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第2話(孤高の魔剣士ムネトラ)

勇者アーシアと共に同じ航空機に乗り合わせていたナルトミ・ムネトラ。

彼は異世界において、魔剣『鬼斬』を自在に操る能力を有していた。


元の世界の成功者ではあったが、その半生は決して幸せなものでは無かった......


 魔剣士ナルトミ・ムネトラ。

 勇者ニイノウ・アーシア等と共に、偶々同じ旅客機に乗り合わせていて、こっちの異世界に連れて来られた人物だ。


 強制着陸後の大魔術師カクケンによる適性チェックで、魔道具の一つである魔剣『鬼斬』を使いこなせる能力を有することが判明し、その後魔獣討伐や他国との戦争に駆り出されて大活躍。


 以後、厚遇を受けて、帝都皇宮近くの大きな邸宅を下賜され、贅沢三昧の日々を過ごしていた。


 「いや〜極楽極楽。 向こうの世界なんかよりも、こっちの世界の方が気楽でイイや」

 そんな独り言を言いながら、ノンビリ過ごしていると、側近の者がやって来て、

 「ムネトラ様。 面会を求めて数名の者達が門の前で騒いでいますが......」

と申し立ててきたのであった。

 一瞬で表情が曇る。

 「また、例の連中か?」  

 「はい。 元の世界から一緒にやって来た者を見捨てるつもりか? ろくでなし、人でなし等々叫んでいるのです」

 その言葉を聞き、

 『飛行機ごと異世界に飛ばされ、運が悪かったのは事実だが、それを俺への当てつけにされても、迷惑だ』

と前々から感じていたムネトラ。


 「とりあえず、お前達で追い払えばイイだろ? その為に雇っているのだから」

 その問い掛けに、困惑の表情を浮かべる側近の者。

 『ちっ、何だ使えねえな~。 相手は非武装。 こっちには武器も有るのに』

 側近の男の表情を見ながら、そんなことを考えていたのだが、アーシアと違って、いきなり罵倒する様なことは流石にしない。


 「仕方ない。 俺が追っ払ってやるから、お前達も武装して、俺の後ろに並べ」

 そう指示すると、側近の者は同輩を直ぐに呼び、ムネトラの元に。

 3分後に、武装した側近5名が勢揃いした。

 その間ムネトラも、魔剣『鬼斬』を手に取る。

 「さあ、アホな連中共を追い払うぞ」

 意外と意気軒高な様子で、高さ5メートル以上ある門の上に昇るムネトラと5名の側近。

 側近の者達には、魔力弓を持たせており、場合によっては威嚇射撃するつもりであった。

 『少しは暇つぶしになるかな』

 そんなことを考えながら、門の上から見下ろすムネトラ。


 「お前達、しょっちゅううちの門の前で騒ぐなんて、よっぽどの暇人だな」

 ムネトラは同じ旅客機の搭乗者だった数名の人物を見下して嘲笑する。

 それに対して、

 「魔剣士ナルトミ・ムネトラ。 アンタはこの世界でも成功者なのだから、我々同じ世界から来た人間を保護する義務が有るのだ」

 一方的な言い分を聞き、蔑む目で連中を見詰めるムネトラ。

 「元の世界でも、成功者が無能者達を庇護する義務が有るなんていう話、聞いたことが無いな」

 大声で事実を告げられ、激昂し始める搭乗者達。

 「だから、お前は人でなしなんだよ。 向こうの世界でも、仲間を騙して大金を得た似非成功者だったくせに」

 その言い分を聞き、呆れるムネトラ。


 「お前等は、週刊誌やネットの適当過ぎる記事だけを見て、俺が同級生を騙して金持ちになったって、散々批判してきたよな? そんな出鱈目な情報を鵜呑みにして」

 語気鋭く、嘘記事に対する怒りをぶつける。

 「そんなオツムが能天気の、妬み深いアホな同国人だからこそ、助けてやるつもりは毛頭ない。 今まで散々人のことを批判して、国を出て行けって激しく叩き捲ったくせに、窮したら助ける義務が有るだと? 俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。 このご都合主義連中共が」

