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第1話(腹黒?勇者アーシア)

202✕年。

ニイノウ・アーシア等が搭乗していた国際線の航空機が太平洋上空で行方不明となった。


手掛かりの無いままその半年後、アーシアは勇者となって、贅沢な暮らしを異世界で満喫していた。

少しずる賢い勇者アーシア。

彼女の日常の様子は、いったいどうなっているのか......


 202✕年の、とある日。


 TKO発NYK行きの航空機が太平洋上で消息を絶った。

 レーダーから忽然と姿が消えた航空機。


 「速報ニュースです。 TKO発NYK行きの〇〇〇航空✕✕便が、太平洋上で消息を絶ちました。 現在、各国の関係機関が協力して行方を捜索しております。 繰り返します。 TKO発NYK行きの旅客機が消息を絶ち、......」


 テレビから流れる速報ニュース。

 街頭の大型ビジョンや電車内のモニター、スマホの速報ニュースでも、繰り返し流されるニュース。

 人々は不安そうに、そのニュースを見詰めるのだった。


 その後、懸命の捜索にもかかわらず、行方不明となった航空機に関する情報は一切見つからなかった。

 「乗員乗客255名が乗った航空機に関する手掛かりは、今のところ一切見つかっておりません。 搭乗者は......ニイノウ・アーシアさん23歳、インドウ・サラさん38歳、......ナルトミ・ムネトラさん28歳、......ウイワ・マサルさん49歳、ウイワ・ミナコさん45歳、ウイワ・セキシュウさん18歳、......タチナバ・シィオさん21歳、......」


 やがて世間では『世紀の神隠し』と噂される様になっていく事件であった。




 それから半年。

 行方不明となった航空機の乗客の一人、ニイノウ・アーシアは、別世界にある巨大国家『北方大帝国スーデン・ノーウ』の勇者として、巨大な邸宅を与えられて、贅沢な日々を過ごしていた。

 「あ~あ。 ここは本当に最高な場所ね」

 思わず呟いてしまう程の厚遇。

 風通しの良い部屋に置かれたふわふわの大きなソファーに寝っ転がり、その側で侍女達が、アーシアに爽やかな風を送る為、巨大な羽扇をゆっくりと仰いでいる。

 すると別の侍女がアーシアの元に、飲み物を運んで来た。

 「あら、気が利くのね」

 飲み物を持って来た侍女に声を掛けるアーシア。

 その声に、ビクッとなる侍女。

 アーシアの人となりの評判が悪く、多くの侍女がちょっとしたことで咎めを受けていることから、声を掛けられただけで身構えてしまうのだった。


 一口飲み物を飲むと、アーシアの表情が一変。

 「貴女、ちょっとこっちに来なさい」

 飲み物を運んで来た侍女を呼び付ける。

 ビクビクしながら、アーシアの面前で正座をした侍女。

 既に叱責を覚悟しているから、最初から正座したのだ。

 その瞬間。

 アーシアは侍女の頭に、一口飲んだだけの飲み物をかけるのであった。

 黙ったまま、項垂れる侍女。

 他の侍女は我関せずという感じで、何も見ていないという態度。


 「貴女。 何度言ったら分かるの。 私の飲み物に砂糖は入れないでと言っているでしょ」

 甘い飲み物を頭からかけられ、髪の毛がベタベタになった侍女は、涙を少し滲ませながら、アーシアの罵倒に耐える。

 相手は勇者。

 口応えをしようものなら......

 一刀両断に斬られても、誰も文句を言えない。

 「次、同じことをしたら、侍女から奴隷に身分を落とすわよ」

 その言葉を聞き、益々怯えるその侍女。

 奴隷になれば、勇者アーシアから奴隷商に売却されるということになる。

 奴隷階級は、生き地獄。

 勇者アーシアは外聞を気にして、屋敷に奴隷は一人も置いて居ないのであるから......



