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4話 思い出の

レミリオの予想は早くも外れた。

馬車の中での寂しげな雰囲気は一体何だったのだろうか。


ローレンスがレミリオと同年代に見えることに対して、マスターは中年といった年齢に見える。

確かに歳の差があるせいで友人と呼ぶにはおかしな気もするが、それでも二人は親しげだ。

そんな二人の間に自分は入っていいものかと、無意識に困惑の表情を浮かべながら、ローレンスの後ろから様子を眺めていた。


そうしているとレミリオを気遣ったローレンスが彼を振り返り、紹介を始めた。

「リオ、彼はこのバーのマスターであり、凄腕の料理人なんだよ。そしてマスター、彼は私の友人のレミリオだ。」


ローレンスは相変わらず表情筋が硬い様だが、街で見た時の表情より随分と穏やかになっている。

きっとこれが本来の彼なのであろう。


「レミリオ・ノワールだ。ラリーとはさっき街で会ったばかりなんだが、事情があって彼にアップルパイをご馳走してもらうことになったんだ。」

マスターに挨拶をし軽く一礼をすると、何やら彼は興味深そうに此方を見つめてくる。


「あら、そうだったのね!アタシはクレイ・モーリスよ。マスターでも、クレイちゃんでも、好きに呼んでちょうだいね。」


明るい笑顔でクレイと名乗った彼は、ローレンスとは少し容姿が異なっていた。

ローレンスの容姿は人間や天使と変わらないが、クレイの耳は上の部分が尖っている。

恐らく種族はデーモンといったところだろう。


「そういえば、貴方ってよく見たらイケメンねえ。ラリー、アップルパイのお代はいらないから、彼はアタシが貰っちゃダメかしら。」


これまた予想の斜め上をいく返答にレミリオは小さく言葉にならない声をあげ、表情を引き攣らせた。

それを見たローレンスが呆れた様子で助け舟を出す。

「マスター、私の友人をからかわないでおくれ。」


「ふふ、冗談よ。さあ、二人とも座って。」

店の中にはカウンター席が七つあるだけで、ローレンスは左から数えて三つ目の席に、レミリオはその右側にある隣の席に座った。


するとローレンスが座ったそこへすぐさまカクテルが差し出された。

「はい、ラリーはいつものでしょ。」

「ありがとう、最初の一杯はこれでないとね。」


グラスの中では桃色の液体がシュワシュワと気泡を伴って小さな音をたて、よく見ると赤い豆粒の様なものが浮き沈みしている。


この果物は天界では見たことがなく、レミリオは惹かれる様に彼が口にするカクテルを見た。

「ラリー、それはどんな味がするんだ?田舎者の俺にはまったく想像がつかないんだが…。」


レミリオからの問いでローレンスは我に返る。

此処にはカクテルを飲みに来たのではなく、アップルパイをご馳走しに来たのだ。

本来の目的を忘れかけたことにローレンスは思わず頬を僅かに赤らめつつ答える。


「あ、これかい?毒を抜いたポイズンベリーの果実酒なのだけど、ゾンビボアの血液をゼリー状にしたものを浮かべているんだ。私が考案したカクテルだよ。綺麗だろう?」


魔界では瘴気が漂っている影響で普通の植物や動物は育たないため、見た目の禍々しいものや意思を持った植物などは普通に存在する。


ローレンスは自慢げに紹介してくれたが、天界の美しいものしか見てこなかったレミリオは若干引いた。

「た、確かに見た目は綺麗だな。」


見た目こそ美しいが、ポイズンベリーの時点で物騒であることと、果物だと勘違いしていた粒はゾンビ化した猪の血液だったらしく、味はとても想像できたものではない。

曖昧な返答をするレミリオにローレンスは不満げな表情を浮かべていたが、気を取り直す様に表情を戻せばクレイに同じカクテルを注文した。


クレイはアップルパイを作る片手間に注文されたカクテルを作り、今度はレミリオの前にそれを差し出した。


驚いたレミリオにクレイが一瞬片目を閉じて見せる。

「ラリーが貴方に奢ってくれるんですって。騙されたと思って飲んでみなさいよ。」


天使が口にして良いものかとレミリオは困惑したが、ローレンスが緊張した面持ちで此方を見つめている。

情報収集のためには、まずはこの魔界に馴染むしかない。


レミリオは意を決してカクテルの入ったグラスを手に取り、口元へと運ぶ。

まず香りは悪くない。


香りの良さに少し希望を持ったレミリオがカクテルを口に含んだ瞬間、レミリオは驚いた。

禍々しい名前の材料が並んでいるのに、天界にも存在する様な果汁の甘さを感じると同時に口の中で気泡が弾け、ゾンビボアの血液ゼリーのつぶつぶとした食感もなかなかにクセになる。


