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毎日三食、僕の部屋で充電する彼女  作者: 鳩芽 すい
一章「また、生まれ落ちてしまった。」
3/10

3.「個体名」

 目が覚めた。死んだあとの続きはまだ続いていた。

 なにかがぽっかり抜けたような感覚。抜けた中身が何だったのかも分からず、ただ体内に空洞を抱えている。僕の中には何もなかった。


「あ、と……」


 僕を夢から起こした正体に気づく。

 再びの、彼女だった。


「おはよ」

 目が合わないまま、声をかけられる。


「、ぅん……」


 僕を怖がらせないようにか、彼女は目を明後日の方向に向けた。これでようやく僕は彼女をじっくりと観察することができる。彼女の瞳は見えない明日を睨むようだった。人嫌いの僕が読み取った情報なんて当てにできないけど、僕と同じ匂いを感じたのだ。だから、僕に理解できたのかもしれない。


「ね、なにか私に訊ねることない?」

「どうして」

「おお」


 ぱちぱちと瞬きをして、目線があった。慌てて頭ごと逸らす。


「話せるんだ」

「まあ」


 独り言なら、たくさん自室で呟いてきたことだし、発声の仕方は忘れていない。人嫌いなのに人は恋しかったりするから。


「それで。どうして、か」


 僕の言葉を彼女は反復した。


「私、ロボットなんだけど」


 彼女のほうを見てしまって、また目が合う。はじかれるように逸らす。


「マスターが」

「えっ?」

「あ、きみのことじゃなく」

「そう」

「マスターが言ったから、かな」

「……ああ、僕の母親か」


 合点がいった興奮から、2歳児以上の二語文が零れた。

 なんとなく、わかる。僕と現実世界の繋がりがあるのは母親くらいのものだから。それに内の母親はロボット技術者だったことだし、その母親が僕のことを気にかけるかは別としてそれくらいしか思いつけない。


「そ、マスターはきみのお母さん」


 正解したらしい。ところで、目の前で滑らかに動く彼女はロボットだったのか。今も充電ケーブルがつややかな髪のなかから、ぴんと存在を主張しコンセントまで伸びている。


 信じられはしなかったけど、核心に近づく気にもなれなくて。他人に触れるのが怖いとか、臆病なくだらない話。


「それで。なにか私に訊くことない?」

「え……」

 何のことだかわからない。


「僕はなんで死んでな」

「名前」

「う」

「な、ま、え!」

「え、と……」

「……」


 無言で見つめられている、というか半ばにらみつけられていた。

 追い詰められる。仕方ない。縄に吊られたとき以上に勇気を要したが、意を決する。衆人環境でどこかの舞台から飛び降りるつもりで。


「名前、なんて……いうの」


 その三語を発するのに肺から胃まで全ての空気を使ったのに、尻すぼみに掠れていった。

 おそるおそる、彼女の様子を窺う。

 目に映ったものが、信じられなかった。

 僕は、笑顔を向けられてしまった。


「シラピ」

「あ」

「私はシラピっていう。瑞素と同じできみのお母さんからつけてもらった名前」


 うずくまって顔を膝でおおう。みっともなく残留している僕の矜持は見せたくなかった。


「あ、えっと、その、あー」

 シラピが慌てている。


 僕は困らせたくなくて、顔をおおったまま名前を呼んだ。

「シラピ」

「……うん」


 シラピは諦めたのか、そのまま壁にもたれた。

 時間が過ぎる。僕は、初めての感情を持て余していた。膝を抱えて視界は真っ暗なのに、この世界に虹が架かっているように思える。僕はどんな表情をしているだろうか。自分を認識するのが怖くて、鏡は今でも見られないけど。まあ、しばらく命を絶つことはできないだろう。僕を浮世に繋ぎ止めるものができてしまったのだから。

 まだ嵐が吹いている。生温かい、手放したくない嵐だった。

 落ち着いて、なんとか顔を挙げられるようになって、ようやくシラピをみた。

 シラピは僕の顔をみて、ほっと安心したようだった。


「そろそろいかないと」

 ケーブルが髪から外れて、シラピはいう。


「これ、最後の弁当だから」


 玄関先に置いてあったそれをもってきたのか、シラピは宅配弁当の黒い箱をこちらに差しだした。


「じゃ、また」

 ドアを開いて、再びシラピは僕の視界からいなくなってしまう。


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