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12話 全てを持つ友人

レミリオは自室にて昼食を摂っていた。

傍ではナターシャがじっと此方を見詰めている。

魔界の食べ物に関してはただでさえ食欲を削がれているのに、こうも見られていると更に食べづらい。


耐え兼ねたレミリオはナターシャに声をかけ、自分から意識を逸らそうとした。

「この屋敷の使用人は皆、異能を持っているのか?」


先程まで無言で食事をしていたレミリオから突然声をかけられたことで、ナターシャは驚きながらも答えた。

「へ!?あ、えっと…いいえ、使用人の中ではギルバート様と私、それから私の幼馴染みで旦那様の護衛を勤めているレオンのみです。しかし異能を持つ異能者は貴重なので、これほど集まるのはこの屋敷だけでしょう。」


レミリオはまだレオンと呼ばれる男とは面識がなく、どういう異能を持つのかもわかっていない。

後程ローレンスに顔合わせを要求したいところだ。


そして異能持ちが三人というだけで多いと捉えるのだから、それほど貴重な存在なのだろう。

天界のギフトは女神より授かるものだが、魔界の異能は完全に運任せということだ。


その異能も二種類あることを知った。

ギルバートの異能は外見として表れているが、ナターシャの異能は外見からではわからない。


ローレンスの場合もギルバートと同じく、昨夜見たあの目から推測するに恐らく異能を持っている。

あの目についてナターシャは何か知っているだろうか。

「ナターシャ、ラリーのことが気になるんだ。彼の異能はどんなものなんだ?」


その問いに彼女は考え込んだ。

そもそもローレンスは普段、異能を使っていない。

というより、多彩な魔法が使えるので異能を必要としていないのだ。


そのためナターシャはローレンスが異能を使用しているところを見たことがない。

「え、旦那様の異能…ですか?これはほんの噂なので信憑性は低いですが、魔法精度が高いことから竜人の異能者ではないかと言われています。ただ、そもそも旦那様の種族がわからなくて…。」