「美味い…。」

想像していた何倍もの味わい深さにレミリオは呟きに近い声をあげた。


その様子にローレンスとクレイは顔を見合わせ、クスクスと笑った。

「リオ、気に入ってくれたみたいでよかったよ。矢張り私の味覚は間違っていなかった。」

ローレンスはカクテルを気に入ってもらえたことに安堵し、自身の分を飲み干して見せてレミリオに酒を勧めた。




そういえば、人間界ではゾンビ化した生き物の血液や体液を摂取すると、同じくゾンビ化してしまうという認識をすることがあるらしい。

カクテルに使用されているゾンビボアの血液を摂取してしまったレミリオだったが、特に身体に異常がないことを確認する。


不安で思わずじっとグラスを見詰めるが、気にしたところで後の祭りなので考えることを辞めた。

ローレンスはこれを気に入ってよく飲んでいるようだし、きっと安全なのだろう。




そうこうしているうちにアップルパイが焼き上がり、クレイが明るい声色で声をかけた。

「ほらほら、出来上がったわよー!クレイちゃん特性のアップルパイ、召し上がれ。」


その声にレミリオは期待に胸を膨らませてアップルパイの方に視線を向けた。

亡き姉がよく作ってくれた思い出の味を…と思っていたのだが、先程の通りこの魔界に普通の植物は存在しない。


レミリオは学んだのである。

天界と同じものであるはずがないため、魔界で思い出の味など期待してはならない。


「まぁ、そうなるよな…。」


案の定、林檎の果肉は紫色だったので食欲が失せた。

しかしまだ諦めてはならない。

使われている食材が禍々しい見た目をしていたとしても、それが味に影響するとは限らないことを知った。


ここで思ったことを表情や行動に出せば、魔界の者でないことがバレてしまうかもしれないのだ。

レミリオは自然な様子でアップルパイをフォークで一口大に切り分けると、青紫色の毒々しい果汁が滴り落ちてきたところでレミリオの表情筋は限界を迎えた。


レミリオはこの店に来て二度目の引きつり笑いを浮かべ、見た目に抵抗感を抱きつつもそれを口へ半ば放り込んだ。

それは思い出の味とは程遠いものではあったが、確かに形はあのアップルパイだ。


「姉さん…。」


それまで飲んでいた酒が回ったのかもしれない。

知り合いも友人も家族も存在しないこの魔界で、拠り所がなかったことで心細くなってしまったのだろう。

無意識にそう呟いて、堪える暇もなくテーブルに一粒の雫を落としていた。


先程と同じ「美味い」という言葉を期待していたローレンスとクレイだったが、彼の急な変化に驚いて顔を見合わせた。

何も悪いことをした記憶はないので、もしかしたら別の何かに要因があるのかもしれない。


そしてローレンスは彼の呟きを聞き逃さなかった。

事情があることを察したローレンスは、そっとレミリオの背中に手をあてた。

「リオ、大丈夫?私でよければ、友人として貴方の気持ちに寄り添わせてほしい。」


レミリオはその言葉を聞いて初めて自分が泣いているのだと気付いた。

その様子を見ていたクレイは、気を利かせて静かに店の裏へと入って行ってしまった。


しかし姉を魔族に殺されたなどと言えるわけがない。

上手く誤魔化してそれらしい理由を作らなければならないと悩んでいたが、その横でローレンスは余程辛いことがあったのだろうと解釈して待ってくれている。

レミリオの良心は痛むばかりだが、どうにか言い訳を作り上げたところで話し始めた。


「俺の姉は俺が幼い頃に魔物に殺されたんだ。姉は生前、よく俺にアップルパイを作ってくれた。だからその時のことを思い出してしまっただけだ。」

「そっか…。」


ローレンスは彼の言葉をそのまま信用し、どんな言葉をかけるべきかわからず俯くと黙り込んだ。

レミリオもこれ以上、姉のことを語るつもりはない。

感情に身を任せてボロが出ることは避けたいからだ。


そんな二人は暫く沈黙した。

先に沈黙に耐え兼ねたのはローレンスだった。


「そうだ、リオ、貴方は田舎の出身だと言ったな。すぐに職に就いても、王都では品物の物価が高いから初めのうちは生活が厳しいだろう。収入が安定するまでは私の屋敷へ来るといいよ。」


願ってもいない提案にレミリオは思わず顔を上げた。

これで天界へ戻る手間が減ると同時に、情報収集が捗ることだろう。

「いいのか、今日出会ったばかりだというのに。」

「もちろんだよ、生活に余裕がないと心まで荒んでしまう。友人である貴方がそうなっては悲しいし、亡くなった姉上もきっと泣かせてしまうだろう。」


レミリオは魔族とは血の気の多い者ばかりだと思っていたが、その考えを改めようと思った。

ローレンスに対するそれまでの警戒心が少し和らぎ、その慈悲に(すが)ることにした。


「ありがとう、ラリー。暫く世話になる。」

「いいよ、屋敷は無駄に広いのに私と使用人しか暮らしていないんだ。私も普段は留守にしているし、それなら貴方に有効活用してもらった方がいい。」


ローレンスは慣れないながらも此方に笑みを向ける。

彼は魔族にあるまじきと言っていい程お人好しだ。

その優しさと笑顔に、レミリオは無意識に亡き姉の姿を重ねた。

これまでより少し長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただき有り難う御座いました。

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