四十九話 :2人の旅路
重い……。鉄のように重くなった体は重力に従って、下に落ちていく。
暗い部屋のような場所。目が覚めるとそんな場所にいた。
「ラリン……?」
誰もいない。ジンもラリンも。どこへ行ってしまったのだろう。何も思い出せない。
『アルリット〜行くぞ〜』
『待ってくれてもいいじゃない、そんなんじゃモテないわよ』
目の前に突然現れた、不透明な硝子のような四角いもの。それは宙に浮いていて、2人の少年少女――クリン・アルバルクとアルリット・リアルを映していた。暗い部屋に光が灯る。
映像は二人の顔だけを映し、次々に場面を変えていく。クリン・アルバルクは、見たこともない服を着ていて、黒髪で少しだけつり上がった目尻のせいか人相が悪く見える。打って変わってアルリット・リアルの方といえば、黒いローブに黒い色の帽子を被っており、魔法使いを体で表しているようだった。
背景は、海の中で目を開けた時のようでちゃんと見えてなかった。
『なあ、あの国本当に大丈夫かな』
『やれることはやったわ。 あとは国次第よ』
どこかの国を心配するクリン・アルバルク。けれど、アルリット・リアルは心配をしていないようだった。無関心とは違う感情を抱えているように、見えた。
また場面が変わっていく。映し出されていくのは、2人の旅の様子ばかりで、俺は2人の旅を疑似体験しているように感じる。
『なんで! お前が!』
『』
尖り声を上げ怒りをあらわにするクリン・アルバルクの目線は、一緒に笑って旅をしていたアルリット・リアルに向けられていた。しかし、聞こえるのはクリン・アルバルクの声だけで、アルリット・リアルが何を言ったかは分からなかった。
「これが俺たちの過去だ」
不透明な硝子が割れ、現れたのは剣聖クリン・アルバルク本人だった。顔だけちゃんと形成されており、体と手足は透明で、ゴーストのようだった。
夢と見ているようで、全てが不確かなこの部屋に不確かな存在が一つ増える。何故、アルリット・リアルはこの場に来ていないのだろうか。
「……クリン・アルバルク?」
「長いから、アルバルクって呼んでくれ。 それに時間もない」
時間が無いというアルバルクの姿は、徐々に透明になっていく。この透明が完全になってしまったら、アルバルクは消えてしまうのだろうか。
「どういうこと? アルバルク?」
「お前以外と、適応早いんだな。まあ、いいや。 俺と君は、今別世界にいる」
「別の世界?」
この暗い部屋は、別の世界なら、さっきのも別世界の映像なのだろうか?分からないことだらけで、頭がパンクしてしまいそうだ。
「そうだな。 精神の部屋とでも言っておこう。 お前は二代目剣聖になった。 でも、それは紛い物の力だ。 力は俺と同じだが、スキルは別物だ」
「待ってくれ、どういうことだ? 詳しく説明をしてほしい」
二代目剣聖は紛い物?分からない。どういうことなんだ。けれど、アルバルクは時間が無いから詳しくは説明は出来ない、と言う。詳しく説明をしてもらわないと分からない状況なのに、分かる人間が説明をしてくれない。困ったもんだ。
「でも、大丈夫。 お前の持つスキルはいつか役に立つ。それにラリンもいるから」
「ラリン?」
ラリンは、アルバルクの子孫。関係はあるが、俺のスキルとは関係は無いはずだ。しかし、聞いても時間が無いと言われ、答えてはくれないのだろう。
「そうだ。 ラリンがいれば大丈夫だ。 魔物は俺が抑えておく。 お前は先に魔教徒を潰してくれ。 アイツらは邪悪な存在だ。 俺も過去にアイツらを潰したんだが、懲りずにまた復活しやがった。 しぶとい奴らだ」
アルバルクの体の透明度は、危険信号を出しており、時間が少ないことを知らせていた。
「なあ、なんで今急に現れたんだ?」
「……気まぐれだよ。時間だ。 じゃあな、後輩。 それと、リアルには気を付けろよ」
「……後輩? なあ、リアルに気を付けろ……って……」
アルバルクは最後に訳の分からない言葉を言うと消え、それと同時に俺の体は釣竿に引っかかった魚のように上へと強く引っ張られていく。
結局なんでアルバルクが現れたのかは、わからずじまいだ。
「……カインさん! 良かった起きてくれて!」
目を開けるとそこは暗い部屋ではなくら顔をしわくちゃにして泣くラリンがいる白い部屋だった。
「いてて、どんぐらい寝てた?」
「3日です。 死んでしまったのかと思いましたよ」
「そんなに寝てたのか……」
アルバルクと話した記憶は、確かにちゃんとあった。あれは夢ではなかったようだ。3日も寝ていた俺はその間、アルバルクと話をしていたのか。そのことは一旦置いて、ジンの姿が見当たらない。
「ジンは?」
「町の復興作業してます」
「そっか。 それじゃあ、ずっと寝てるのも体に悪いし俺たちも、復興作業手伝いに行くか!」
「はい!」
復興作業を手伝うため、ラリンと部屋を出て行く。町はボロボロで来た時の美しい景観は無くなっていた。黒い体液と血が染み込んだ大通りには、2人の墓が建てられていた。
俺はその前に立ち、手を合わせる。早く行けなくてごめん。そっちでゆっくりしてくれ。
「お! カインやないか! 目覚めんたんか! 心配したんやで!」
ジンは俺を見つけるやいなや、背中をバシバシと強く叩く。しかし、余程心配をしていてくれたのだろう。顔には安堵の表情が漏れていた。
「ごめん、ジン。 でも、もう元気やで!」
「よし、それじゃあ瓦礫どかしますか!」
俺たちは、町に転がっている瓦礫を一つ一つ手作業でどかしていく。
ではまた。




