二十六話 :悪夢
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「――逃げてカイン、貴方はこの世界の希望よ」
「嫌だ! 母さん、一緒に逃げようよ!」
周りが火に囲まれ、暴虐のかぎりを尽くす黒装束の集団が俺の村を蹂躙していく。
村の人々は次々に殺されていき、子供の泣き声、悲鳴、木が燃える音、人の焼ける臭い。全てがまじり阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
黒装束の集団と戦うため母さんは村に残り、俺を逃がそうとする。
戦おうとする母さんを止め一緒に逃げようと子供の俺は、我儘を言う。
一人で逃げろなんて、子供の俺にはあまりにも酷だった。受け入れ難い現実が目の前にあり、それを半ば無理矢理選ばされる立場にあった。
黒装束の集団は何者なのか。何でこんなことをするのか。真実はこの場に居た、誰も分からない。
あるのは、ただ眼前に広がる地獄だけ。
「おい子供がまだ居るぞ!」
モタモタとしていると俺達の居場所を突き止めた黒装束の集団が、血にまみれた剣を手に持ち、黒の服は返り血でどす黒くなっていた。
服に付着した血、剣に付着した血、それを見るにコイツらが、何人殺したかは想像に容易かった。
「――逃げて! 早く!」
「うぅ……うっ……」
俺は泣きながら、その場を離れた。母さんの最後の願いを無下にしたくなかった。
子供の俺はただひたすらに走った。走って走った。受け入れなくなかった物を受け入れ、ただ我武者羅に走った。
思い出したくもない記憶の断片を見る。
「カイ……ン、カインさん!」
「ハッ! ハァハァ」
焦った顔をしたラリンが、俺を揺らし夢から目を覚まさせる。
俺は酷く息を切らし、数十キロ全速力で走った後みたいに汗がびっしょりと服に染み付いていた。
久しぶりに見たな。ここ最近はあの夢を見ることは少なくなっていたが、何かをトリガーにたまに見てしまうことがあった。
トリガーは何か分かってない。いや、分からなくてもいいものだ。思い出したくもない記憶なんだから。
「うなされてましたけど、大丈夫ですか?」
「ラリン、うん大丈夫。 ちょっと嫌な夢を見ただけ」
「嫌な夢? それは話せることですか?」
「……実は、ミーンが大量に迫ってくる夢を見たんだあの数は流石に悪夢だったよ」
話せる事か?そう聞かれた俺は、話そうとしたがはぐらかしてしまった。
まだ話せるときではない、本心がそう拒んだ。
「そうですか。 それは確かに嫌な夢ですね」
「だろ? じゃあ、俺はまた一眠りするわ」
「はい、おやすみなさい」
ラリンは何かを察したか、その後は何も言わずに俺の話に合わせてくれた。
そのまま俺はまた眠る。
「おはよう、ラリン」
「おはようございます。 お腹空いちゃったのでご飯食べに行きたいです」
「うっし、行くか」
結局その後は、あの夢も見ることなくそのまま寝れた。
朝食を食べる為に、食堂へ行きご飯をよそい部屋の隅っこにある机に座る。
朝食をある程度食べ終わった時に、眼帯を付けたジンが立っていた。
「よお、小僧達」
「ジン! どうしたんだ、昨日に引き続き。 また手紙か?」
「いーや、今日は違う要件だ。 小僧達に魔物の討伐を頼みたくてな」
「魔物の討伐ですか?」
「そうや、ここから少し歩いた所にゼルメナ洞窟と言われる、そこそこデカい洞窟があるんや。 そこに魔物が大量発生したってことやから、小僧達に頼みたいんやけど、どうや? やってくれるか?」
今日ここへ来た要件は、魔物の討伐だということだ。
魔物が大量にいるってことは、また新しい種の魔物見つかって、叡智化した魔物も見つかるかもしれないという一石二鳥の頼み事だ。
「魔物の調査にもなりそうだし、喜んで引き受けよう」
「よっしゃ、決まりや。 終わったら王城に報告に来てや。 これ、地図や」
「はい、分かりました。カインさん、ご飯食べて早く行きましょう 」
ジンから、ここにゼルメナ洞窟と書かれた地図を受け取り、朝食を済ませ宿を出る。
「ここがゼルメナ洞窟か〜、奥も真っ暗だ、これは相当奥に続いてるな」
「そんな事もあろうかと、受付のおばさんからライト貰ってきてました〜!」
