第3話(仮面の魔術師セキシュウ)
異世界に召喚され、行方不明となった航空機には、勇者アーシア、魔剣士ムネトラ以外にも、特別な能力を持つ適性者が居た。
それは魔術師セキシュウ。
彼の歩んで来た半生は......
仮面の魔術師ウイワ・セキシュウ。
彼は人と接するのが苦手で、普段、会話はタブレットを介して行う。
喋れない訳では無い。
11歳の頃、酷いイジメに遭い、以後不登校に。
それからは、自分の部屋に引き籠もり、家族とも殆ど会話をしていない。
だから、他人と話す際に、異常な緊張状態に陥ってしまい、マトモな会話が出来ないのだ。
この異世界に連れて来られ、彼が魔道具『新月の涙』というネックレスを首から掛けると、『新月の涙』を介して魔術を操れることが判明した。
そこで色々と調べられた結果、選ばれし魔術師としての強い力を秘めているということを、太傅で大魔術師のカクケンから告げられた時にも、ひとことの言葉すら発することが出来なかったのであった。
だから、太傅カクケンも少傅リョアンも、当初魔術師ウイワ・セキシュウは言葉を話すことが出来ない人物だと思っていたのだ。
やがて、最初の試練『魔術討伐』へ出向く様にと命令された魔術師セキシュウ。
もちろん一人では無く、勇者アーシアと魔剣士ムネトラ、更にはヒーラーのシィオという4人のパーティーで向かうこととなっていた。
他の世界より召喚されし特別な者達が備えている、それぞれの能力を試す為の魔獣討伐。
ここでしくじれば、以後の扱いは軽いものとなるであろう。
非常に大事な試金石。
セキシュウにも、そのことは十分わかっていた。
異世界のこの国の者達に連れて来られた大きな森の入口。
この『太古の森』には、魔力を帯びた魔獣が数多く生息していると言う。
この場所で、初めて魔道具を使える他の3人と合流させられたのであった。
皆、同じ飛行機に乗り合わせた人達だ。
「私は、ニイノウ・アーシア。 この世界でただ一人の選ばれし勇者だからね。 よろしく」
「俺はナルトミ・ムネトラ。 この世界では魔剣士ということらしい。 よろしく頼む」
「私は、タチナバ・シィオ。 ここの異世界で魔術と光の術の両方が使えるヒーラーなんだって。 戦闘では役に立たないと思いますが、よろしくお願いします」
「......」
それぞれが自己紹介をしたが、セキシュウは言葉が出て来ない。
何も喋らず突っ立っているセキシュウ。
「貴方は、魔術師だっけ? 自己紹介くらい出来ない?」
勇者アーシアは、ちょっと不思議そうな顔をする。
これ程の綺麗な美女に話し掛けられたのは、引き籠もって以後初めてのこと。
ただでさえ、激しい緊張に襲われているセキシュウにとって、余計に体が強張るシチュエーションであった。
その様子に異変を感じた3人。
「おい、勇者。 魔術師は喋れないんじゃないのか?」
「そんなことは無いでしょう。 呪文みたいなの唱えないと、魔術って使えないんじゃない?」
「雰囲気からすると、凄く緊張しているみたいですよ」
3人はヒソヒソ話をして、魔術師セキシュウの様子を探っている。
「私は勇者。 ムネトラは魔剣士。 シィオちゃんは回復オンリーでしょ? 魔術師がシャンとしないと、結構ヤバいんじゃない?」
アーシアが自身の意見を述べる。
「困ったな~。 最初でしくじると、これからの俺達、だいぶ評価が下がるよな?」
「魔術師さん、もしかして、ヒッキーとか?」
ヒーラーのシィオが、視線が泳いでビクついているセキシュウの様子から、現実世界での姿を的中させた。
その言葉がセキシュウにも聞こえたので、とりあえずウンウンと頷いてみる。
「ほら。 引き籠もりって言ったら、頷いていますよ」
シィオの言葉に頭を抱えるムネトラ。
「マジかよ~。 魔術師は一人しか居ないんだぞ。 そんな奴が最も大事なポジションとは......」
思わず本音が漏れてしまう。
「そっか〜。 じゃあとりあえず、勇者の私がこのパーティーのリーダーってことでイイよね? 魔術師が凄腕だったら、リーダーを譲ることも考えていたけど」
