四十二話 :雨の降る泥の死合
エクリーン領地の話あとちょっとだけ続きます。
二人を倒したが、まだラウラは生きている。それに、コイツが倒れる前に言った名前、ラウラというのが偽ドルゴスの本当の名なのだろう。
ジンとラウラは、まだ一緒にいるはずだ。早く向かわないと。
「二人とも無事やったか! 剣と剣が交わる音が聞こえてな、慌ててドルゴスの元を離れてこっちに来たんや。 無事そうで何よりや。 って、なんや! 顔をぺたぺた触って!」
心配していたジンが笑顔でこちらに駆け寄ってくる。一瞬幻か夢を見てるんじゃないかと思い、顔をおもむろに触ってみるがジンの顔には熱が確かにあった。そして疲弊した体は必死に息をしており、夢ではない。そう確信が持てた。
「生きてる……良かった」
「なんや、なんや。 人をグールかバケモンみたいな言い方して。 ちゃんと生きてるわ、ほら足も付いてるやろ」
ジンは状況が呑み込めてないといった感じで、足がちゃんと付いていることを見せてくる。
一から十まで話している余裕は今はない。だから、簡単に何があったかをジンに話す。
「なるほどな。 俺めっちゃ危なかったんや……良かったあ。 無事で」
「本当だよ。 でも呑気に話してる暇もない、早くアイツを倒さないと」
自分が危ない状況下にいたことを知ったジンは、胸をなでおろした。そりゃそうだろう。知らず知らずのうちに、死線へと行っていたのだから。
しかし、悠長に話してる暇もない。いつラウラが俺たちを襲ってくるかも分からないこの状況下で、気を弛めることは許されない。
「おっと、皆さんお揃いで。 まあ、元々ここにいることは分かってましたけどね。 お話……いや、遺言は終わりましたか?」
空から身の毛がよだつような殺気と威圧感を放ち、手には棍棒らしきものを持ち、黒装束の服を身にまとい、頭は緑髪でその威圧感とは似合わない細身の体の男が宙に浮いていた。
その格好は、奇しくも俺の村を襲った奴らに似ていた。
「ラウラ……」
「おっと、もう名前を知られていましたか。 では、もう一度自己紹介をしましょうか。 私は、魔教徒第五使徒ラウラ・キラベル。 以後お見知りおきを」
「魔教徒……?」
「おや? ご存知ではない? では私がお教えしてさしあげますよ。 魔教徒とは、魔王様の復活を待ち、その日が来るまで人間たちを殺すために出来たいわば宗教みたいなものです。 そして、時は満ち。 魔王様は復活しこの世に降臨なさった! だから、君たちは邪魔って訳ですよ」
俺たちを人間としてこいつらは見てない。今もそうだ、あの目は人ではない何かを見る時の目だ。
「……一つだけ聞いていいか。 なんでお前たちはそんな事をする」
「なんで? 決まってるじゃないですか。 崇高なる魔王様の前に、知能の低い猿どもはいらないんですよ。 だから、さっさと死んでください」
人間を人間として見てない。自分もその中の一人だと言うのに、魔王は崇高なんかじゃない。人を蹂躙し、それを笑い一種のショーのように楽しむ、非道な奴だ。
「お前も人間だろ。 なんでそんなことが言えるんだ!」
「何を言ってるんですか。 私は、人間じゃない。 ほら、この通り」
ラウラが、腕を横にひと振りすると地面が抉れ木々たちが揺れる。その様子は、人間業。とは言えなかった。
「ほらね? 私は魔物になる改造を受けたんですよ。 人間をやめた、人工魔物といったところでしょうか。 君と話すのは飽きました。 さっさと死んでください」
先ほどと同じように腕を振り、地面を抉りながら風が飛んでくる。あれを受けたら、俺たちは粉々になるか二つに体が割れるかの二択だろう。
そして、その未来は体が粉々になる。頭の中に流れ込んでくる、数秒先の未来。全てを見通す力が、この後どうなるかを見通した結果だ。
「スキル発動! 神魔法の練達者! セイクリットウォール!」
最悪な未来を阻止するために壁を四重に作るが、容易く割られる。風の威力は半減出来たが、それでも俺たちは後ろへ吹き飛ばされる。
「弱いですね。 あの程度も防げないとは」
ラウラは、力の半分も出てないと物言いで、倒れた俺たちを見ながら嘲笑する。
……勝てない。頭に敗北が過ぎる。力の差は、今の一瞬で悟り、勝てないと体が言う。
「……へっ、あの程度で倒れるわけないやろ」
「そうですよ、ほらピンピンしてますよ」
ジン、ラリンは笑って立ち上がる。立ち上がった背中からは、負けない。負けてはならない意志を感じる。
折れてどうするんだ。まだ二人は諦めてないじゃないか、あのひと振りで諦めたらダメだ。
立ち上がれ、膝を屈するな。笑え。
「ちょっと足が地面に付いただけだ。 かすり傷でもないよ」
体はもうボロボロだ。戦える余力はもうないに等しい。それでも、屈するな。最後の最後まで足掻け。
それが、剣聖たる俺の役目だ。いや、俺たちの役目だ。
「……ふぅ、憲兵式空手大安」
「徒手ですか……。 私に素手で勝てるともでも? クリン・アルバルクはその使い手と聞きますが、あなたはそうじゃない。 無駄死になるだけです」