 流石にムネトラも、あまりにも勝手な言い分に爆発してしまったのだ。


 「そんなに助けて欲しいのなら、勇者アーシアか仮面の魔術師セキシュウの元に行って、庇護を求めたらどうだ? セキシュウは隣の区画に住んでいるぞ」

 その言葉を聞き、流石に黙る同邦人達。

 アーシアもセキシュウも侍女や側近、奴隷達の扱いで悪い評判が流れており、庇護してくれる可能性は殆ど無かったからであった。


 そしてムネトラは、突然彼等に向かって魔剣『鬼斬』を一閃。

 一瞬で全員が体のあちらこちらを斬られ、流血し始める。

 これでも相当手加減した攻撃であり、牽制の為の一撃。

 アーシアやセキシュウ同様に、『魔剣士ムネトラが、元の世界から来た人達を問答無用で斬り付けた』という悪い噂が流れた方が、余計な煩わしい出来事が減るだろうという計算を込めていた。


 「ここは帝都。 しかも皇宮の直ぐ側。 皇帝陛下の許可無く騒擾を引き起こした者達は、即刻処刑せよとの勅命が出ている場所だ。 次騒いだら、同じ世界から来た人間であろうと、遠慮なく殺害する」

 ムネトラの冷たい言葉と仕打ちに、彼等は出血部を手で抑えながら、

 「人でなし。ろくでなし」

と再び騒ぎ続ける。

 しかし、騒ぎに気付いた皇宮から、衛兵や各方面軍の兵士達が出撃して来る様子が、ムネトラは高所に立っていたので確認出来ていた。

 その姿が広い道路上で見えるようになったところで、庇護を求めて来た元の世界の人々は、散り散りに逃げ出したのであった。

 



 元の世界でも成功者であったナルトミ・ムネトラ。

 しかし、その成り上がりの人生では、権謀術数を使い過ぎて、友人の全てを失い、異世界に飛ばされる直前には、激しく後ろ指を差される状態に陥っていたのだ。


 生まれた家はかなり貧しく、少年時代の生活は全く恵まれなかった。

 ただ、勉強が得意で見た目も超イケメン。

 世渡り上手な一面も持ち合わせていたので、特待生で有名私立高校に入ると、やがてその整った容姿を活かして、パトロンをしてくれる金持ちの女性や男が現れる程の状況になっていた。

 もちろん、支援をしてくれる富豪を積極的に探した結果である。

 児童ポルノや未成年との性行為と捉えられ、パトロン側が犯罪者にならない様に、高校生として性的な関係のレベルを抑えた付き合いに徹して、多額の報酬やお小遣いを稼いだ高校時代。

 『少し触わってあげるだけで、これだけ稼げれば、上出来だな』

 金を稼いで徹底的に貯める。

 それは、将来の成功に向けた下準備の三年間であったのだ。   


 超難関大学に合格後。

 18歳という成人年齢に達してしまうと、パトロンとの付き合いが泥沼化することを恐れていたので、大学受験に専念するという理由で、全員と縁を切ったのだが、恐れていた事態が発生してしまう。