アーシアは、魔術師セキシュウの実態が引き籠もり少年であろうが、気にしていないようだ。
「勇者がリーダーってことに、異議は無いよ。 アーシアお嬢様は、魔剣と聖剣、両方使えるからな」
「そうよ。 だから当然」
自信溢れる勇者アーシア。
初陣だというのに、緊張している様子は全く無い様だ。
「魔術師君が引き籠もりってことは、ずっと部屋に籠もって何年もゲーム三昧だったの?」
美女勇者の質問に、緊張がピークに達しつつも、頷くことが出来たセキシュウ。
「だったら魔術もソツなく使いこなせるよ、きっと。 ゲームと同じ感覚でやってみればイイんだから」
あまりにも適当過ぎる見解に、
「魔術だぞ? ゲーム感覚で、マトモに使えるのか? だったら誰も苦労しないだろうよ」
魔剣士ムネトラの言ったことは正しい。
ゲームの世界に没頭していたからと言って、直ぐに異世界で魔術が使えるとは到底思えない。
ヒーラーのシィオもムネトラの意見に賛同していた。
もちろん、心の中でだが。
「引き籠もり魔術師君が、緊張せず実力を発揮するには......」
アーシアは楽しそうに呟きながら、一つの考えが浮かぶ。
「魔術師君。 君は目付きが鋭くて怖い感じがするし、フツメン以下な顔だから、これを着けてみたら?」
そう言いながら、戦いの時に着用する予定で持ってきた仮面を手渡す。
セキシュウは、美女勇者アーシアから仮面を受け取る時にも、激しい緊張で手が震える。
その様子に気付いたアーシアは、セキシュウの手を少し握ってあげて、緊張を解きほぐそうと思うほどだった。
その行動は予想外。
ビクッと全身が震え、体が固くなるセキシュウ。
話すだけでも大緊張する程の美女に、手まで握られたから。
「パーティーとかハロウィンとかで使うものだけど、これを着けたら、恥ずかしさも緊張も少しは解消されると思うよ」
アーシアは優しい言葉を掛けると、仮面を着けてみる様に促す。
恐る恐る、手渡された仮面を自身の顔に装着したセキシュウ。
すると仮面の内側からは、芳しい匂いがする。
呼吸が荒くなるセキシュウ。
『もしかして、美女アーシアの使用済み仮面なのでは?』
と考えたからだ。
少し深呼吸をしてみる。
仮面を着けた内側では、徐々に自分の城に籠もっている様な感じが得られ始めた。
四六時中ゲームの世界、バーチャル空間で生活していた、あのワクワク感。
そんな雰囲気を纏うことが出来たのだ。
その為、暫くすると、落ち着きを取り戻した。
人から見られているという感覚も遮断されたからであろう。
その仮面姿をじーっと見ていたアーシアが、
「結構、似合っているじゃん。 『仮面の魔術師』ってこれからは呼ぼうか?」
魔剣士ムネトラも、セキシュウが少し落ち着いた様に見えたので、
「とにかく、それを着けたら魔術使えそうか? 仮面の」
と確認する。
その質問に、ひとまず頷くセキシュウ。
「じゃあ、あっちに居る魔獣ぽいヤツに、何か魔術を掛けてみろよ。 多分魔道具を着けてさえいれば、イメージするだけで何らかの魔術が飛び出すだろうから......」
ムネトラはセキシュウに、自身の考えを基にしてアドバイスをする。
魔剣士の指示通り、魔術が使えるか試してみることにするセキシュウ。
『頭の中でイメージを作って......ヘルファイアー』
セキシュウが心の中で呟くと、魔獣が焔に包まれる。
「凄い〜。 いきなり焔が〜」
勇者アーシアがちょっと感動。
ムネトラもシィオも茫然。
まさか、いきなり魔術が大成功するとは想像していなかったからだ。
「ほら、オッサン。 ぼーっとしていないで、魔剣でとどめを刺して来なさいよ」
魔剣士ムネトラに命令する勇者。
『お前勇者だろ? トドメはお前が刺せよ』
そう思ったものの、リーダーは勇者で良いと言ったばかりなのに、指示に従わないのも大人げ無い。
ムネトラは4人の中で最年長。
「俺はオッサンじゃない。 まだ二十代だ」
そう言い残すと、魔剣『鬼斬』を振るって、焔に包まれ暴れている魔獣を十字に斬り裂く。
魔獣を倒してから、3人の立っている場所に戻って来たムネトラ。
