぐに敵へ斬り込んでくれて居なかったら、多くの者があの場で死んでいただろう。 本当に感謝しても仕切れない」
「勇者アーシア殿。 ムネトラ殿やセキシュウ殿を守る為に、銃撃を受け重傷だったと聞く。 大丈夫であろうか?」
「仮面の魔術師セキシュウ殿。 ヒーラーのシィオ殿。 勇者と魔剣士のお二方を守る為に、全力を尽くしてくれたとのこと。 本当にみんなありがとう」
そこまで話すと少し涙ぐんでしまう。
「シュン皇太子殿下。 私達は大丈夫だから、早く帝都に戻りましょう。 行きも帰りも長時間移動。 怪我した身にはそれが一番辛いです」
勇者の言葉に笑いが起きる車内。
他の将軍達も、本音は同じであったのだ。
帝都に帰還後。
大皇帝は、今回の戦いで最も大きな手柄を立てた勇者ニイノウ・アーシアに対し、恩賞として皇宮に近い大邸宅を下賜してくれたのだ。
それと下賜金を200金。
これにはご機嫌のアーシア。
早速、仮住まいを引き払い、新しい大邸宅へ。
「サラ。 めちゃくちゃ広いね~」
「立派な邸宅ですよね。 維持も大変そうですが」
「心配症だな~サラは」
「アーシア様。 皇帝陛下直々に下賜されたのですから、この状態を出来るだけ維持しなければなりません。 それには人を雇わないと」
「そうだね。 サラに任せるよ」
「それと、お怪我は」
「みんなが直ぐ治療してくれたから大丈夫。 ちょっと貧血気味な状態ってだけかな?」
そう答えながら、大流血した右太ももをサラに見せるアーシア。
傷跡は全く見当たらなかったのだ。
「本当に大怪我なされたのですか? 傷跡が全くありませんよ」
「これは、仮面の大魔術師のお蔭だよ。 まだ慣れない魔術なのに、これだけ完璧に治してくれるなんて、凄い潜在能力を秘めているのかもね」
「そういうことなら、何か御礼をしなければ」
そのサラの言葉に、
『御礼か〜。 何がイイだろう......』
と、少しだけ『御礼』という言葉を心に留めて置くことになった勇者アーシア。
その後。
大邸宅の維持目的で、多くの侍女を雇い入れた勇者宅。
『もう少し、実入りの良い報酬が良かったな〜。 例えば小さな領地とか......』
そんなことを考え始めていたニイノウ・アーシアなのであった。
第5話で過去の話は終わり、第1話の時間に繋がっています。
第6話〜が、第1話の続きです。