 復縁を求める元パトロンが出て来てしまったのだ。

 「ムネシゲ〜。 18歳になったのよね~。 私達、もっと深い関係にならない? 本格的な関係を結んでくれたら、お小遣い3倍にするわよ〜」

 「僕達の関係は、婚姻関係を求めない約束だった筈。 それにお互い相手側が関係解消を求めたら、それで終焉とするという約束もしていましたよね?」

 きっぱりと断ったものの、人間の情というのは、そんな簡単に割り切れるものでは無い。

 念の為、ムネシゲという偽名を使っていたのだが、将来の結婚を求めるしつこい誘いが、2人の元パトロンから続いてしまう結果に。

 『参ったな〜。 やはりこういうギリギリの関係は、危ない橋か〜』 

 その為、携帯番号を変えたり、転居したり、かなり苦労をする羽目になるのだが、自業自得であるので、致し方ない。

 最終的にケリが付くのは、民事裁判に持ち込まれた一人との関係が、精算される時となってしまうのだった。



 大学入学後、今度は優秀な友人を求めて、極めて人当たりの良い人間を演じる様になる。

 人というのは、性別を問わず、美しく性格も良い魅力的な人の周囲には自然と群がってくるもの。

 ムネトラは、そういう存在を目指した。

 要領が良く、勉強は非常に良く出来たが、独創力に乏しく、起業して成功出来る様な天才的な力は全く持っていない。

 自分の能力を見極めることが出来る利口な人物であった。

 しかし、貧しかった少年時代に対する反動で、成功を求める気持ちは人一倍強い。

 そこで、大学の同級生の中に天才的な人物を探し求め、一緒に起業して大成功することを人生の最大目標と設定したのだ。


 人当たりが良く、超イケメンで気さくな人物であるというムネトラの虚像に、多くの大学の同級生が集まってくる様になる。

 やがて、そうした同級生の中に独創力を持つ天才を見つけ、意気投合することで在学中に起業するに至り、大きな目標の成就へと、一歩前進。


 起業時やその後事業が軌道に乗る迄に調達した資金の大半は、ムネトラが高校時代に体を軽く売って、数人のパトロンから得ていた報酬やお小遣い、更には高校生時代からアルバイトで稼いだ給料をプールしていた貯蓄から拠出したので、当初からこのベンチャー企業の筆頭株主はナルトミ・ムネトラであった。


 天才とは案外お金に無頓着なもの。

 しかも、最初はまだ大学生であり、仲間達が世間知らずな状態で有ることを奇貨として、起業が成功する可能性が高まる前迄に実施した増資の大半を、新株予約権の形でムネトラが一人で引き受け続けていたのだ。 

 全財産を注ぎ込んで人生の賭けに出たベンチャー企業。

 その後トントン拍子に、このベンチャー企業は新興企業へと進化し、準ユニコーン企業と言われる存在になって行く。

 それは共同創業者の天才達の能力と、ムネトラの提供した資金のお蔭であった。



 起業時に世間知らずの大学生だった共同創業者達も、卒業して社会人となり、企業経営についての知識と経験を積むうちに、やがて実質的に約90%の株式をムネトラが保有していることに気付いてしまう。

 低い価格で多くの株を入手出来る新株予約権を、増資の度に最大の資金提供者であるムネトラに割り当てていたことで、他の共同創業者の持分が極めて薄くなっていたのだ。

 起業当初は持分の5割がムネトラで、残りの5割を共同創業者の3名で等分だった筈。

 しかも、共同創業者が苦労して発明したり特許を取ったりした各種の権利は、この企業に完璧に押さえられていたのだ。


 成功しなければ、争いにならないが、成功して大きなお金を産む様になれば、不平等だと感じる者が居た時、争いが生じる。

 それが世の常。

 そのことを貧しい少年時代から這い上がって来た、成り上がりのムネトラは知っていた。

 人生苦労の連続だったムネトラと、家庭環境に恵まれ、苦労せずに大学を卒業した共同創業者3名とでは、厳しい金銭勘定の世界において、同じ土俵の上で勝負になる筈は無い。


 結局、株式市場への新規上場が視野に入り始めた頃、3人と喧嘩別れすることになったムネトラ。

 「新株予約権による増資は、ベンチャー企業や新興企業では常套手段だよ。 しかも、君達も出席した取締役会で承認を得た上で発行しているのだから、文句を言われる筋合いは無い」

 「いや、そんなことはわかっている。 しかし、俺達は共同創業者だろ? 普通は新株予約権を共同創業者全員に、増資の出資額に応じて割り当てるのが普通のやり方の筈」

 「俺は君達にも、追加出資するように勧めたじゃないか? それを生活費にも窮しているからと、断ったのは3人の方だぞ」

 「しかし、一番安い発行額は、一株10円だろ? それは安過ぎる。 ムネトラ以外の共同創業者の持分を減らして、IPO時に創業者利益を独占しようと狙った有利発行だろ?」