「ご苦労さま。 ところでその剣の使い心地は?」
「初めて振るったけど、イメージ通りに斬撃が出て、使い易いよ」
同じ剣を使う者として、初の実戦の感想を述べるムネトラ。
「じゃあ、私も使ってみるかな〜」
アーシアはそう言うと、2本の剣を同時に抜く。
構えた姿はかなり様になっている。
『へ〜、これは意外。 剣道か何かの経験者なのかもな』
アーシアは重い剣2本を軽々と把持しており、この異世界では特別な能力を持っていることが、ひと目で判る。
そして、遠くに居る魔獣に向かって、2本の剣を交叉させながら、クロスに一閃。
すると、斬撃が真っ直ぐに魔獣へと向かい、そのまま✕字に斬られた魔獣が、バタッと倒れる。
鮮やかな攻撃に、思わず拍手をするムネトラとシィオ。
華麗に2本の剣を鞘に収めて、どうだと言わんばかりのドヤ顔を見せる。
「剣士では無く、勇者と言われているだけのことは有るな」
ムネトラは、素直にアーシアを称賛するのであった。
近くに居た魔獣の討伐をあらかた終えてから、
「仮面の魔術師君。 元の世界では引き籠もりだったのかもしれないけど、奇跡的にこういう世界にやって来たのだから、これからは生まれ変わったつもりで、魔術師の務めを果たすと良いと思うよ」
アーシアが真面目な話をする。
「向こうでは、私も嫌なことばかりだった。 ムネトラもでしょ? そして仮面君も」
そう語った時、一瞬表情に翳りが見えた勇者。
それに気付いたセキシュウは、
『こんなに綺麗な人でも、向こうの世界では大きな悩みを抱えていたんだ』
と思ったのであった。
「だから、こっちではやりたい様にやろうよ。 今、私達には特別な能力が有って、それが使えるっていうことがわかったでしょ? それもかなりのレベルのものだし、帝都に帰ったらきっと厚遇されることになるからさ」
優しい言葉に、仮面の下で感動していたセキシュウ。
しかも美女に励まされ、涙を流す程のもので有った。
こんな出来事があり、仮面の魔術師セキシュウが誕生。
しかも、勇者アーシアの配下みたいな人間関係になってしまった。
引き籠もり人間であったのに、思わぬ優しい言葉を掛けられ続けて、すっかり勇者に惚れてしまったからだ。
帝都に帰ると、4人はその能力を称賛された。
想像以上の高い実力に、シュン皇太子も一安心した表情を見せている。
「こんなに楽々と魔獣討伐を終えて戻って来られるとは、とても初陣とは思えません。 今後もその力を私に貸して下さい」
皇太子の人柄を感じさせる優しい言葉に、素直に頭を下げる4人。
「ひとまず、私から仮住まいを手配しましょう。 ヒーラーのシィオ様は、万が一の敵国の襲撃を避ける為に、東光宮内に住んで頂きたく思います。 他の御三方には帝都の皇宮近くの区画の邸宅を割り当てさせます。 もし、皇帝陛下より別の邸宅が充てがわれた時には、そちらに移って頂くことになりますが......」
その後、仮面の魔術師セキシュウには、魔剣士ムネトラと道路を挟んで隣接する大きな邸宅が割り当てられた。
入居準備が整ってから、皇太子の側近に案内された邸宅。
その中に入った時の充実感。
セキシュウの人生で、初めて経験する感覚であった。
自身の力で掴み取ったものであることに、少し自信をつけたのだ。
邸宅には、帝国政府より数人の世話係が配置されている。
別の世界からやって来たセキシュウに対する配慮からであった。
引き籠もりだった魔術師セキシュウの生活能力はゼロ。
帝国から派遣された邸宅の世話係に、一般生活のことは全て任せることにする。
広大な邸宅の中で、気に入った一部屋を自分の城と決めた以外は、全て世話係の好きな様に管理させる。
ただし、セキシュウの部屋には絶対に立ち入らない様に厳命をした上で。
皇太子付きの偉大な魔術師という地位と、高額の俸給。
そして住む場所が決まったセキシュウ。
ポジションが確立されたことで、彼にはやらねばならぬことが有った。
それは、引き籠もりの過去と決別する為に、絶対必要な儀式であった......
