第三部 第八章
「魔獣との交渉ってそんなにおかしい話なんですか? 」
寄生魔獣の子猫達を可愛がっていた天音がそう聞き返した。
ヘンリー騎士団長の態度が交渉とかあまりにあり得ないって感じの態度だったので、ちょっとカチンと来たのだろう。
「いやいや、魔獣ですぞ? ……ああ、異界から来られたのですな。それならば仕方ないですが。人族は神によって作られたものです。それに対して魔獣は悪魔によって作られたもの。それの双方が交わるとは思えないのですが。交渉などあり得ないでしょう」
ヘンリー騎士団長の言葉は決定的だった。
つまり、宗教的な考え的にもあり得ないという事か……。
陸がそう理解した。
となると根が深い事になる。
そして、この口ぶりだと、やはり悪魔と呼んでいるが、魔獣の神の存在はいるらしい。
これは陸にとっては朗報だった。
「でも、彼らだって必死に生きてますよね。それならば分かり合う事も出来るのではないでしょうか? 」
猫好きゆえか天音が必死だ。
「いやいや、成り立ちが違うのですよ。神と魔とは。ですから、それが話し合いなどと……。妙ですな。本当に女神エルティーナの密命なのですか? 」
ヘンリー騎士団長が少し疑い深げに陸を見た。
「ええ。これは我々の世界の思考です。考え方の違いはありますが、我々と魔獣と共存できないかと戦う前に話し合いを持たれてはと実は私の方から提案いたしました」
そこで陸が素直に本当の話をした。
「やはり……」
ヘンリー騎士団長がそう納得したような顔をした。
もう、根本から思考が違うようだ。
陸はそう理解した。
「我らの世界にも神と魔はあります。それは全ての人の心に対応するようにあるのです。人間は光だけでは生きていけません。闇もまた光がある以上必然として存在するものなのです。片側だけでは存在できない。それが向こうの世界の神と魔の摂理です」
などと、陸が説明する。
まあ、日本人ならではの考えかもしれないが、一神教からしたら、日本の漫画などは海外では何故悪魔が正義にって衝撃を受ける様な感じで受け取る人がかなりいるそうだから、それの強固なものなのだろう。
これだと多分自分の意見は受け入れられないかもしれないと思いつつも、異界の者だと理解して話してくれているので、そのあたりを許容してくれると思って陸が話す。
多分に日本的な仏教の解釈が混じった感じの考え方になるが。
陸の話をヘンリー騎士団長が少し考え込んだように見えた。
「は? 」
天音が凄い顔していたので、慌てて、陸が肘打ちして誤魔化す。
天音は天音で宗教めいたことをいきなり陸が言い出したので唖然としていたのだが、それをヘンリー騎士団長に見られるとややこしくなるので陸も必死だ。
この僅かの会話だけで、魔獣と交渉自体がどれほど双方にとって信じられない事であり、異常な話なのか理解して目の前が暗くなった。
人間同士なら戦略的には大敵と言えど、交渉の余地はある。
しかし、それは人間同士の話であり、この世界の人族と魔獣の間には存在しないという事だ。