 その後もアーシアから厳しい叱責を受け続け、生きた心地がしない侍女。

 すると、

 「アーシア様。 そのくらいで勘弁してあげて下さいな」

 家宰のインドウ・サラが口を挟む。

 サラは侍女に、

 「下がって良いわよ。 あとは私がアーシア様と話をしますので」

 その言葉の持つ凛とした雰囲気に少し気圧され、罵倒を止めたアーシア。

 インドウ・サラも旅客機の乗客の一人であり、ニイノウ家のアーシア付き女執事として、幼い頃からアーシアの面倒を見続けてきており、アーシアが全幅の信頼を置く唯一の人物であったのだ。


 「サラ。 また口を挟むんだから......」

 不満そうなアーシア。

 「アーシア様。 いくらこの世界で厚遇されているとは言え、あまり敵を作るのは如何なものかと思います。 侍女にも家族や友人がいて、そうした人達から悪評が広がれば、足元を掬われることになるかもしれません。 それで差し出がましいと思いながらも、口を挟んでしまいました。 申し訳ありません」

 サラにそこまで言われて、黙ってしまうアーシア。

 「まあイイわ。 さっきの子の件はサラに一任する。 侍女の処分など、この世界でただ一人の勇者である私が積極的に関わるべきでは無いものね」

 言い訳をしながらも、サラの言う事だけには従うアーシア。

 その様子に、他の侍女達は顔を見合わせる。

 『相変わらず、アーシア様は性格が悪いわね』

という意味での無言の会話であった。


 「サラ。 これからシュン皇太子の元に出掛けるので、準備を始めて」

 勇者の指示に、早速準備を始めたサラ。

 やがて侍女達が、サラの準備したよそ行き用の豪奢なドレスをアーシアに着させてから、優雅にアーシアは皇宮へと出発するのであった。



 勇者の出発後、サラは先ほど飲み物をかけられた侍女から話を聞く。

 「サラ様。 私は飲み物に砂糖を入れていません」

 「わかっているわ。 果汁100%のフレッシュジュースだもの。 ごめんなさい、私が予めジュースを準備しておいたのが原因だものね」

 「サラ様......」

 きちんと成り直しをするサラ。

 元の世界では大富豪の次女として、我儘に育てられてきたニイノウ・アーシアは性格に難がある人物であった。

 にもかかわらず、こちらの異世界で勇者様と持ち上げられて、調子に乗ってしまっている。

 成り直しは、主の為に向こうの世界でも長年続けて来たことであるが、それは異世界であるこちらでも、変わらず続けていたのであった。




 皇宮に馬車で乗り付けた勇者アーシア。 

 勇者だけが扱える2つの剣のうち、光の剣『青釭』を把持し、優雅な足取りで、皇宮内をゆっくりと歩く。

 すれ違う人々が勇者に敬意を表して立ち止まって、深々と頭を下げる。

 「勇者様は、相変わらずお美しい」

 「それでいて、あの強さ」

 「美と勇を兼ね備えた素晴らしい御方だ」

 人々の称賛も何となく聞こえて来る。

 その状況に気分爽快。

 ご機嫌なアーシア。

 会釈を繰り返しながら、皇太子の執務室がある東光宮へと向かう。

 東宮入口で立つ衛兵も勇者に敬意を表して、アーシアを呼び止めることは無い。

 そのまま、皇太子の執務室へと進むのだった。



 アーシアが執務室に入ると、大きなデスクに沢山の書類を広げながらシュン皇太子は眼鏡を掛けて、執務に没頭していた。

 ところが、デスクの前の来客用ソファーに座っていた女性がアーシアの姿に気付いて立ち上がったので、皇太子も顔を上げたのであった。

 「いつの間に来ていたのだ? 勇者アーシア。 相変わらずの美しい姿で何よりだね」

 皇太子のお世辞に、更に機嫌が良くなるアーシア。