邸宅へと移った翌日。
元の世界に居た頃のことを思い出していた、仮面の魔術師セキシュウ。
「おい、セキシュウ。 お前は本当にブサイクだな」
「勉強も出来ね~、運動も音痴。 そしてブス男。 生きてる価値ね〜よな」
「死ねよ、セキシュウ」
「死ね死ね」
クラスの中心人物に目を付けられてから、教師の居ない休み時間の度、イジメっ子集団に罵声を浴びせられる。
やがて、ゴミや虫を食べさせられたり、服を脱がされて、素っ裸にされ、それを動画に撮られたり。
徐々にエスカレートしてゆき、遂にはカツアゲをされ始めてしまう。
「セキシュウ。 お前生きている価値無いんだから、俺達に上納金を払えよ」
「お前の唯一の価値は、家が裕福なことだろ?」
「金を納めたら、その日の休み時間、自由にさせてやるよ」
『自由』というその言葉の甘美な魅力に負けて、不当な要求に従ってしまったセキシュウ。
一度要求に応じれば、エスカレートするということはわかっていた筈なのに......
最初はお年玉を貯めた貯金から支払っていたが、直ぐに底を尽く。
そこで、母親の財布から現金を抜き取って渡す様に......
しかし、現金払いの少なくなった時代。
母の財布に入っている現金もそれ程多くは無いので、暫く経ったらバレてしまった。
「セキシュウちゃん。 ちょっと座って」
ネコババがバレたと思い、慌てるが手遅れ。
キツく叱責され、母は現金を殆ど持ち歩かない様になってしまう。
こうして上納金が全く払えなくなり、イジメは再びエスカレートし始める。
暴行されることも当たり前の日々。
顔面のアザがしょっちゅう出来ていたり、やがて仮病で登校しない日が相次ぐ様になったウイワ・セキシュウの行動やクラスの同級生達の様子から、その異変に担任の教師も当然気付いていた。
『イジメか〜。 これはマズいことになったな〜』
しかし、教師の質が著しく下がった時代。
2010年代以降、大学の教育学部は不人気で偏差値も低く、それに伴い、教員はFラン大卒レベルの人間がザラに居る状況となっていた。
教員全体のレベルが大きく下がったことで、本来きちんと対応すべき問題に対しても、事なかれ主義が横行。
学校内でのイジメ発生は、勤評が大きく下がる原因となるので、学校の幹部は直ぐに揉み潰そうとする。
セキシュウに対する酷いイジメも、担任の教師と校長、教頭、学年主任が相談しグルとなって、見て見ぬふりをする方針に決まってしまったのであった。
「アイツは、なぜ学校に行こうとしない?」
父マサルの厳しい言葉が食卓に鳴り響く。
「小学校で、イジメられたみたいよ」
母ミナコが心配した様子で理由を説明する。
「代々医者を出し続けているウイワ家の歴史に、アイツは泥を塗る気か?」
イジメと聞き、情けないと感じたセキシュウの父。
「あなた、そんなことを言っても、イジメられたセキシュウは可哀想でしょ?」
「勉強も出来ない、運動音痴の出来損ないじゃないか、アイツは。 だからイジメに遭うのだろ? 成績が良ければイジメに遭う筈が無いんだよ」
「でもこのままじゃ引き籠もりになって、近所への外聞も悪くなるわ。 学校に相談しましょうよ」
母は心配して提案するが、
「それこそ、外聞が悪いだろうに。 とにかく俺が根性を叩き直してやる」
父マサルは仕事が忙しく、くだらないことに割く時間は無いと、セキシュウの部屋へと向かう。
そして、ドアを開けて、
「おい、セキシュウ。 お前がだらしないから、イジメに遭うんだ」
そう怒鳴りつけると、セキシュウの体を引っ張り出し、リビングへ連れて行く。
大泣きのセキシュウ。
しかし、父は容赦ない。
厳しい叱責が続き、セキシュウは『自分の味方は誰も居ない』と感じる様になっていくのであった。
その後、父は毎日無理矢理小学校に連れて行くが、ホームルームが始まる前に、隙を見て自宅に逃げ帰る日々が続く。