 「いや、そんな目的は無い。 あの頃は、資金不足で失敗する可能性が非常に高かった時だ。 資金繰りもギリギリで、倒産しかけて全てがパーになりかけたのを、俺が残りの全財産を注ぎ込んだから、今こうして軌道に乗ったんだぞ」

 「俺達は、もちろんムネトラに感謝しているさ。 お前の追加出資が無かったら、今の様にはなっていなかった。 しかし、創業者利益はある程度、均等に分配すべきだ......」


 延々と続く議論。

 ムネトラも富の独占の意思が無かったと言えば嘘になるが、それにしても少し配慮が足りなかった。

 が、他の3人の今更の言い分は、欲望丸出しの感情論でしか無かった。

 しかし、人間は感情と欲で動く動物。

 「せめて、5%ずつ持分が欲しかった」

 これが、共同創業者3名の本音であったのだ。


 最終的にムネトラは3人から、

 「この裏切り者。 卑劣漢、金の亡者、男娼婦。 お前が出資した金の大半は体を売って稼いだ汚い金だろ」

等々と、散々罵られたが、所詮敗者の遠吠え。

 臨時株主総会で、この3名の取締役を一方的に解任。

 共同創業者3名の持分、合わせて僅か2%程度を4億円で買い取ると、ちょうど買収提案が筆頭株主ムネトラの元に持ち込まれたので、そのままアメリカの巨大IT企業に売却して、二十代後半という若さで500億円以上の資金を手に入れることに成功したのであった。


 詳細な説明を省いたまま、取締役会で承認を得て発行した新株予約権については、確かにズルい面が有ったかもしれないが、ムネトラが行った複数回の増資に関して、違法な面は一切無い。

 高校生の時から、アルバイト等で稼いだ金も徹底的に節約を続けて、その全てを起業につぎ込んだ大ギャンブルに成功したことで、数百億円の収入という対価を得たのであったのだから......



 ところが、こうした経緯がやがて世間に知られ、悪名が流れることになってしまったのだ。

 ネット時代では、一度レッテルが貼られると、それがずっと残ってしまい、その後のムネトラの人生に付いて回ることになる。

 しかも、この経緯の一方の言い分だけを耳にしたルポライターが、かなりの脚色を加えて大々的な記事にしてしまう。

 その為、共同創業者全員を騙して権利を奪い、富を独占した強欲投資家という、悪意を込められた物語にすり替わった内容の記事であった。

 それまで人々が羨むイケメン実業家と持て囃されていたものが、一転してどす黒い拝金主義の青年実業家という評価に変わってしまったのだ。


 日本では、出る杭は打たれるということわざが有るが、成功者の大半は大人しく、ひっそりと目立たないように生活していないと、妬みから袋叩きに遭うという習慣も結構見られる。

 成功を妬まれていたところに、何か悪い要件が重なれば、徹底的に叩かれてしまう。

 ムネトラも、世間から激しいパッシングを受け、先ずは精神的に潰されてしまった。

 ルポライターを裁判で訴えて、記事の大半が事実無根だと争っていたものの、その長い戦いに即効性は無く、精神面での不安定さが増すばかり......

 やがて、国内に留まり続ける事自体、居た堪れなくなってしまい、シンガポールへと移住することで、人々の記憶から忘れ去られ、袋叩きの矛先が逸れる様にするという消極的な方策しか残っていなかった。




 これが、異世界に招かれる前までの魔剣士ナルトミ・ムネトラの人生であったので、逆に新しい環境での生活に、安堵感を覚える様になっていた。

 『あのバッシングに比べたら、さっきの元の世界から一緒に来た数名の抗議など、取るに足りるモノではない』

 そんなことを呟きながら、広い邸宅で優雅な生活を楽しむムネトラ。

 この国の人々からは、魔剣士様と崇められているのだから、もはや元の世界に戻りたいという気持ちは微塵も持っていないのは、当然であった。

 