 「皇太子殿下も、ご機嫌麗しゅう」

 「アーシア。 その様な言葉遣いは無用だよ。 先ずは気楽にそこのソファーに座っててくれないかな? 執務に一区切り付いたら、用件を聞くから」

 優しい皇太子の柔らかな言葉。

 勧めに従って、来客用ソファーに座ると、立ち上がっていた女性がアーシアに頭を下げながら、声を掛ける。

 「アーシア様。 お久しぶりでございます」

 「何がお久しぶりよ。 10日前にここで会ったじゃない? シィオ」


 立ち上がった女性は、タチナバ・シィオ。

 この異世界でヒーラーの能力を持つシィオも、同じ旅客機に搭乗していた女子大学生であった。

 ごく凡庸な容姿のシィオ。

 ヒーラーは特別な能力であるにもかかわらず、攻撃力も防御力も無い為、万が一の事態に備えて、警備の厳重な東光宮内で暮らしている状況であった。

 決して皇太子に気に入られて、側女として執務室に滞在していた訳では無く、執務が一段落したら、ヒーラー能力で皇太子の体の手入れをする予定だったので、待機していただけであった。

 「相変わらず、アーシア様はお綺麗ですね」

 「シィオ。 お世辞は要らないわよ。 一緒に向こうの世界から連れて来られた仲じゃない?」



 航空機は事故に遭ったのでは無かった。

 現実世界に良く似たこっちの異世界の大魔術師等によって、魔道具を使いこなせる人材を求める召喚儀式に引っ掛かってしまっただけであった。

 次元の狭間に吸い込まれてしまい、こっちの世界に移動してからは、魔術で強制着陸させられていたのだ。

 結局乗員乗客255名のうち、魔道具等を扱える特別な人物が4名も搭乗しており、召喚は大成功であった。

 そのうちの一人が勇者ニイノウ・アーシア。

 もう一人がタチナバ・シィオ。

 シィオは魔道具だけでは無く、光の道具も扱え、回復術・回復魔術の両方が可能という非常に貴重な人材であったのだ。


 「シィオ。 他の2人は?」

 「最近は見掛けておりません。 魔獣討伐も他国との戦争も小康状態が続いていますから......」

 「それでも、皇太子殿下付きの魔剣士と魔術師でしょ? そういう自覚は無いのかしらね」

 「ハハハ」

 シィオも返事に困ってしまうアーシアの言い草。

 『勇者アーシアと違って、魔剣士と魔術師は余計な用件を作って皇太子の元を訪れることは無いわ。 この我儘勇者よりも全然マシよ』

 この内心の言葉はタチナバの本心。

 その理由は間もなくわかるであろう。



 「勇者アーシア。 用件は何かな?」

 皇太子は執務が一区切り付いたのだ。

 「実は......」

 「随分言いにくそうだね。 勇者らしくない」

 皇太子は笑顔を見せる。

 「それでは、単刀直入に申し上げます。 ここのところ、討伐依頼も戦いも無く、臨時の報奨金を得る機会が無いので、収入が不足気味なのです」

 「なんだ、そんなことか〜。 下賜金が欲しいということだよね?」

 皇太子はアーシアの意図を見抜くと、早速側近を呼び出す。

 直ぐ執務室に現れた側近。

 「僕の代わりに、ちょっとここに居て下さいね」

 指示を出すと、皇太子は部屋を出て行った。

 そして、ものの数分で戻って来ると側近に、

 「ありがとう。 持ち場に戻って結構ですよ」

と新たな指示を出す。

 深々と頭を下げてから、執務室を出て行った側近。

 そして、皇太子はアーシアが座るソファーのところに。

 「勇者殿。 お納め下され」

 少し大袈裟に言いながら、下賜金を手渡した皇太子。

 その金額は百金。

 元の世界の価値に換算すると、1金で帯封一束くらいだから......