「おお、ナイスだラリン。 早速ら洞窟探検へと洒落こみますか」
ラリンがカバンから、手提げライトを取り出す。
この真っ暗の事を想定してなかった俺とは違い、ラリンはちゃんとそこまで考えていた。
俺って、もしかして馬鹿なのかもしれない。
「ジメジメしてますね、地面も水で濡れてて滑りやすいです」
「海水が流れて来て、濡れてるんだろうな。 滑らないように慎重に行か……」
「カインさん!?」
「いってて……自分で注意しておいて滑るとか、予想もしていなかった」
地面には海水が流れ込み、滑りやすくなっていた。
滑りやすいから慎重に行こうと、ラリンに行った矢先に視界が一回転する。
自分で注意しておきながら、自分で滑るという恥ずかしい好意をしてしまう。
だが、一回転をしたおかげであることがわかった。
「大丈夫ですか? 一回転した気がしましたけど」
「どこも怪我はしてないからセーフだね。 でも滑ったおかげで、魔物の場所が分かったよ」
「スキルを使ったんですか?」
「いいや、あのスキルは耳が痛くなるから封印してる。 ここぞという時にしか使わない。 絶対にだ」
天耳通。あれは耳に色々な音と情報が流れ込んで来て、耳と頭が情報でパンクし頭と耳が痛くなるから、封印した。
ここぞという時以外は絶対に使わないと決めてる。
「えっと、魔物の居場所って何処ですか?」
「ん? あぁ、この壁をこうドーン!ってすると、ほらここに縄張りを荒らされ、怒った魔物さん達御一行が」
「あわわ! 凄い数いますよ! 」
「よっしゃ、いっちょやりますか」
一回転した時に中型の魔物が一匹入れそうな穴があるのを見つけた俺は、その壁を拳で破壊する。
破壊した先には、見た事のない狼型の魔物達が、唸り声を上げ俺達を警戒している。
うっし、やりますか。
「はぁはぁ…疲れました。 そういえば、カインさんって戦闘時に、あまりスキル使わないですよね」
「ん? あぁ、スキルに頼ってばっかじゃ動きが訛っちゃうからね。 それに全てを見通す力も発動しない時もあるから、スキルの全てを信用してる訳じゃないんだ。 スキルを使うのは強敵だけ、そう決めてるんだ」
「そうなんですね。 私もスキル使わないで戦わないようにします!」
「あ、いや、合わせなくてもいいんだぞ?」
「いいえ、私も強くなりたいのでスキルは本当に強い敵だけにします」
俺がスキルをあまり使わない理由は、体が訛ってしまっうからだ。
確かにスキルは強くて、簡単に敵を倒せるものだがそれに依存し、自分の力を磨くことを怠ったら弱くなる。
こんなことを俺が言うのはあれだがな。
そしてラリンもスキルを使わないと言ってしまった。
一応止めはしたんだが、この天使はやる気に満ち溢れておりやめる気は無さそうだ。
ラリンの笑顔は、芸術のような美しさがある。そんな笑顔を見てしまった俺は、何も止めることが出来なくなる。ただ肯定だけをする壊れた人形に、成り下がる。
「それにしても、この魔物なんなんだろうな。 見たことが無い。 見た感じは、狼型なんだが」
「リークムスイアだけに生息する、魔物かもしれませんね。 とりあえずジンさんの所に持って行きましょう」
一匹だけ狼型の魔物の死体をジンのところに持って行く。
「ジン〜終わったぞ〜」
「おぉ、小僧達。 早かったな、おつかれさん」
「これの魔物ってなんて言うんだ?」
「ソイツは、シトラっていう狼型の魔物や。 群れて生活をするのが特徴なんやで。 ここにしか生息してないから、知らんのも無理はない」
ラリンの言う通りで、このシトラという狼型の魔物はリークムスイアにしか生息してないらしい。
しかし、冒険者を名乗っている以上、知識を蓄えておかないと。
冒険者の風上にも置いてもらなくなってしまう。
「知らない魔物がまだまだ居るな。 勉強しないと」
「私も、もっと勉強しないと冒険者なのに、こんな浅い知識だったら笑われてしまいます! 」
「笑われはしないんじゃないか?」
「そうですか?」
「ハッハッ、小僧達おもろいな。 またなんか用があったら会いに行くわ。 ほな、お疲れ様、これ報酬や」
ジンは報酬といい、二千リンガルをラリンと俺に渡す。
子供か何かだと、俺は思われてるのか?
いいや、とりあえず宿に帰ろう。
ではまた。




