14話 非日常な日常
多忙な日々が続いており、気付けば四ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
今後も少しずつ更新していこうと思いますので、どうか完結まで応援をよろしくお願いします。
本を読み漁っては街へ出る日々を繰り返して数日。
街へ出て情報(もちろん無職というわけにもいかないので職種も探りつつ)を集めようと玄関へ続く廊下を歩いていると、見廻りから帰ったローレンスが護衛である赤髪の男性を連れて屋敷へ帰ってきたところだった。
一方、ローレンスを出迎えたギルバートは何やら機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せている。
普段は涼し気な顔をしている彼のこうも険悪な雰囲気を初めて目にしたレミリオは、何かあったのだろうかと心配になり彼らに歩み寄った。
よく見てみると、ギルバートの恨めしそうな視線はローレンスではなく赤髪の男性に向けられている。
そしてギルバートを見下ろす彼もまた、元よりの目付きの悪さも相まって鋭い視線で睨み付けている。
どうやらこの二人は何らかの原因で揉めているようだ。
「レオン、また旦那様の見廻りの邪魔をしに行ったのですか。」
「んなわけねえだろ、俺は旦那様の護衛だぞ。さては置いてけぼりにされて妬いてんだろ。」
レミリオが聞き耳を立てた時点で初めに口を開いたのはギルバートで、負の感情を隠すことなく赤髪の男性に浴びせている。
対するその赤髪の彼は、挑発的な笑みを浮かべつつもその目にはギルバートと同様の感情を映している様だった。
しかし、ギルバートは両親の愛を一身に受けて育ったが故の素直な性格だ。
反論の内容に動揺を隠せなかったようだ。
「そ、そんなわけがないでしょう。外に出なければ旦那様のお側に居られない貴方とは違うのですよ。」
ギルバートの態度に優勢を確信した赤髪の彼は、先程よりも表情から余裕が見て取れる。
「はぁ?旦那様はいつも外で仕事してんだから、俺の方が長時間ついてられんだよ。羨ましいだろ?」
二人が険悪な様子で睨み合う中、レミリオの姿を見付けたローレンスは困惑の表情を浮かべながら帰りを伝えた。
「リオ、ただいま。貴方も帰ってきていたのか。丁度よかった、彼を紹介したかったんだ。」
ローレンスがそう言って護衛の男性の肩にポンと手を置くと、それまでギルバートと争っていたのが嘘の様に彼は背筋を伸ばした。
レミリオから見た彼の第一印象としては、狂犬に近い忠犬…否、番犬といったところだろうか。
護衛を務めているのだから、寧ろそれがしっくりくるかもしれない。
彼はローレンスに命じられて自己紹介をするのだが、普段は使わない一人称と口調に慣れていないようだ。
脳内で言葉を組み立てようとしているのか、口を開くと初めに意味を持たない言葉が出てしまう。
「あー、私は旦那様の護衛を務めるレオンだ…と申します。旦那様のご友人と伺っております。」
自身の名を名乗ったレオンはレミリオに対し礼をすると、ブラウンの瞳を向けて興味深そうに見ている。
ギルバートよりも身長が高いレミリオでさえ、あまりに大柄なレオンのことは流石に見上げてしまう。
屈強な体付きで人相も良いとは言えないが、言われたことを即座に熟そうとするのを見る限り、ローレンスを敬っているのは確かなのであろう。
レミリオはレオンと名乗る彼を分析しつつ、警戒されないよういつも通りローレンスの友人として爽やかに笑みを向けて見せる。
「レミリオだ、初めまして。君はいつもはこの屋敷に居ないのか?今まで見かけなかった気がするんだ。」
使用人総出で出迎えられたあの初日でさえ、彼の様な長身の男性は見かけなかった気がしたが、自分に限って記憶に誤りがあったのだろうか。
どの記憶を引っ張りだしても見当たらない彼の姿にレミリオは困惑する。
レミリオの言葉にレオンは普段の口調から余所行きの言葉遣いへと脳内で変換しつつ、ぽつりぽつりと単語を選ぶ様に話し始めた。
彼が言うには、レオンはローレンスの護衛として彼女直属の部下として騎士団に所属しているため、普段は訓練や任務に出払っているらしい。
よく観察してみれば、レオンが身に着けている鎧の胸元にはローレンスと同じ金色の紋章が刻まれている。
どうやらローレンスとレオンの所属する第一騎士団の団員であることを示す色は金色ということらしい。
レミリオがそこまで把握したところで、レオンが何やら落ち着きなく辺りを見回している。
その様子に何を察したのか、ローレンスが微笑ましげな眼差しを向けながらギルバートとレミリオを玄関から遠ざける様に背を押した。
「さて、数少ない私の大切な部下が少々お疲れの様だ。ナタにお茶を用意させよう。飲んでいくだろう?」