 嬉しそうな表情で臨時収入を受け取るアーシア。

 「殿下〜。 もし私をご入用で有れば、何時でも馳せ参じますから、ご遠慮なく」

 流し目で、夜伽に呼ばれても構わないという雰囲気を醸し出していたのだが、それに対して、

 「僕の為に召喚された勇者なのだから、遠慮は要らないよ」

と答えた皇太子。

 その2人のやり取りを見ていたシィオは、

 「いつもいつもシュン皇太子殿下は、アーシア様の悪知恵で手玉に取られて......しかし、この人本当に勇者なの? 十分な給金を貰っている筈なのに、度々のおねだり。 史上最悪の強欲勇者なんじゃないのかな~」 

 そんなことを考えていたのだった。


 

 流石のアーシアも、直ぐに帰っては余りにも現金過ぎると、暫く執務室に滞在して、タチナバ・シィオと雑談をしてから、やがて邸宅へと帰って行った。

 見送ってからシィオは皇太子に、

 「勇者とは雖も、ちょっとおねだりの頻度が多い様な気がしますが......」

と苦言を呈する。

 ところが皇太子は、

 「4人は、僕の為に強制的に召喚された別世界の人達でしょ? それまでの生活や家族、友達や恋人を捨てさせられて、この世界で生きて行かなければならない。 しかも特別な能力を持っているのだし、この程度の待遇じゃあ、まだまだ報い切れていないよ、僕は」

 その答えに感動してしまったシィオ。

 少し涙を見せ始めたので、逆に慌てる皇太子。

 「どうしたの?」

 「皇太子は人が良過ぎます。 逆に心配になるくらいに」

 その答えを聞いてシィオにだけ、特別素敵な笑顔を見せたシュン皇太子であった......




 邸宅に戻った勇者。

 直ぐにドレスを脱ぐと、動きやすい格好に。

 「高価なドレスだから、汚したら赦さないわよ」 

 侍女に手渡しながら、相変わらず余計なひとことを必ず付け加えてしまう。

 ただの美女では無く、最強の勇者の脅し文句なので震え上がる侍女。

 そうした話は直ぐにサラの耳に入る様になっていた。


 やがて勇者の前にサラが現れ、

 「ついさっき、侍女3名から退職願いが出されましたよ」

と呆れ顔で告げられる。

 「何で? 私の家から退職するには、多額の身分解除金を支払わなきゃならないのに......そもそも十分な給金を出しているでしょ? 勇者の家で働けるなんて、この世界ではこれ以上無い名誉だと思うけど」

 アーシアの言い草は、いつもこうだ。

 『甘やかされて育ってきたせいで、人の心が理解出来ないのよね。 本質は悪い人じゃないのだけど......』


 サラの気苦労は異世界に来ても増えるばかり。

 しかし、一緒にこの異世界に連れて来られたのに、特別な能力が無かった同じ飛行機に搭乗の他の乗員乗客達は、この異世界で基本平民階級。

 特別待遇は何も無い。

 中には借金をし過ぎて奴隷身分に堕ちてしまい、悲惨な生活を送っている者も居ると聞く。

 その点、アーシア様が勇者であるお蔭で、自分は恵まれた環境にあるとサラは考えていたのだ。



 「借金をしてでも、身分解除金を支払って、当家から出たいということなのです。 このままだと侍女が不足して、この広大な邸宅の手入れが行き届かなくなりますが、構わないですか?」

 「辞めたいという人を引き留めても仕方ないよね? 新規募集を掛けて、新人侍女が入って来るまでは」

 アーシアの言葉に、悩みが深まり苦笑するサラ。

 「どうしたの? 変な笑い方をして」

 「募集を掛けても、集まらないのです。 我が家の評判が良くないらしくて......」

 その言葉にやや絶句する勇者。

 「サラの勘違いじゃない? 私はこの国でただ一人の勇者。 その家の侍女よ。 男の勇者で手癖が悪いのならばわかるけど、女性勇者だから、そういう心配は無いのに......」