当初両親は、家に入れないようにしたものの、玄関先で大泣きされてしてしまい、心配した近隣住民や通行人から、警察や役所に何度も通報されてしまう事態に。
この様な状況が続いたことで流石に父マサルも、セキシュウを学校に行かせるのは諦めの境地に。
「仕方ない。 これからは家から出ない様にしろ」
父は息子にそう告げたのであった。
息子を不憫に思った母は、ゲームを買い与える様になる。
自室に引き籠もったセキシュウは、ゲーム三昧の日々を過ごす。
特に、スマホのネットゲームに嵌ってしまい、その世界では有名なプレイヤーになっていたのだ。
「ここでは、誰も僕を馬鹿にしない......そればかりか、頼ってくれる」
その嬉しさが、課金へと繋がって行く。
ウイワ家は、両親共に医師。
恵まれた家庭環境であったが、両親はエリート人生を歩んで来たことで、イジメの本質を理解できず、息子がイジメられたことに対する適切な対応を怠ってしまっていた。
セキシュウは、母のクレジットカード情報を使って、ゲームの課金を続ける。
そのことで、レアアイテムを沢山手に入れ、ネットゲーム上では、みんなから頼りにされる存在に。
やがて課金額が4桁近くに及び、当初、不憫な息子のことを考えて、母は黙認していたのだが、それも限界の金額となってしまった。
遂に、父にも高額課金のことがバレてしまう。
「おい、セキシュウ。 お前は本当にクズ野郎だな」
1000万円近い課金に堪忍袋の緒が切れたマサル。
セキシュウは散々殴られ、コテンパンにされた後、勘当を告げられる。
しかし、まだ十代前半。
勘当と言っても、家から追い出したら、逆に両親の責任が問われてしまう。
そこで、ようやく知り合いの弁護士に相談した両親。
この弁護士はかなり親身に対応してくれて、先ず高額課金が12〜13歳という親の庇護下にある少年による行為であることから、クレジットカード会社やゲーム運営会社と交渉して、大半の支払いを免除されることとなった。
当然、ゲームのアカウントはバーンされ、以後二度と同社のゲームでの課金行為は出来なくなってしまったが。
次に、スマホを取り上げる様に指導。
スマホゲームは課金の際限が無いので、物理的に出来ないようにするための措置であった。
自宅に引き籠もっている以上、スマホは必要無いのだから。
代わりにパソコンを買い与え、パソコンのネットゲームは許可することに。
全てを完全に取り上げると、両親が不在がちな自宅への放火等、想定外の行動に出る可能性が有るので、それを防ぐ為であった。
課金も月のお小遣いの範囲で出来る様に設定。
そして、セキシュウが通っていた小学校に対して、イジメに対する適切な対応措置を実施するように求めてくれたのだ。
カツアゲや暴行が有った事実を重く見た弁護士。
既に1年以上の時が過ぎて、当事者は卒業してしまっていたが、セキシュウの言い分だけではなく、中学生になっている当時傍観者だった同級生から多くの証言を取り、それを元にイジメた張本人達や、見て見ぬふりをしていた学校の不始末に対して、かなり厳しい追及をしてくれたのだ。
そうしたやり手弁護士の対応に、腰の重い行政側も第三者委員会を立ち上げて調査を開始。
マスコミに一部取り上げられたことで、地元では実名が流布した加害者の名前。
当然、ネット上にも加害者の実名が流出し、激しいバッシングに耐えられず、夜逃げ同然で引っ越した加害者の家族も出る状況に。
そしてカツアゲされた現金分は、イジメた側の親から全額返却されるに至った。
ただ残念ながら、11歳〜12歳の犯罪行為は、罪に問うことが出来ない。
れっきとした犯罪行為であるのに、恐喝罪や暴行、傷害罪での事件化すら不能であるのが、時代に合わなくなったザルな少年法の実態である。
