六十八話 :シャンネルの奇跡
殺気すらも呑み込み、異形へ姿を変えたフローラル。
部屋に立ち込めているのは、静寂と緊張。耳の奥でうるさくなる心臓の音が、透き通るように聞こえてくる。喉が渇く、からからとして唾が溢れて出てくる。
「君たちが死ぬまで、あと何分かな? 1分かな?1分だね、今僕が決めたから、そうなるよ」
スキルの共有があと1分で切れます。
目の前に表示されたのは、絶望までのタイムリミットだった。今スキルの共有が切れたものなら、1分も持たずに死んでしまうだろう。
「……フローラルお前が、倒れるのもあと1分だ」
「とうとう正常な判断も、出来なくなっちゃった? あはは、可哀想だね〜」
虚勢を張るしかなかった。絶望を表に出してしまえば、全身が包まれ、まともに動けなくなってしまう。ならば、嘘でもいい、大丈夫だと脳に錯覚させればいいんだ。
2人もスキルが1分しか持たないことを理解している。
「じゃっ、死のうか」
踏み込みだけで風圧が起き、硝子が割れる。飛び散る破片が光を反射し、太陽の光が部屋に射す。
突き出してくる拳を、飛び出し3人で受け止めるが柱に突き飛ばされる。
防御魔法を張った3人でも受け止めきれない腕力を持つ、スキルが消えてしまったのなら、俺たちは肉片になり、この部屋に散らばることだろう。
死、というのが明確になる。一瞬でも気を抜けば、この世からおさらば。
殴られたら、吹っ飛ばされる。それを永遠に繰り返し、体は傷ついていく。攻撃に転化しようとしても、力の差で伏せられる。
時間だけが過ぎていき、絶望への足音が後ろから近付いて来る。
スキルの共有があと30秒で切れます。
30秒。それはあまりにも短すぎて、儚いものだった。勝てる筋が、1つ、1つと音を立てずに消えていく。
スキルを1つ消費して、スキルを1つ作れます。どうしますか?
前に現れた、起死回生の表示。けれど、これをしてしまったら……2人のスキルも消えてしまうのでは。
「……2人とも表示が見たか!?」
「あぁ、こんなに時間無いんだな!」
「えぇ! このままじゃ、ジリ貧です!」
……この反応。2人には見えてない……?スキルを1つ作れるのならば、ジリ貧から脱せる。なのに、このまま、か。
この表示をされているのは、俺だけなのか。なら……やるしかない。
スキルを作る。
承知しました。消すスキルを選んでください。選べるのは、剣聖になった際に持っていたスキルだけです。
鑑定士
二代目剣聖
剣聖の加護。全てのステータス上昇
剣の使い手
神魔法の練達者
全てを見通す力
神通力
荳?莉」逶ョ蜑」閨悶r蛟偵@迚ゥ
…… 荳?莉」逶ョ蜑」閨悶r蛟偵@迚ゥは消せるのか?
消せません。
なら、剣の使い手を消す。
承知しました。剣の使い手を消し、新しいスキルを作ります。作るスキルの内容と名前を言ってください。
シャンネルの奇跡。内容は、シャンネルがフローラルに支配される前に全て戻る。
1度しか使えないスキルになりますが、よろしいでしょうか?
もちろんだ、やってくれ。
承知しました。スキルを形成します。
スキルを獲得しました。シャンネルの奇跡。
……スキル発動。シャンネルの奇跡。
「これで終わりだっ……」
「……消えた?」
「あれ……?」
スキルの共有が切れます。
フローラルは塵1つ残さずに、光になり天へ昇っていく。これでシャンネルは過去に戻っていき、汚名を被された王様も帰って来れることだろう。これで良かったんだ。
「……これで終わったんだ。 全部終わったよ」
「……カイン何をしたんや」
「……カインさん、どうして急に消えたんですか?」
2人は突如として消えたこの状況に困惑しつつも、こちらに顔を向ける。2人の声色は優しかった。聖母のような安心さえも覚えさせるような声だ。
「何もしてないよ、ただ戦いを終わらせただけ。 全て元通りだよ」
「まさか、自分の何かを犠牲にとかか? そんな都合のいい話があるはずがないんや、もう一度聞く、何をしたんや?」
「……カインさん?」
眉をひそめ、心配そうに2人はこちらを見てくる。こんな顔をされてしまったなら、言うしかない。
「……スキルを1つ犠牲に、この状況を打開できるスキルを作った」
「スキルを犠牲にスキルを作った? 訳が分からんが、お前だから出来たんやろう、それに大事なスキルを犠牲にしてまで。 お前はしゃーない奴やなあ」
「スキルを犠牲に……。 ごめんなさい、は違いますね。 私たちを守ってくれたんですから。 ありがとうございます、ですね」
2人は俺のやった事を最初から、分かっていたように喋る。叱ることもなく、俺のやったことを真正面から受け止め、優しく包み込んでくれる。目頭が熱くなるが、ぐっとこらえて勝ちの笑顔を浮べる。
「でもな、次からはそんな事しなくてもいいようにちゃんと鍛えような?」
「……おう!」
激闘の末、俺たちは勝利を掴んだ。
◇◇◇
「うーん、そのスキルを消したかあ」
ではまた。
 