 少しピントのズレたことを言いながら、首を捻るアーシア。

 自覚の無い言葉に、それ以上何も言わないサラ。

 『同性同士の陰湿系イジメで、しかもパワハラ。 そういうのって、案外当人は無自覚なのよね』



 こちらの異世界には、民主主義という考えは無い。

 国々の大半は封建主義国家。

 身分階級や奴隷制度が普通に存在する。

 だから、ハラスメントに対する問題意識は殆ど無いが、人間の世界である以上、主人による虐めが有れば、その職場をわざわざ選ぶ様な奇特な人は居ない。

 それはどの世界であっても、万国共通の常識であった。


 身分制度がある影響で、平民は就労の契約を結ぶ際、支度金を雇い主から受け取る。

 相場は0.5金。

 自己都合で退職する時には、身分解除金を雇い主に支払わねばならない。

 その相場は1金。

 1金は、元の世界の日本で帯封一束(100万円)程の価値である。

 よって、雇い主の権利の方が強いということになる。

 また、奴隷の場合、支度金は無い。

 雇い主は奴隷商に相当額を支払って手に入れるものであるからだ。

 奴隷は平民に上がらない限り、退職も出来ない。

 奴隷が平民に上がるには、国に50金を納める必要があり、そんな大金を支払える奴隷など、余程の幸運な者だけで、ほぼ皆無であった。



 「そうだった。 これを皇太子から受け取って来たわ」

 勇者はサラに下賜金100金を渡す。

 「資金不足になったら、何時でも言ってね。 また引っ張って来るから」

 そう言うと無邪気に笑うアーシア。

 その表情は非常に美しい。

 「ありがとうございます。 予備費に入れておきます」

 サラは御礼を述べる。

 『こういうところは、幼い頃からしっかりしているのよね。 性格は難あり過ぎだけど、頭は良い方だから』

 勇者の給金はそれなりの金額であるが、実は与えられた邸宅が大き過ぎて、維持費が嵩んでいるのだ。

 苦しい台所事情を考え、サラはアーシアに、

 「もう少し、小さな邸宅に変更して貰いましょうよ」

と提言したが、

 「先の戦争で皇帝陛下から直接賜った邸宅だから、無碍には返せないよ。 本音は魔剣士ムネトラや魔術師セキシュウが皇太子から賜った邸宅の大きさで十分なのだけどね」

と答え、勇者アーシアのその考え方は、この世界の実情を良く理解したものであった。

 勇者と雖も、皇帝の機嫌を損ねては、追放される恐れもあるのだから......




 その後も、ちょっとした気に要らない出来事で、侍女をキツい言葉で罵ってしまうアーシア。

 先日まで、羽扇でそよ風を作っていた侍女2人に対しても、

 「今日は少し肌寒いのだから、ヒーターを使って、心地良い暖かな風を作るべきでしょ? もう少し頭を使いなさいよ。 そんな難しい仕事をさせているんじゃないんだから......云々......」