ジンは、手を前に突き出し地面に足をしっかりつけ構える。
空手とは、クリン・アルバルクが得意とした拳法で数多の魔物をその手で屠ってきたと言われており、その拳法は今も受け継がれている。
「生憎。 俺はこっちの方が得意なんや。 この気とかいうやつを、全身に回すのが天才的な才能でな。 二人は、後ろで休んでな。 俺がここは引き受けた」
「でも!」
「大丈夫や。二人はボロボロやろ? 子供は大人を頼るもんやで。 だから、任せとき」
ジンは笑って言う。今のジンに何を言っても無駄だろう。言ったら殴られそうな勢いだ。俺は、頷いて「分かった」と言う。
「話は終わりましたか? さっさと、かかってきてくださ……」
「喋ってる暇があったら、前を見てください」
ジンの口調と雰囲気が変わり、拳がラウラの頬にあたり一回転し、地面に落ちそうになるが手を付き着地をする。
口に溜まった血を吐き出し、怒りを露わにする。
「……ふざけるな。 ふざけるな! 拳ごときで、私を倒せると思うなよ!」
「ふざけてると思うなら、かかってきてください」
棍棒を持つと、先がジンの腹をめがけて伸びてゆく。腕でそれをいなすが、棍棒の先はいなされた先で方向を転換し背中に直撃する。直撃した勢いで、吹き飛ばされジンは木に激突しそうになるが、器用に宙で体を回し木を踏み台にしてラウラの元へ飛んでゆく。
飛ばされた勢いが乗った拳は、ラウラの頬にまた当たるかと思ったが、棍棒がそれを弾く。
それからは、目にも止まらない攻撃の応酬が繰り広げられる。辺りに響くのは、棍棒と拳がぶつかり合う生々しい音だけ。
ぽつりと額に一つ粒の冷たい水が、落ちてくる。空を見上げると、灰色に染まり雨を降らしていた。
雨が降る中、二人は死闘を繰り広げる。
「そろそろ終わりにしましょう」
「私もそう思っていたところですよ。 猿がこんなにもやるなんて」
二人の体力も限界に近付き、最後の攻撃になる。
両者同時に飛び出す。先に当たった方の負け。それは自由自在に伸びる棍棒の方が有利に見えたが、勝者はジンだった。
ジンは、棍棒を避け後ろから追撃してくるのを予想していたのか、それも避けラウラの腹に渾身の一撃をくらわせる。
「……クソが。 この私が猿に負けるなんて……」
ラウラは、よろめきながら地面に倒れ込む。
雨が降る泥の死合は、ジンの勝ちで幕を閉じた。
「……あかん、死ぬ」
「お疲れ様」
「お疲れ様です。ジンさん」
口調が戻ったジンは、ぬかるんだ地面に倒れる。
あんな死闘を繰り広げたあとだから、当然だ。それにジンがこんなにも強いなんて思ってもなかった。
ドラゴンが飛来した時は、爆弾を持ってくるぐらいだったから。
でも、良かった。勝てて。
安心すると、空も安心したのか雨が止み太陽が顔をのぞかせる。
「それにしても、ラウラどうしようか。 このまま放置してたらまた目を覚ますだろうし」
「せやなあ、ギルドに持っていくにしてもその間に絶対目覚ますしな。 また、コイツと戦うのは勘弁やで。 今回もギリギリやったし」
「いっそのこと地面に埋めますか?」
ラリンは真顔で、至って真面目に地面に埋まるという提案をする。
「いやいや、そんな恐ろしいことは出来ないよ」
「せやで、コイツ地面に埋めても這い上がってきそうやしな」
「え? そこ?」
などと、冗談交じりの話し合いが続き一向にどうするかが決まらない。
「なら、僕たちが連れて帰るよ。ディアンガ縛り付けてくれ 」
「あぁ、任せろ」
冗談を言い合っていた俺たちの後ろには、トワライトカオスが立っていた。ディアンガが、鉄の縄を取りだしラウラを縛り上げる。
「ドラゴニック! どうしてここに?」
俺は急に現れたドラゴニックたちに、驚きが隠せなかった。ドラゴニックたちとは、別々に調査をしておりこちらへ来る必要性は無いため何故来たのかが、不思議だった。
「ギルドから、エクリーン領地で不可解なことが起きてる君たちが危ないって連絡石を通して来てね、慌てて駆けつけたんだ。 でも、どうやらその必要はなかったみたいだね」
「ジンが頑張ってくれんだ」
「君がジン君かい?」
倒れたラウラと、地面に倒れてるジンを見ながらドラゴニックは言う。
ジンは立ち上がり、ドラゴニックに戦いの詳細を話す。
「あぁ、せやで。 けど、コイツおかしいんや。 魔法を一切使わんのや。 姿を誤魔化せるくせに、戦いの時は魔法を使わんでその棍棒一つで殴りあってきた。 おかしいとは思わんか?」
確かに、ジンとラウラの戦いは殴り合いの生々しい戦いだった。両者が殴り合い、骨の軋む音が響く。
「確かにそれはおかしいね。 こちらで詳しく調べてみるとしよう。 分かったことがあれば、連絡石で報告するよ」
そう言うと、ドラゴニックたちはナロス共和国へ向かって行った。
「俺たちは少し休憩しに、リークムスイアに帰るか。 厩舎に乗ってきた、馬車があるはずや」
俺たちは、戦いの傷を癒すために一旦リークムスイアに帰ることにした。
ではまた。




