3.ハロゥキティをあがめたくない
俺にとって悪い夢のようなあの出来事から三日後の夕方、帰り際にロッカールームに寄った。ここに来ると嫌でもあのレインコートが目に入るのだが、他にリュックの置き場所もないので仕方ない。
ロッカーからリュックを取り出したところでスマホの振動に気付いてポケットから取り出す。
画面を見ると童部のチャンネルのアップロード通知が来ていた。
「ああ、もしかしてあのとき撮った動画を上げてくれたのか」
動画を開いてみると雨に濡れたこのビル近くをハロゥキティがプリントされたレインコートを羽織って走る俺の横顔が映っていた。
目元にモザイクが入っているのは童部の気遣いだろう。
何故か音声が入っていないのが少し気になるが。
動画開始から数秒後、童部の声が入った。
『皆さんこんにちは~。今回は宗教法人キティ・ラブ札幌支部長さんのインタビューです~。本日はよろしくお願い致します~』
こいつ何言ってんだ!?
フリーズした俺の思考を置き去りにして、画面内では俺がスマホの方に顔を向けて口を開いた。
『キティ・ラブ札幌支部長ですっ。こちらこそよろしくお願いしますっ』
俺の声真似上手いな!?いやそんなこと言ってる場合じゃない!あいつ勝手にアテレコしやがった!
『キティ・ラブの宗旨や活動など教えていただけますか?』
『はいっ、我々キティ・ラブの信者は“ハロゥキティへの愛が世界を救う”との宗旨のもと、布教活動に日夜勤しんでいますっ』
『具体的にはどのような活動でしょう』
『まずはこのようにハロゥキティのプリントされた衣服をまとい、世間にアピールすることですねっ』
俺が好き好んで着てるような台詞止めろ!
『時間があれば周囲にもハロゥキティへの愛を説いてますねっ。会社の昼休みとかっ』
会社でハブられるだろ!あと支部長は会社に勤めてる設定なのか?
『“総本山大礼拝”の出席も欠かしませんっ』
俺みたいなデカい男があのコンサート会場で独りではしゃいでたら怖えーよ!
その後も動画は続き、最後の曲がり角に入る直前まできた。
『それでは最後に一言』
『まあ、浦安のネズミなんぞには負けませんってことですねっ。本日はどうもありがとうございましたっ。キティラァァァブッ!それじゃ!』
危険な台詞吐くな!ディ〇〇ーに怒られるだろ!あと最後の“それじゃ!”だけが実際の俺の声なのが腹立つな!
『こちらこそありがとうございました~。本日は宗教法人キティ・ラブ札幌支部長さんのインタビューでした~。それでは皆さんさようなら~』
そこで動画が終了した。
「……童部えええええっ!貴様あああああっ!」
俺はロッカールームを出て叫ぶと一気に階段を駆け上がり、童部の勤める会社のオフィスに入る。さすがにそこで怒鳴り散らすわけにもいかないので最後の理性をかき集めて努めて冷静に尋ねる。
「失礼します。童部さんはどちらへ?」
「美紗姫お嬢様なら、滝田様の叫び声を聞いてエレベーターへダッシュしていきましたが」
“お嬢様”!?あいつこの会社でどういう立場なの!?いや今それはどうでもいい!
階段を駆け下りて外へ出ると少し先に走っていく童部の背中が見えた。
そこに丁度自転車に乗った加戸村が外回りから帰ってくる。
「借りるぞ!」
加戸村から自転車を強奪する。
「えっ?いや、この後も使うんだけど……」
加戸村の声を無視して自転車に乗って走り出す。済まん、加戸村。今は説明している時間が無い。
「待ちやがれこの座敷童があああああ!」
◇◆◇
それから1時間かけて童部を取っ捕まえ、さらに2時間説得して動画を消させた。
なお、俺は気付いてなかったが、あの動画をアップして1分後、ちゃんと事情を説明した“本編”もアップされていた。
「本編だけアップすれば良かっただろうが!」
「……あれで注目されれば本編の方も見てもらえるかなと……」
「そんな言い訳が通用するか!この座敷童が!」
「……言い訳じゃないし座敷童じゃない……」
「やかましい!」
しかし、実際に“本編”は童部の他の動画よりも再生数が伸びた。また、俺も開き直って仕事先でこの話をネタにしている。
なので童部には感謝しているのだが……それを本人に言うのも悔しいので、傘のお礼という建前で当初の予定よりちょっと豪華なランチでも奢ってやろうかと思っている。
ハロゥキティをあがめるよりも座敷童にお布施出したの方がご利益ありそうだしな。