 延々と説教をしてしまい、即日退職願いを出されて、あっという間に辞められてしまったのだ。 


 そうした日々が続き、侍女の退職が相次いで、十数人雇っていた侍女がめっきり減り、2週間後にはすっかりガランとした大邸宅内。

 流石に、『マズい』と感じた勇者。

 これ以上辞められたら、サラの負担が大きくなってしまう。

 「サラ。 侍女の応募は?」 

 「ありません。 アーシア様」

 その言葉にガックリした勇者。

 ひとまず、現在残っている侍女3人の俸給を1.5倍に増やして、引き留めを図ることに決めたのだった。


 「掃除ロボットでも購入しようか? 皇帝陛下から直接賜った邸宅の床が埃だらけになっていたら、バレた時に問題になりそうだし」

 「この世界の掃除ロボットって、元の世界のル◯バに似た奴ですよね? あれってきちんと掃除出来るのですか?」

 サラの疑問に、家事をしたことのないアーシアが答えられる筈は無い。

 結局、先ず1台購入して効果を確かめることに。

 「あ~あ。 天下の勇者様が、邸宅の掃除で頭を抱えることになるなんて......」

 余りにもスケールの小さな悩みに、先日までの意気軒昂だった姿がすっかり影を潜めた勇者アーシア。

 しかし、勇者自身のハラスメント体質が直る様子は無い。

 それは体質ではなく、性格だからだ。



 その後、届けられた掃除ロボット。

 サラが箱から取り出して、床上にセットしてみる。

 スイッチを入れると動き出した四角い掃除ロボット。

 その動きは、体重計が動いている様な感じだ。

 「一応、埃は取れているんじゃない?」

 その動きを見ながら、ひとまず床掃除はこれに任せようとアーシアは思っていた。

 「動力源は? コンセントみたいなのが無いし」

 「魔力ですよ。 アーシア様」

 「えー、魔力なの?」

 「元の世界とこちらの異世界。 技術レベルは結構似ていますが、一番の相違点が魔力と光の力。 その2つの不思議な力が存在することで、偏った技術的進化をしているのです」

 サラの答えに、ウンウンと頷きながら、納得する勇者アーシア。

 こちらの世界では、空を飛ぶ乗り物は存在しない。

 石油や石炭も無いので、化石燃料を使うという考えも無い。

 核エネルギーを使う考えは未開拓。

 それは魔力と光の力が存在するからだ。

 その2つの力は、この異世界の自然エネルギーを応用したものであるから、風力や水力、太陽光に波力、地熱等の、自然のものを活用する技術力は、元の世界より相当高いレベルに有る。


 核関連や飛行関連の技術は皆無か、有っても非常に低いレベルなので、核やミサイル、戦闘機等の兵器は存在しない。

 そうした技術が発達していないのは、短距離ならば魔術で飛べるし、空からの攻撃も魔術や光の術でかなり防げるからだ。

 飛び道具や大量破壊兵器が無いことで、各国間の戦争は日常茶飯事。

 あちらこちらで起きており、まるで元の世界の戦国時代や中世の様である。

 逆に、艦船や潜水艦等の海に関する技術力は、元の世界よりも相当ハイレベル。

 そんな感じの異世界なのであった。

 