 

 「その後、あの連中は相変わらず来ているのか?」

 「いえ。 やはり、魔剣で一撃加えられたことで、諦めたみたいですね。 悪い評判も流れていますから」

 「悪い評判?」

 問い質す様なムネトラの言葉に、

 『しまった〜』

という表情を見せた側近。

 「どういう内容か聞かせてくれよ」

 鋭い目つきに一瞬で変化し、相手を恐怖させる威圧感が体中に纏わっている。

 ムネトラは魔剣士。

 光の剣士では無い。

 心にドス黒いものを秘めているのだ。

 「いえ〜、あの〜、その〜」

 側近の男は目が泳ぎ始める。

 「いいから、話せ。 お前を斬ったりはしない」

 その言葉に、

 「実は、魔剣士様が超イケメンなので、募集で集まった美女達を手籠めにしているとか、乱交パーティーを開いているとか、事実無根の噂が市中に流れているのです」

 「その他にも、粗相をした侍女や側近を何人も魔剣で斬って殺して、屋敷の敷地内に埋めたとか......」

 その話を聞くと、大笑いし始めたムネトラ。

 「いやあ〜、流石が元の世界の連中。 前の世界の俺の母国の人達って、本当に適当な噂話やイジメが好きなんだよ。 人の不幸は蜜の味っていう言葉が有るんだけど、それをこっちの異世界でも続けようとしているなんてさ〜」

 この時は、そう言って一笑に付したムネトラ。

 しかし、同じ搭乗機に居た日本人の、噂の伝播力を甘く見ていたのは、ムネトラの方であった。


 やがて直接雇用していた側近達から、徐々に退職願いが出され始めたのだ。

 理由を尋ねると、

 「ここでの仕事が嫌になったのではありません。 噂を気にした家族達から強く転職を勧められてしまい......」

 揃って同じことを告げられたのだ。

 「仕事で失敗して怒りを買うと、俺が手討ちにするっていう噂か?」

 「はい......そんな事実存在しないと繰り返し説明したのですが......」

 「そうか〜。 仕方ないな。 家族を大事にしろよ」

 そう答えるとムネトラは退職を認めて、身分解除金を受け取ると、それをそのまま退職金として手渡していた。

 

 

 そんな訳で、気付くと広大な邸宅内にはムネトラただ一人だけ......

 シュン皇太子に事情を説明して、魔術師セキシュウの邸宅に派遣されている帝国政府に雇われた世話係達に、ムネトラ邸の手入れもしてくれる様に手配して貰ったが、それは週2日の数時間。

 新規募集を掛けても、誰も応募して来ない......