竜人族とは、ドラゴンの遺伝子を持った魔人のことだとローレンスは言っていた。

火属性魔法を得意とし、身体の一部には竜の鱗を持っているらしい。

彼らは保有する魔力が他種族より多いことが特徴で、必然的に魔法精度も上がるのだ。


しかしローレンスの左目は竜人族の特徴と一致しない。

ナターシャの気を逸らすことには成功したが、此方まで悩む羽目になるとは思っていなかった。


それに種族がわからないというのは、恐らく彼女が意図的に隠しているからだろう。

見た目は死神に近いが、魔法を得意としていることからしてデーモンだ。

しかし、クレイとは外見が異なるので矢張り竜人族なのだろうか。


どの種族と照らし合わせてもどこかしらが異なる。

彼女は突然変異でもしてしまったのだろうか。


各種族はそれぞれ特定の能力が優れている。

その代わり、彼らには能力の及ばない領域…つまり弱点が存在する。

一目で種族を判別できるようになれば、此方の反撃の手口を掴むことができるはずだ。


その日、レミリオはナターシャから図書室へ案内してもらい、文献を調べて種族の特徴について詳しく調べることにした。




夕食の時間が近くなった頃、正常なレミリオの腹時計が空腹を訴え始めた。

そういえば、夜はローレンスと共にクレイのバーへ行くと約束していた。


そろそろローレンスが仕事を終える頃ではないかと思い、開いていた本に栞を挟んで閉じると図書室を出た。

するとレミリオをバーに誘おうとナターシャから居場所を聞いたローレンスが、角を曲がって此方に向かって来ていた。


「リオ、丁度良かった。バーに行こう。」

「そうだな、そろそろだと思って準備してあるぞ。」


二人は並んで廊下を歩く。

ローレンスは昨日と変わりなく歩いているが、レミリオは落ち着きなく彼女をチラチラと見ていた。


隣で歩いていても、彼女の背格好は男性そのものだ。

身長がやや低い程度でそれ以外は何ら違和感はない。


ローレンスはそんな視線に気付いていたが、彼が声をかけてくるまでは何も言わないことにした。

彼の考えていることが何となくわかった気がしたからだ。




互いに何も語ることなく、カーテンのかかった馬車の中で目的地への到着を待った。


バーへ到着すると昨日と同じくローレンスが先に馬車を降り、その後に続いてレミリオも降りる。

店の扉を開けると、カランコロンと鐘の音が響いた。


ローレンスが来るからといつも通り準備をしていたクレイは、鐘の音に反応をして顔を上げる。

来店する二人の姿を見て明るい表情と声色で歓迎した。

「あら、二人ともいらっしゃい!今日のメニューはオムライスよ。」


クレイに促されるまま、二人は昨日と同じ席に座った。

「いつもありがとう、マスター。そうそう、聞いてくれない?出会って半日でバレたんだけど。」

ローレンスは席に着くなり昨夜の件について話し始めた。


その一言を聞いたクレイが驚き半分で笑い出したのを見て、ローレンスは不満気に声を上げる。

「あら、ラリーって案外お間抜けさんだったのね。」

「わ、笑い事じゃないんだぞ!本人は隣に居るけれど、その…正直、嫌われるんじゃないかって思ってて…。」


どうやらクレイは彼女の正体を知っていたらしい。

ローレンスはレミリオの顔色を窺う様に視線を向けた。

レミリオは彼女の言動で、先程までの沈黙の理由を何となく察した。


「だから無言だったのか…。俺はラリーが女性だったからって、友達を辞めたりはしないぞ。理由だって、ラリーが隠したいなら詮索はしない。」


理論的に言えば、彼女の友人を辞めたらそれこそ行き場がない。

しかしそれ以上に感情は膨らんでいたもので、ローレンスという女性に興味が湧いた。


例え彼女が今回の調査の対象でなかったとしても、共に過ごすことで得られる情報は多いはずだ。

レミリオは彼女へ向けて、安心させるように笑みを浮かべ頷いて見せた。


クレイは二人の様子をどこか安堵の表情で見ながら、出来上がったオムライスにケチャップでハートを描いた。

オムライスとは言っても黄色いライスを緑色の卵で包んだもので、仕上げのケチャップは…これは赤かった。


彼はオムライスを差し出した後、二人分のカクテルを作りながら話題に乗った。

「性別が変わってもラリーはラリーでしょ?もしリオちゃんがこの程度でお友達辞めるって言い出したら、アタシが地獄に送っちゃうんだから。」


レミリオはさり気なくリオちゃんと呼ばれたことに気付き反応しようとしたが、その後に続く言葉に衝撃を受けると同時に思った。

ラリーのあの脅し方はもしや彼の影響なのではないか。


レミリオとクレイの言葉に、ローレンスは俯きながらも嬉しそうに口元を緩めていた。

クレイはこういう性格なので心配はしていなかったのだが、レミリオには受け入れてもらえないと思っていた。


けれど彼は真正面から肯定してくれた。

ギルバートも二人で仕事をしていても、特に態度や自身に対する感情が変わった様子もない。

仲間に恵まれていると改めて実感する。


その後は互いに緊張が解け、酒を飲みながら夕食を摂って他愛もない話をした。


ローレンスは普段、街の見廻りや王の護衛、暴走した魔物の討伐を主に行っているらしい。

例外として時折、天界へ送り出されるのだとか。

レミリオは何度も前線で応戦をしてきたが、これまでローレンスらしき兵を見たことはない。


しかし考えてみれば、彼女は罪もなく武器も持たない一般の天使達を傷付けられる性格ではない。

ただでさえ攻撃魔法に長けた魔族の中でも最強と言われる彼女が好戦的であった場合、天界は今頃、焼け野原と化していただろう。

恐らく何らかの方法で戦場での目立った戦闘を避けているのではないかと考えられる。


そうして話していると、酒が回ったのであろうローレンスは緊張が解けたせいか段々と任務に対しての不満を溢し始めた。

「本当、王は何もわかってない。団長としてお飾りだけでもいいから天界で暴れて来いって言うんだよ?魔物相手でも殺すのは嫌だって、いっつもいっつも言ってるじゃないか!ばか、我が王は矢張り馬鹿なのだ!」


