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13話 新たな感情

ローレンスを背負ったレミリオが馬車から降りると、屋敷の門の前で出迎えたギルバートが驚き駆け寄ってきた。

「だ、旦那様!?レミリオ様、一体何があったのです?」

「飲み過ぎただけだから、心配しなくて大丈夫だ。」


レミリオが苦笑いを浮かべながら言うと、彼は安堵の溜め息をつき部屋へ運ぶのを手伝ってくれた。

廊下ですれ違う使用人達も、驚きでじっと見る者や二度見をする者もいた。


ローレンスを部屋まで運ぶと、そのままベッドへ寝かせた。

するとギルバートは悩ましげに考え込む。

「旦那様がここまで我々に隙を見せたのは初めてです。寝顔までもお美し…いいえ、着替えが済んでいませんし起こした方が良いのでしょうか。」


「ナターシャには頼めないのか?」

「旦那様からは着替えに携わるなと仰せつかっています。恐らく性別を偽っているからでしょう。」


だとすると、悩むまでもなく放置するしかない。

しかし軍服姿のままで寝かせるというのも、翌日に身体を痛めそうだ。

こうなったら何が何でも起こす必要がある。


レミリオはローレンスの肩を揺すって声をかけた。

「起きろー、早く起きないとギルバートに裸を見られるぞ。」

「ちょっと待ってください。私を変態みたいに扱うのはやめていただけませんか!?」


ギルバートが騒がしく反論する中、レミリオの言葉にローレンスは反応を見せた。

「んん……それは、まずい…。また、すてられ…。」

それだけ言うと彼女は寝惚けながらもむくりと起き上がる。


特に怒ってはいないようだが、最後に聞こえた言葉が少し不穏なように感じる。

彼女を刺激しないよう恐る恐るギルバートが声をかけた。

「だ、旦那様、着替えてからお休みになってください。」


レミリオとギルバートが心配そうに見下ろしていると、彼女はまだ意識が覚醒しきらないうちに二人を見上げた。

すると彼女はほんの少し口元に笑みを浮かべただけのつもりが、表情筋が緩んでいるせいで二人にはふわりとした微笑みを見せてしまった。


そして彼女はようやくレミリオの言葉の意味を察したらしい。

「ん…あぁ、あれはそういう…私が起きないから着替えさせようとしてくれたのか。ありがとう、貴方達は優しいな。自分で着替えられるから、暫く一人にしてもらえないかな。」


「あ、あぁ、わかった。部屋のすぐ外に居るから、怪我しないように気を付けてくれ。」

彼女の花の舞う様な微笑みを見てしまった二人は、頬が熱くなる感覚がして逃げる様に早足で部屋を出て行った。


無意識だったローレンスは、二人の反応を不思議に思いつつも寝間着に着替え始めた。




レミリオとギルバートはローレンスが着替え終わるのを廊下に立って待っていた。

彼女が酔って怪我をしないか心配でギルバートが聞き耳を立てる中、レミリオは先程の彼女の言葉を思い出していた。


"また捨てられる"とは一体何を表した言葉なのだろうか。

ギルバートの話から、屋敷に一人で暮らしていたことと両親を見たことがないこと、それらから推測するに捨てられたのが物であるとは限らない。

恐らく捨てられたのは彼女自身ということになるだろう。


次々と謎を呼ぶ彼女の存在にレミリオが眉間に皺を寄せながら考えていると、部屋の中から入室許可の声が聞こえた。


再び部屋へ入ると、酔いが覚めたらしいローレンスが普段の調子に戻っていた。

「先程はすまない、見苦しいところを見せただろうか。」


彼女自身は酔っていた時の記憶が曖昧で、何かしでかさなかっただろうかと不安になっていた。

彼女の言葉に真っ先にギルバートが反応する。

「いいえ、いつも通りお美し…問題ありません。」


レミリオは思っていたのだが、彼はローレンスに関する事を聞かれると言葉の途中で咳払いをして訂正することが多々ある。

恐らく訂正する前の言葉が彼の本音なのだろうが、天然なあのローレンスが気付くはずもないのであった。


彼女は騎士団長を名乗っているわりには抜けているところが多い。

元は蝶よ花よと育てられた姫だとクレイは言ったが、それも何となく納得できる気がした。




その日からというもの、ローレンスとレミリオは夕食時にクレイのバーへ通うのが日課になった。

しかし背負われる程に酔ってしまったことを根に持つ彼女は、飲む酒の量を減らした。


日中のレミリオは屋敷にて魔界について知識を得ようと本を読んだり、街に出て情報収集をしたりしていた。

王都には街の住人の他に、商人やローレンスと同じ鎧を着た騎士達が行き来している。


騎士達を目で追っていると、鎧の胸元に刻まれた紋章の色が四種類ほどあることに気付いた。

恐らく階級によって色が異なるのだろう。


赤、青、緑、紫……確かローレンスの紋章の色は金色だったはずだ。

彼女と同じ階級の色を探していたのだが、何処を見ても金色の紋章は見当たらない。

今日は見廻りの日ではないのだろうか。

それとも担当する区域が違うのか。


レミリオが壁際に立って街の様子を観察していると、隣で装飾品を買いに来たらしい男性が店の店主と話している内容が耳に入ってきた。


「そういや、奪還作戦って今は何処まで進んでるんだ?」

「さぁな、早いとこ終わってくんねえと食糧難になっちまうよ。昔に戻りてえなぁ…。」

「第一騎士団長は最強だって噂だが、ちょいと時間がかかり過ぎやしねえか?騎士団なんて率いなくても、一人で十分制圧できるだろうに。」

「あの方にも何かお考えがあるんだろうよ。近いうちに俺らもこんな所から解放されるようになるさ。」


レミリオが魔界に来て四日経ってから知ったことなのだが、ローレンスが言うには魔界に存在する食糧はどう節約しても二年分は無いらしい。

街に来て奪還作戦という言葉をよく聞いたが、一体何を奪われたというのだろうか。


男性と店主の会話によると、奪還作戦が成功すれば食糧難を改善できるようだ。

そう考えると恐らく奪われたのは土地だろう。


レミリオが思うに、魔王は魔界に代わる広大な土地を手に入れる為に天界へ侵攻しているのではないだろうか。

自分を含め、民を生き長らえさせる一つの手段だ。


もし魔界の食糧が無くなった場合、ローレンスや屋敷で出会った彼らがどうなるかは考えるまでもない。

今でも魔族を憎んでいるレミリオだが、姉を殺した魔族とローレンス達は無関係だ。


任務が終わったら女神様へ報告に行こうと心に決めた。

平和的な解決方法があるはずだ。


そう考えてレミリオはふと気付いた。

魔界に来てまだたったの一週間だというのに、既に彼女らに情が湧いている。

このまま長居をすれば、自分もいずれ魔族になってしまうのではないか。


瞬きの間の女性らしいローレンスの微笑みが脳裏を過る。

あの時から一度も見ていない、本来の彼女。


_______救いたい。


魔族を憎むレミリオは、ローレンスに出会うことで憎悪以外の不思議な感情を得た。

まだこの感情の正体が何かはわからないが、庇護欲の一種なのではないかと思う。


敵種族を庇護したいなどとおかしな考えかもしれないが、身元のはっきりしない自分をローレンスやクレイ、屋敷の使用人達は疑うことなく受け入れてくれた。


レミリオは複雑な心境に顔を俯かせ、更なる情報を集めるべく移動しながら街の者達の声に耳を傾けた。

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