 募集に応じる者が居ない状況は、魔術師セキシュウのところも同じであったが、

 『セキシュウは孤独を好むから現状で良いのだろうけど、俺はそういう訳では無いからな......』

 広大な屋敷内で、夜はただ一人。

 流石に寂しさを感じてしまう。

 ここは異世界。

 頼れるのは、最後は自分だけ。

 そんなことを考えていると、元の世界での酷い状況を思い出してしまう。



 やがて、気分転換にと、勇者アーシアの巨大邸宅を訪問してみることに。

 「頼も〜」 

 魔剣『鬼斬』を引っ提げて、勇者邸を訪問した魔術師ムネトラの姿は、まるで討ち入りの様な感じ。

 しかし、声を掛けても誰も出て来ない。

 『こんな大邸宅じゃあ、門の前で叫んでも誰も出て来ないのは当たり前か〜』

 そこで、インターホンを探す。

 巨大な門の柱脇に、取って付けたような小さな釦を発見。

 それを押してみると、暫くして応答が。

 「誰〜」

 その声は、明らかに勇者アーシアの声。

 「俺だよ」

 「だから、誰?」

 「事前に連絡していただろ? 俺だよ俺」

 その返事にアーシアは、

 『まさか、この世界にもオレオレ詐欺?』

 そんなことを考えてしまう。

 ひとまず、インターホンを切る。

 「ガチャガチャ。 プツン」

 そんな音がしたので、慌てるムネトラ。

 「おい、アーシア。 俺だよ俺、魔剣士ムネトラ〜」

 ようやく名前を言ったが手遅れ。

 インターホンは既に切れており、門が開く様子は全く無かった。


 一方のアーシア。

 詐欺師を成敗してくれようと、光の剣『青釭』を手に門へと向かう。

 途中で、サラとすれ違った。

 急いで歩く勇者の雰囲気に違和感を感じたので、

 「アーシア様。 剣を持って何処に向かうのですか?」

 「今、門のところに詐欺師が居たんだよ。 『俺だよ俺』って言ってたから、オレオレ詐欺師?」

 その答えを聞いて、ふと考え込むサラ。

 『あれ? 今日何か用件が有った様な気が......』

 しかし、思い出せない。

 「それは一大事。 私も一緒に向かいます」

 2人で門へと向かうことに。


 門の前で茫然と立つムネトラは、半ば諦めの心境。

 『出直そうかな〜』

 そんなことを考えて、踵を返した時だった。

 巨大な門扉が音を立てて開き始める。

 「ギギギギ〜〜〜」

 その瞬間、隙間から斬撃が......

 ムネトラと雖も、剣を抜く暇は無かった。

 鞘ごと、斬撃を受け止める。

 その後も続く斬撃。

 『おい、マジかよ~』

 心の中で、半べそ状態になりながらも、勇者アーシアの容赦ない斬撃を次々と弾く。

 「お~い、俺だよ俺。 ムネトラだよ。 だから攻撃止めてくれ〜」

 門扉の隙間に向かって叫んでみる。

 すると、

 「アーシア様。 門の向こう側からムネトラ様の声がしますよ」

 サラが気付いて、勇者に攻撃を一旦止める様に提言。

 「ムネトラ? 本当に?」

 「そう言えば、今日訪問するって連絡が有った様な気がします」

 「なんだ、ムネトラの訪問だったのか〜」

 勇者アーシアは攻撃を止めて、少しだけ開いた門から、外に出る。

 そして、手を軽くあげながら、

 「ゴメン〜」

 そう言い、中に入るように勧める。

 「いきなり攻撃って......普通だったら死んでいるぞ」

 抗議を受けるも我関せずの態度を貫く勇者。

 「ところで、何しに来たの?」

 話題を逸らすアーシア。

 「何って、ご機嫌伺いだよ。 我等のリーダーだろ?」

 その答えに、

 「うちに来るのって、ムネトラだけだよ」

 誰もリーダーとして尊重していないことをアーシア自身が暴露するのであった。



 ひとまず邸宅内に案内された魔剣士ムネトラ。

 「前に来た時より、随分人が少なくなったな~」 

 その感想にカチンと来た勇者。

 「アンタに言われたくないね~。 魔剣士のところは全員辞めちゃったんだろ〜。 殺されて庭に埋められた使用人が出たとかっていう噂流されて」

 「勇者のところだって似た様なものじゃないか。 前は20人近く居たのに、今や、1、2、3ってこんなに広くて、たった3人?」

 「4人よ。 サラを入れてだけど」

 「サラさんは、元の世界からの執事だろ? じゃあ3人だ」

 「使用人ゼロのあるじに言われたくないね~。 ゼロより下は無いんだから」

 不毛な言い争いを続ける、勇者と魔剣士。

 一つ言えるのは、2人とも、人格者の真逆の性格だということであった。

 