セキシュウは、この弁護士のお蔭で、少しだけ人間の心を取り戻すことが出来た。
しかし、父は相変わらず。
母も忙しい仕事にかまけて、セキシュウのことは放任となってしまっていた。
そのまま、自宅警備員をする毎日。
もて余す時間は、ネ◯◯ン社のパソコンネットゲームを中心にやり込み、毎日を過ごしていた。
そんな日々が5年程続いたが、セキシュウは精神的にだいぶ落ち着いた状況となっていたのだ。
もちろん、引き籠もりのままでは有ったが。
ところが18歳になり、法律上親の監護下から、一人前の大人扱いになったことで、父マサルの態度が一変する。
「おい、セキシュウ。 成人したら家を出て行け。 ただ、今のままじゃ無理だろう。 だから最後の機会をやる。 海外にある引き籠もり者対象のスクールに入れ。 そこがお前の人生で立ち直るラストチャンスだ」
両親は年齢を重ねたことで、老後、セキシュウが手に負えなくなる可能性を考え始めていたのだ。
そして、昭和の時代に不登校児や不良少年を受け入れて、体罰等の強制的手段で、立ち直りの実績をあげていた、戸◯ヨ◯トス◯ールの様な施設に、セキシュウを入れる決断をしていた。
中南米にあるその施設。
多額の手付金を支払い、施設の屈強な職員と共に、セキシュウを渡航させる手続きを始める。
引き籠もりで、筋力も弱く、体格もごく普通だったセキシュウは一応抵抗したものの、勝てる相手ではない。
やがて、諦めの境地で、アメリカ行きの飛行機に両親と施設から派遣された職員2名と共に搭乗。
その飛行機が、異世界に遷移させられたことで、魔術師セキシュウの誕生となっていたのだ。
そういう訳で、セキシュウの両親は、この世界に居た。
医師としての技術が有ったので、平民階級で医者となっていたウイワ・マサルとウイワ・ミナコ。
セキシュウは、魔術で両親を探し出すと、魔術で拉致。
マサルとミナコは気付くと、セキシュウの豪華な邸宅に居たのであった。
噂で、息子が帝国の特級魔術師になったらしいと聞いていたセキシュウの両親。
医者とはいえ、異世界から来た医師なので、あまり信用して貰えず、よって実入りも少なく、半ばボランティア医師のごとくで、収入は猫の額の様な状況であったのだ。
「セキシュウよ。 出世したんだってな〜。 流石俺の息子だ。 俺達がこの世界ではイマイチ信用されず、医者としては苦しい生活を送っていたが、これで貧窮から脱出出来る。 ありがとうよ、セキシュウ」
父マサルは、今までの見下した態度を一変させ、親しげな言葉を掛けて来る。
「セキシュウちゃん。 本当にありがとう。 わざわざ私達をこんな豪邸に招いてくれるなんて」
母ミナコも非常に嬉しそうな表情だ。
しかし、セキシュウは冷たい目つきで黙ったまま、2人の反応を眺めていた。
帝国政府から派遣された世話係も、遠巻きにそのやり取りを眺めている。
「親子の感動の再会かな?」
などと、噂しながら。
ところがセキシュウは、突然魔術を発動。
2人を蛙に変えてしまったのだ。
そして、大きな水槽に入れてしまう。
これには、世話係達もビックリ。
そして、死なない程度に餌を与える様にと筆談で指示すると、自室に籠もってしまうのだった。
世話係達は、魔術師セキシュウのその能力に驚き、素直に指示に従う。
魔術師セキシュウを怒らせたら、恐ろしいことになると、目の前で見て理解したからだ。
やがて、この噂が巷に流れ始め、仮面の魔術師セキシュウの屋敷での勤務を希望する者は誰も居なくなる。
同じ飛行機で運悪く、この世界に連れて来られた人々も、慣れない世界での苦しい生活が続いている状況に、当初は成功者である魔術師セキシュウの庇護を求めようと考える者もいたのだが、両親を動物に変えたという事実が、噂となって流れたことで嫌厭されるようになり、庇護を求める者は皆無となったのであった。