おい、好きで団長やってるんじゃないのかよ。

レミリオは喉元まで出かかった言葉を寸前で飲み込んだが、それと同時に困惑した。

これまでの彼女とは比べ物にならない程に緩んでいる。


普段の少し低く作っている声も、今は本来の彼女の声に戻って女性であるとわかる程度になった。

それほど量は飲んでいないはずだが、もしや彼女は酒に弱いのだろうか。


そう考えていると、クレイが楽しそうに笑った。

「ふふ、いつものが始まったわね。アタシね、ラリーの愚痴が聞きたくてこうやってちょっと強めのお酒を飲ませたりするの。彼女の聞いてると面白いわよ。」


「いやお前の仕業かよ!お、おーい、ラリー?酒は程々にしろよ?」

レミリオはこれに関しては耐えることができず、思わず声を上げてしまった。


心配になってローレンスの肩を軽く叩くが、聞こえていないのか日頃の文句が止まらない。

「こんなの、飲まなきゃやってられないじゃないか。」


なんだか人間界で聞いた様な台詞だ。

レミリオは何かと苦労している彼女の話を聞いて、敵ながら不憫に思った。

だがそれと同時に、冷たい雰囲気を纏っていた彼女も我々と同じ心を持った存在なのだと感じた。


そう思うと、クレイの言っていたことが何となくわかった気がした。

確かに得意の冗談や皮肉混じりの彼女の愚痴は聞いていて面白いのだ。




暫くしてクレイがローレンスの異変に気付いた。

「ラリー、今日のアンタってなんだかいつもより酔ってない?度数は同じはずなんだけど…。」


普段のローレンスなら一人で問題なく帰れる程度しか酔わないのだが、今の彼女を見る限りこれは泥酔だ。

酒の入ったグラスを手に取ろうとした状態でテーブルに突っ伏して眠ってしまったのである。


因みにレミリオはローレンスは普段からこうなのだろうと思っていたため、クレイが心配するまでは何ら違和感なく話していた。

しかしよく考えてみれば、普段から泥酔では一人で帰れないではないか。


今日は二人で来たからいいのだが…とはいえ、肩を貸さなければならないのは自分なわけで。

女性一人抱える程度はどうということはないが、矢張り歩きづらくはなるのでレミリオは溜め息を吐いた。


するとクレイはカウンターに頬杖をつき、ローレンスに優しくも悲しげな眼差しを向けて語り始めた。

「ラリーはね、戦闘が見込まれる任務の直前には必ず此処で少しお酒を飲んで行くの。誰かを守る為に誰かを切り捨てなきゃいけない。そんな罪の意識から逃れたくて。当然よね、元は蝶よ花よと育てられたただのお姫様だったんだから。最強の騎士って呼ばれてるけどね、アタシは思うの。全てを持ってるって、持つ者の責務を果たす為に全てを失うってことなんじゃないかしら。」


レミリオからすれば、ローレンスは全てにおいて恵まれた幸せ者だと思っていた。

悪夢を見ることもないのだろうとも思った。


しかし実際の彼女は全てを持つが故に全てを失い、代わりに多くのものを背負っていた。

斬り捨てた屍を踏み越えても尚、出来たその山を振り返って忘れることができず嘆いている。

そしてこれから先も、ずっと背負い続けるのであろう。


レミリオが彼女の行く末を憂いた時、そんな雰囲気を吹き飛ばす様にクレイが言った。

「この子、どんなに強いお酒飲ませても酔い潰れたことなかったのに…リオちゃんが一緒だからかと思うとなんだか妬けちゃうわ。」


逆にそこまでして酔い潰したかった理由を聞きたいところだが、触れないでおこうと思った。

今はとにかく彼女を屋敷へ連れ帰らなければ。


お代はツケが効くとのことだったので、そのままローレンスを背負って帰りの馬車に乗り込んだ。

その時に御者が酔い潰れたローレンスの姿を見て、驚いていたのは言うまでもない。


揺れる馬車の中、ローレンスはレミリオの肩にもたれかかってまだ眠っている。

レミリオは先程のクレイの言葉を思い出していた。

自身が情報収集を終えて天界へ戻った時、彼女は初めてできた友人を失うことになるだろう。


そう思うと胸がズキズキと痛み、息を詰まらせたレミリオはそれに耐えようと胸元を手で押さえた。

ローレンスの友人という肩書きは、レミリオが思っていたよりも重たいものだったのかもしれない。

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