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6話 特殊能力

真面目な雰囲気から一転、ローレンスの冗談から始まった会話はその場を和やかにさせた。

そうしているうちに部屋の扉を軽く叩く音が響き、どうやらメイドと思われる人物のようだ。


「旦那様、お茶とお菓子をご用意致しました。」

「あぁ、ありがとう。入ってくれ。」

「し、失礼致します。」


気弱そうな声と共に姿を現したのは、黒い猫の耳と尻尾を持つ獣人で、薄桃色のローツインテールの髪にチョコレートを溶かし入れた様な茶色い瞳の女性だった。

彼女はお茶とお菓子を乗せたワゴンを押して部屋へ入ってくると、レミリオとローレンスの前にそれらを置いた。


この様な場で出されるお茶といえば紅茶なのだが、魔界の紅茶は赤黒い色をしていてまるで血の様だ。

アップルパイの次に紅茶を好んでいたレミリオは、あまりに飲みにくい色に愕然とした。


そんなレミリオをよそに用を終えた彼女が邪魔をしないようにと足早に部屋を出て行こうとした時、ローレンスがそれを引き留めた。

「ナタ、少し待ってくれ。リオに貴女を紹介しておかなくては。」


ナタと呼ばれたメイドは初めは粗相をしただろうかと不安げに小さく肩を震わせたが、その後に続く言葉に安堵の表情を浮かべて此方に向き直った。


「彼女はナターシャ、気弱そうに見えるかもしれないけれど、こう見えてこの屋敷のメイド長なんだ。私が留守の間に困ったことがあったら、ギルや彼女を頼ってほしい。」

「あ、あの…っ、ご紹介に預かりました。ナターシャと申します。よろしくお願い…し、しましゅ…!」


紹介されたナターシャはレミリオに一礼し、人前に出た緊張感からか言葉を最後まで言い切れず噛んでしまった。

ナターシャは恥ずかしさで顔を真っ赤にして逃げる様に部屋を出て行くと、扉の向こう側から小さく悶える声が聞こえた。


レミリオは彼女がメイド長であることに驚き、思わず暫く扉の向こうをじっと見詰めた後、気は進まないながらも目の前のお茶に手を伸ばして口をつけた。

そんな彼の様子を見ていたローレンスが何故か口元に手を添え、クスクスと堪える様に笑っている。


「おや、もしかしてリオはああいう子がタイプだったりするのかな。」

彼の口から飛び出た思いもよらない言葉にレミリオは飲みかけたお茶を吹き出しそうになり、味もわからぬまま慌てて飲み込んだせいで咽てしまった。


まさかそこまでの反応をされると思っていなかったローレンスは、心配そうに早足で歩み寄って来るとレミリオの背を(さす)った。


「すまない、タイミングが悪かった。まさかそこまで動揺するほど惚れてしまっていたとは…。」

「誰も惚れただなんて言ってない!」

「そ、そうなのか。それは申し訳ない。」


ローレンスの考えはレミリオとはズレている。

誤解を解こうとレミリオが声を上げると、彼は本気で反省したらしく眉を下げた。

どうやら彼は見た目によらず素直で天然らしい。

ギルバートはそんなローレンスをいつも見ているからか、呆れた様に眉間を指で押さえるばかりであった。




客間でお茶を嗜んでいると、ギルバートがローレンスに声をかけた。

「旦那様、お部屋とお風呂の準備が整いました。いつでもご利用可能です。」

「わかった、皆にご苦労と伝えてくれ。」


二人の会話を聞いていたレミリオは不思議に思った。

誰も部屋へ報告に来ていないにも関わらず、何故ギルバートは他の者の行動がわかるのだろうか。


「ラリー、誰も報告には来ていないようだが、彼は何故わかるんだ?」

そう問われたローレンスは、彼にとあることについて説明し損ねていたことを思い出してあっと小さく声をあげた。


「そういえば、教えていなかったね。種族によって特徴が異なるのだけど、複数種族の血が混ざった場合はより強く遺伝した方の種族を名乗り、それ以外は異能と呼んでいるんだ。」


レミリオもまた魔族の異能と似た特殊能力を持っている。

天界では少数の天使達に女神からの贈り物として、ギフトと呼ばれる特殊能力を得る。


レミリオのギフトは記憶。

得る情報の取捨選択ができ、一度得た情報は自身が不要と判断するまで忘れることがない。


田舎では同種族だけの集落の様な場所がほとんどで、複数の種族が集うのはこの王都だけである。

ローレンスからしてみれば、レミリオが知らなくても何ら不思議はない。


ローレンスの説明の後にギルバートが眼鏡を外して見せると、その目は不自然な柄をしていた。

遠目ではよくわからなかったが、レミリオはその正体に気付いた瞬間に鳥肌が立った。


「複眼、特定のものを離れた場所からでも見ることができる。これが私の特殊能力です。普段は虫の様だと気味悪がられるので、こうして魔道具で隠しています。この屋敷へ来た際に、旦那様からいただきました。」