 「ところで、掃除ロボットの動力源が魔力だと言うことは、魔力電池で動いているの?」 

 アーシアの質問に頷くサラ。

 「マジかよ~、ぼったくりじゃん。 めちゃくちゃ高価だろ〜魔力電池」

 「そうなりますね。 1か月使い続けたら、交換しないと動かなくなりますって説明書に書かれていて......」

 「チクショウ〜」

 めちゃくちゃ悔しそうな勇者。

 魔力電池は、宮廷魔術師達の副収入源となっている。

 便利なのだが、競争相手が居ない分野なので、値段が高価。

 3つで、掃除ロボットが1台買えてしまう程の値段なのだ。

 『何とか、安く手に入れる方法がないかな~』

 アーシアはそんなことを考えていた。


 暫く思案に更けていると、

 「良いこと思いついちゃった〜」

 急にご機嫌になる勇者。

 その様子に嫌な予感がしたサラ。

 サラの表情の変化に気付いたアーシアは、

 「大丈夫。 サラや侍女達に迷惑を掛ける様なことじゃないから〜」

 「そうですか。 あまり他人を巻き込まないで下さいね」

 「その点も心配しないで。 とりあえず、仮面とマスクを準備してくれるかな? サラ」

 「わかりました......」

 変な要望に怪訝そうな表情をしながらも、収納庫から新品のモノを探してきて、手渡す。

 するとその後、アーシアは夜までマスクと仮面を着けたまま過ごしていたのだった。

 寝る前に外してから、空き箱に仮面とマスクを仕舞う。



 数日後。

 シュン皇太子から、皇宮への参内命令の使者が、勇者アーシア邸に遣わされた。

 「謹んでお受けいたします」

 皇太子の使者に対して、完璧な礼節をもって返答をしたアーシア。

 この様な呼び出しは、戦争への参戦を求められたも同然である。

 そこで早速、戦支度を始めて直ぐに東光宮へ向かわねばならない。

 そんな状況なのに邸宅を出る際、マスクと仮面を入れた空箱を持っていたので、サラが、

 「アーシア様。 その箱は?」

 「ああ、これが高価なモノに化ける筈だから、期待してて」

 そう答えると、光の剣『青釭』と魔剣『雀切』を両腰に差し、革の戦闘服を着た武装姿で皇宮へと向かう。

 その姿は勇者らしく、極めて凜凜しいものであった。

 「勇者アーシア様。 どうぞお気を付けて」

 サラが少し心配した表情で見送る。

 「ちゃちゃっと片付けて、帰って来るよ」

 気さくな感じで出て行く姿を、見えなくなるまで見送り続けるサラであった。



 東光宮に到着すると、シュン皇太子が玉間の高貴な椅子に座って待っていた。

 「殿下。 急ぎ馳せ参じました」

 跪いて申告するアーシア。

 「勇者アーシア殿、ご苦労である」

 臣下も控えていることから、いつものラフなやり取りは無い。

 やがて、邸宅に戻って準備を整えてきた魔剣士ムネトラや魔術師セキシュウも到着。

 皇太子の臣下筆頭である太傅カクケン、次席の少傅リョアンが皇太子の左右に立ち、勢揃いした直臣達に参集させた用件を伝え始める。

 「隣国のフェザ王国が、国境を侵して我が国の軍駐屯地に攻め寄せて来た。 そこで、皇帝陛下よりシュン皇太子殿下に対して直々に、軍を編成して急ぎフェザ王国へ攻め込む様にとの勅命が下った。 各々準備を整え、各配下の軍勢を率い、本日夕刻6時迄に皇宮へと集結させるように。 以上だ」