そう言って彼女はレオンに向けて一瞬片目を閉じてやると、レオンも彼女の言動に何かを察したらしい。
ローレンスの意図を汲み取ったレオンが「では遠慮なく」と言って更に落ち着きがなくなった彼に、レミリオとギルバートは不思議そうな視線を向ける。
ギルバートは普段からローレンスに従って行動しているためか何も言わず、されるが背を押されていたがレミリオはそうはいかない。
職探しという名の情報収集をしなければならないのだ。
背後を振り返り焦った様子で声をかける。
「ラリー、俺はこれから外に職を探しに…。」
「はいはい、それは明日でもできるよ。」
「流石にずっと世話になっているわけにはいかないだろう。」
「貴方一人を養う資金に一日も二日も大差ないさ。」
悪い意味ではないが、適切な言葉を当て嵌めようとするならば、ああ言えばこう言う。
言い訳はのらりくらりと躱されてしまい、レミリオから玄関が遠ざかっていく。
レオンの様子とローレンスの言動から、二人には何やら共通の考えがあるのだろう。
本人たちにとっては秘密のやり取りであるかのように感じたため、レミリオは深く追求せず素直に従うことにした。
背を押されるまま二人が廊下の角を左に曲がったところで、此処まで来れば問題ないと言うようにローレンスが足を止めた。
そこで彼女は口元に人差し指をあて、ふわりと悪戯な笑みを浮かべると静かに告げた。
「レオンはああ見えて愛妻家でね、彼がこの屋敷に来た時の恒例なんだ。」
レミリオから見ればこの時の彼女の表情にはどこか女性らしさを感じたのだが、恐らくそれは本来の性別を知ったが故にフィルターがかかったからだろう。
彼女の言葉の意味はレミリオにはわからなかったが、ギルバートは察することができたらしく口元を両手で軽く覆って自身が歩いてきた廊下を覗き見る。
レミリオもそれに釣られて同じ方向を覗き見た。
すると偶然か必然か、玄関からそう離れていない部屋からナターシャが現れた。
彼女はレオンの存在に気付くと途端に頬を控えめな桃色に染め、嬉しそうに半ば駆け寄って行った。
レオンもそんな彼女の姿に、普段の人相からは想像もつかないほどに頬や目元を緩ませて両腕を広げている。
その様子からレミリオも漸く彼らが恋人、或いは夫婦であることを察した。
あの巨体で愛妻家とは、人は見かけによらないものであると思いながらその成り行きを見守っていた。
しかしそこでレミリオとギルバートの中での予想外が起こる。
「はあっ!」
そんな雄叫びと共にナターシャの拳が鎧に包まれたレオンの腹部に直撃し、パァンッという破裂音に似た音が辺りに響いた。
それを受けても尚レオンは幸せそうな笑みを浮かべ、態勢を崩すことなく微動だにしていない。
その光景を見ていたレミリオとギルバートは目を点にし、思わず口を閉じるのを忘れてしまうという間抜けな顔をしていた。
しかしその背後でローレンスはまるで彼らがイチャついている幻覚でも見ているのか、微笑ましげにニコニコと様子を見守っている。
レミリオが驚きのあまり思考を停止したのはほんの一瞬のことで、明らかに異様なその光景に止めに入らなくていいのかと背後のローレンスを振り返る。
今のは愛する者との束の間の逢瀬を喜び抱き締め合う流れであったのではないのか。
数秒の後にレオンの柔らかな印象の笑い声が三人の耳に届き、レミリオは弾かれた様にそちらへと向き直った。
「ハハハッ、鎧に罅が入る程じゃなかったな。俺はまだまだ痛くねえぞ!」
レオンはそう言うなり今度こそナターシャを抱き締めると、それに応える様に彼女も先程彼に殴りかかったのが嘘のように微笑み抱き締め返した。
「旦那様がお稽古をつけてくださるおかげね。それでもレオにはまだ敵いそうにないわ。」
残念そうにしながらもどこか満更でもなさそうに言う彼女に対し、「お前を守る立場の俺が負けてられっかよ。」と、ここに来て漸く彼の口からほんの少し歯の浮くような言葉が出た。
そんな二人の様子を見守っていたローレンスだったが、レミリオとギルバートの肩にそっと手を置き、そろそろ引き上げようと合図をするように視線を右側に流して場所の移動を促している。
ローレンスの焦った様子がないのを見る限り、それがどれほど常識とかけ離れていようと、レオンとナターシャにとってはあれが普段のルーティンの様なものなのだろう。
どうにも理解が追い付かないが、詳しいことを聞こうにも此処で声を出して二人の邪魔をしてはいけない。
レミリオとギルバートは説明を求めるよう目線で訴えていたのだろう。
そんな表情を見て彼女はフッと小さく笑みを浮かべると、廊下の向こうへと歩き出した。
二人もそれに続いて歩き出すよう姿勢を整えると、ローレンスの私室へと足を向けた。