 「まあまあ、2人って思っていた以上に仲が良いのですね」

 サラの感想に、口を揃えて、

 「どこがだよ」

 「どこがよ〜」

と否定。

 「ほら、タイミングもバッチリ。 ムネトラさんは超イケメンだから、アーシア様にお似合いだと思いますよ」

 ノホホンとしたサラの感想に、

 「サラさん。 仮に俺がアーシアと付き合ったとして、対等な立場になると思いますか?」

 「それは無理でしょうね。 下僕っていうところで落ち着くと思いますよ」

 「そう思うでしょ? だから、絶対に有り得ません」

 完全否定のムネトラ。

 アーシアも、

 「魔剣士じゃあ、勇者の相手として格下過ぎて、完全に役不足だよね~」

と笑いながら、その気は無いと否定。



 「ところで、今日の訪問の御用向きは?」

 改めて、サラから確認される魔剣士。

 執事としてほぼ完璧なサラが忘れるぐらいだから、ムネトラは勇者主従から、かなり軽い存在に見られているのだ。

 何となく、そのことに気付いたムネトラ。

 しかし、ここはぐっと我慢して、

 「様子を見に来ただけです。 本当にそれだけですよ」

 「そうですか。 ひとまずお茶になさいますか?」

 サラの勧めに素直に従うムネトラ。

 別の侍女が呼ばれると、勇者と共に、中庭を望むテーブルへと案内されたのだった。



 2人が座ると、サラが茶道具を持って来て、緑茶みたいなものを3人分作って、テーブルに並べる。

 「へ〜。 この世界にも緑茶が有るんですね」

 「街中で、最近見つけたのですよ。 味もかなり似ていますから、どうぞ」

 勧められて、一口啜る魔剣士。

 「本当だ。 これはほぼ緑茶ですね」

 「そうでしょ?」

 「流石、サラさん。 勇者アーシアには勿体ない、素晴らしい執事だ」

 その感想を聞き、ちょっとむくれる勇者。

 そして、少し考え込んでいたが、

 「わかった~。 ムネトラが我が家を訪問した理由」

 「独りぼっちの屋敷で、寂しいんでしょ? だから用も無いのにね~」

 嬉しそうなアーシア。

 魔剣士の魂胆を見抜いたからであった。

 「ここに来れば、私だけじゃなく、サラとお話出来るものね」

 「まあ、そういうことだよ。 異世界だからな、ここは」

 ムネトラは珍しく、本心を素直に言葉にした。


 「それならば、いっその事、ここで暮らせば? あの邸宅は皇太子殿下からの借り物だから、事情を話して、返しても問題無いでしょ?」

 「それは名案ですね。 ここは広過ぎて、寂しく感じますから」

 サラも賛同したことで、一気に前進しそうな雰囲気となる。

 「そういうつもりでは無かったんだけど......イイのか? 本当に」

 「ムネトラ〜。 やっぱり寂しいのね。 わかった、勇者の配下として、この邸宅に仮住まいするのを許可して進ぜよう」

 アーシアは大袈裟に言いながらも、ちょっと嬉しそう。

 男手が無い勇者宅だから、色々使い勝手が良いだろう。

 そんなことを考えていたのだった。



 その後、勇者アーシアは東光宮に参内した際に、シュン皇太子に事情を説明する。

 「勇者殿。 事情はわかりました。 ただ、邸宅はそのまま魔剣士殿のモノという形式にしておいて下さい」

と言い、許可取りに成功。

 魔剣士ムネトラは、勇者宅に居候することが決定となった。

 「引っ越す前に、邸宅の庭に埋めた死体をきちんと処理しておくんだよ。 ムネトラが居ないと噂が本当か確かめる奴が出てくるかもしれないから」 

 いつもの様に、勇者に茶化されたが、ニヤリとしただけで言い返さなかったムネトラ。


 『これから暫くは、アーシアに顎で使われるんだろうな。 今から慣れておかないと』

 ナルトミ・ムネトラは元々何事にも熱心に打ち込む真面目さを持った人物。

 少しぐらい、人のイイように使われても、十分こなせる実力者だ。

 『孤独の寂寥感に浸るよりも、少しぐらい賑やかで、勇者に上手く使われてしまうというのも、ちょっと面白いかもな』

 そんなことも考えた上で、引っ越しを決めた魔剣士なのであった。

 

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