 太傅カクケンが、声高らかに命令の内容を伝える。

 「ははー」

 一斉に直臣達が返事をすると、皇太子が、

 「皆の者、苦労を掛ける。 急な勅命であるが、よろしく頼む」

と激励の言葉を発する。

 更に深々と平伏する直臣達。

 勇者も魔剣士も魔術師も同じ様に平伏している。

 そして、皇太子は高貴な椅子から立ち上がると、控えの間へと去って行った。



 勅命を受けたので、一旦皇太子の執務室に集まった勇者アーシア、魔剣士ムネトラ、魔術師セキシュウの3人。

 3人は皇太子直属の特別な戦闘員。

 そこに、皇太子が入って来た。

 「3人にも、苦労を掛ける。 申し訳ない」

 丁寧な言葉に恐縮する3人。

 するとアーシアが、突然、

 「皇太子殿下。 空っぽになった魔力電池って有りますか?」

と質問をする。

 緊急参集とは無関係な話題を振られ、意外な表情を見せたシュン皇太子。

 「沢山有るはずだよ。 便利で、使用頻度が多いからね」

 そう答えると、側近を呼び、執務室に隣接する庫から50個の空になった魔力電池が運び込まれ、勇者アーシアの前に積み上げられた。

 「皇太子殿下。 これを頂いても構いませんか?」

 「構わないけど......空だよ?」

 「では、遠慮なく頂戴致します」

 アーシアは嬉しそうに答えると、今度は魔術師セキシュウに話し掛ける。


 「おい、仮面の魔術師セキシュウよ。 空の魔力電池に魔力を充填してくれ」

 その言葉を聞き、皇太子はその結末に興味津々。

 魔剣士ムネトラは呆れた表情を見せていた。

 すると、魔術師セキシュウは持っていたタブレットに文字を入力してアーシアに見せる。

 「なになに。 『嫌だ。 どうしてもと言うのなら金払え』だと〜」

 セキシュウは人付き合いが極めて苦手で、直接会話することを絶対にしない変わり者である。

 元の世界から携えているタブレットを、こっちの世界では魔力で動かして、会話等に使っている。


 しかし、この答えはアーシアの予想通り。

 そこで、持参してきた箱を開いて、セキシュウの前に置く。

 「今、セキシュウが着けている仮面は、私が持っていた未使用品を初めての戦いの際にあげたのだったよね? この箱に入っている仮面とマスクは、私の使用済みの品。 嘘じゃないからな、我が家の家宰のサラに聞いて貰っても構わない。 50個の魔力電池に魔力を充填してくれたら、目の前の仮面とマスクを差し上げよう。 どうだ仮面の魔術師よ」 

 アーシアの言葉を聞き、少し考え込むセキシュウ。

 2人のやり取りを見ながら、ムネトラは、

 『おい、仮面の。 考え込むのかよ......魔力電池50個だと1金の価値か〜』

 そんなことを内心思っていたのだった。


 暫く経ってから、セキシュウはタブレットに何かを打ち込む。

 そして、アーシアに見せる。

 その画面には、

 「OK」 

と大きなフォントの2文字だけが浮かんでいた。

 「よし。 交渉成立〜」

 アーシアがセキシュウに向かって答えると、箱の中身を取り出して手渡す。

 受け取ると、直ぐに魔力注入を始める魔術師セキシュウ。

 5分もしないうちに50個の電池は、魔力がフル充填されたのであった。

 「サンキュー。 仮面の魔術師よ」

 アーシアは空箱に魔力電池を詰め込むと、満足そうな表情を浮かべていた。


 「おい、アーシア。 お前って向こうの上流社会じゃ、美人で有名なお嬢様だったのに、こういう変態チックなのって、大丈夫なんだ?」

 ムネトラが意外だという感じで質問する。

 「殆ど気にしないかな。 誰だって多少は変態な部分を持っているのに、隠して聖人面しているだけじゃない? 目の前で嬉しそうにしている仮面の魔術師の様に、隠さないで恥の部分を見せてくれている人の方が、信用出来ると思うよ」

 アーシアの回答に驚いたムネトラ。

 しかし良く考えてみれば、向こうの世界でムネトラも、人々が普段隠している、負の部分から来る誹謗中傷という名の猛攻撃に苦しんでいたのだ。

 「まあ、その言葉にも一理有るな」

 「ムネトラも向こうでは、色々と大変だったものね。 私もだけど」

 何だか話は丸く収まったかのように感じたムネトラ。


 ところが、仮面の魔術師の様子を見ていて、新たなことに気付いてしまった。

 「でも、本当にイイのか? 今の様子だと仮面のが、お前の使用済みマスクを着けて、アレしそうな気がするけど......」

 それを聞き、苦笑するアーシア。

 「男なんて、そんなものでしょ? 私だって一応美女勇者って言われている有名人。 きっとこの世界の男達が私の姿から色々想像して、そういうことをシテいると思うわ。 それが一人増えるだけのことよ」

 その豪胆な答えを聞いて、ムネトラは、

 『この子、本当に凄いな。 性格は超悪で、俺や仮面のを小間使いの様に戦場で酷使するけど、勇者としての実力は間違いなく高い。 要領の良さは俺以上。 俺ぐらいの魔剣士では敵わないのも当然かもな』

 その様なことを思っていたのであった。



 その3人の様子を、執務をしながら見ていた皇太子。

 「何だか、絆が深まったようだね。 次の戦いでは前回以上に圧倒的な感じが見られる様な気がするな~」

 そのノンビリとした言葉に、

 『どうして、そういう感想になるのかな。 魔力電池に魔力を充填させる交渉をしただけなのに......本当に不思議な方だ』

 勇者アーシアも、魔剣士ムネトラも同じことを感じたのであった......


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