そう言った彼が眼鏡をかけ直すと数多く存在した複眼が姿を消し、普通の目に戻った。


レミリオは納得すると同時に、彼を要注意人物として認識した。

つまり彼はこの屋敷の監視塔だ。

いくらローレンスの友人という立場であっても、当然ながら下手な言動はできない。


レミリオはギフトによってスパイである物的証拠の残る書類などを必要としないが、監視の目がある以上は万が一のことも考えておくべきだろうと考えた。


警戒するレミリオをよそに話は進んでいき、客人だからと初めにお風呂を使うことになった。

ギルバート曰く、当然ながら流石にトイレやお風呂まで覗き見る趣味はないとのこと。


着替えを持たないレミリオであったが、部屋の準備と並行して着替えもいくつか用意してくれていたらしい。

レミリオでさえ気が回らなかったというのに、ローレンスの指示以外のことも行う。

ギルバートから報告を受けたローレンスは、この屋敷の使用人は優秀だと誇らしげに言った。





用意してもらった着替えを手に、レミリオは浴室へ向かった。

脱衣所で衣服を脱いでいざ浴室の扉を開けてみると、そこはまるで大浴場の様だった。


何箇所もシャワーがついているのを見る限り、恐らく主と使用人はこの浴場を共用で使っているのだろう。

それを一人で使わせてもらうというのは、贅沢な気がする反面、あまりの広さに寂しくもなった。


暫くして入浴を済ませたレミリオが寝間着に着替えて脱衣所を出ると、そこにはナターシャが控えていた。

彼女はレミリオの顔を見て先程の失態を思い出したのか、頬を赤くしながらも部屋へ案内した。


「え、えっと…こちらをレミリオ様の私室としてご利用ください。お困りの場合は隣に旦那様のお部屋が御座いますので、気軽にお声がけください…と、旦那様が…。」


ナターシャはちらちらとレミリオを見上げながら部屋の扉を開けて見せた。

そこももちろん、一人で使って良いものかと思うほど広い。


細かな装飾のされた大きなベッド、ソファとそれに隣接するテーブル、窓際に置かれた仕事用と思われる机、クローゼットや収納棚など、この部屋だけで生活しても何ら不足はないだろう。


「ご、ごゆっくり…。」

「ありがとう、ナターシャ。」


素っ気なく去ろうとしたナターシャを呼び止めてお礼を伝えると、はにかむ様な笑みを浮かべて小さく頭を下げ、再び逃げる様に何処かへ行ってしまった。


彼女の姿が見えなくなってから気付いたのだが、ナターシャの言葉からしてローレンスは屋敷にいる間は自室に籠もっているのだろうか。

物音一つしないのが気になったレミリオは、特に困っているわけではないが隣の部屋へ行くことにした。


軽く扉を叩くと部屋から返事をするローレンスの声が聞こえた。

「レミリオだ。今、少しいいだろうか。」

「リオ…?ああ、もちろんだよ。」


承諾の声にレミリオは扉を開けると、デスクに座って書類を手にしたローレンスとその隣にはギルバートが立っていた。

仕事の邪魔をしてしまっただろうかと思ったが、ローレンスは気にする様子はなくソファに座るよう促した。


「レミリオ様、申し訳ありませんが旦那様は只今ご公務の最中で…。」


ギルバートは困った様に眉を下げながらレミリオを退出させようとしたが、その言葉はローレンスによって遮られた。

「いいよ、ギル。少し休憩にしよう。貴方もずっと立っていては腰を痛めてしまう。今だけは座って休むといい。」


ローレンスの言葉にギルバートは不満げな表情をしながらも素直に従い、レミリオと向かい合う様にソファに腰を下ろした。

「まったく、貴方という人は…。いくら私達が絶対の忠誠を誓っているとはいえ、使用人に対して甘過ぎます。入浴すらご自身より彼らを優先してしまうのですから。」


呆れた様に言うギルバートの言葉に、レミリオは驚いてローレンスに顔を向けた。

「そういうことまで後回しにしているのか。」


屋敷の主が先に済ませるのが普通だと思っていたが、聖人の彼にその普通は当てはまらないらしい。


「いいんだよ、どうせ後片付けだって私の魔法の方が早いんだ。貴方が気にすることではないよ。」

そう言ったローレンスは穏やかな表情で、デスクに両肘をついて手を組んだそこに顎を乗せて二人を見ていた。

次話はギルバートの過去について書こうと思います。

※あ、私が眼鏡男子が好きだから書きたかったとかそういうことでは決してありませんから!!←

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