ホーホー鳴くフクロウvsホーホーホッホー
近頃はカフェという飲食店にケモノが居座ることが増えてきた。私のようなフクロウもその者の一匹である。ただ己の存在を売るが為にここにいる。なぜこのようなことを考えられる知性を持っているのだとか、そういった素朴な疑問は、私が森の秘密結社だからという一言で解決する。
だが、このような女子に好かれそうなカフェで固いことを考えても仕方ない。目の前のカップル客に自慢の声を聴かせてやりながら、私はくつろぐ。こうして見れば、人間も所詮は動物でしかないと共感を覚える。
カップルが楽しそうにピンセットでエサをくれる。私は媚びるような声でそれに応え、彼らから「かわいい」の感嘆を引き出す。どの客も、まるで私が食欲しかないといわんばかりにエサをやる。だか私は見下していない。むしろ、彼らのその知性に興味を憶える。
外を見ると、夕焼けがアスファルトを焦がしていた。閉店は間近だ。つまり、私の本来の仕事の時間が近付いていることになる。フクロウは夜の生き物だ。そして賢い者の責務というものもある。
店主の女性が皆を帰し、私達フクロウに休みを与えた。私以外のフクロウは結社に入っていない。故に知能は我らのそれとは違う。劣っているワケではないが、思考の形が違う。
我々が自室に入ると、ねぎらいの言葉をかけてきた。私も他のフクロウに乗じて甘えた声で鳴く。彼女は笑顔でそれに応え、「おやすみ」と一言残して部屋の電気を消した。
さぁ私は職務に就かねばならない。まだ眠ろうとしない者共を放って、羽の中からワープ装置を取り、我らの「森」へ向かう。光などは一切なく、演出もなく、ただパッと消えた。私の居た所にはダミーが置かれる。
場所は変わって、白銀に光る月と霧に包まれた夜の森。ここは物質的には存在しない、しかしある種の方法で実在する、イデアの森だ。そこには、美を求める古のフクロウ達が集う。つまりは私も古のフクロウの一匹だ。霧に迷いこんだのが始まりだった。なぜ入れたのかは当時不明のままだったが、今、結社の一員として活動していると、古の美を求むるフクロウとしての適正があったのだと判る。今では私も選ぶ側だ。
「やぁ、来たかね」
この森、この結社の長である青いフクロウが、大木の上から語りかける。人の耳にはホーホーとしか聞こえないだろう。しかしその声は威厳のある伝統楽器のよう。古のフクロウの中では新米の私には、到底出せない声。私は敬意を心中に抱きながら「いい夜ですな」と返した。
羽ばたき、私も木の枝に足を乗せる。風の音が絵画のように森を撫でる。目を閉じれば、フクロウ以外何もいない、夜の森の歌声が譜面を歩く。次第に、ホーホー、と、私でもそのように聞こえる鳴き声が森の木々に反射する。私も呼吸を整え、合唱に参加する。
私達が歌うのは、いつの時代も古の美のことについてだった。この森は四季に多様な顔で我々を魅了し、それに夜という永続の安心が加わる。そこには古のフクロウが求めるものが黄金の如く輝いていた。
そう言われたら、自然を歌った文学、音楽など人の手の平から溢れているではないかと反論されるやもしれない。確かに彼らの文字や言葉は美を翻訳するのに適している。しかしそれは別のものに置き換えているだけだ。我々は音楽という、何も指定しない高次元のセンスを要求するものにこそ美を見出だしているのだ。
ホーの一言だけの音からなる合唱。それが森を震えさせ、隠れた音符と現れる。言葉はない。我らは理解しているのだ。美は夜を見上げればあるのだと。合唱は森の外でいう、朝まで続いた。
バサバサバサッ。声なき歌を遮る羽音がやかましい。が、それに異を唱えなかった。もう時間だ。恨めしき星々の動きを想いつつ、装置を取り出し森から出ることとした。その際に青のフクロウに話しかけられた。
「近頃はどうだ」
「はい、より古の海に誘われているようです」
「海は我らの領分ではない。しかし美は宇宙色をしている。故に泳がねばならない」
「古の美とは、どういうものでしょう。ここまで森に居ても、まだ解りません」私はつい弱味を言ってしまった。それだけの優しさが青のフクロウにはある。
「古さとは時に新しさだ。故に古なのだ。木々も古よりある。それらの根は、どれほどの美を内包しているかな。解ると言って解るなら、書物も知識もいらぬ」
「そうでございますね。……失礼しました」
森の外へ行こうとして、また呼び止められた。そうだ、別に世間話をしたいが為に口を開かれたワケではなかった。
「我らの森に、何者かが入ろうとしている。この神聖なる地に古のフクロウ以外、入らせてはならぬ。次の夜、調べるぞ」
私は「かしこまりました」と了解した、だがこの森から離れるのはやはり寂しいので、何とか話題を作ろうとしてヤキモキしていると、もう彼はいなかった。悲しくホーと鳴いて、装置で森の外へ出た。
森の外。つまり現世はいつも通りだった。私は人間の慰め者としてここにいて、古から遠いフクロウとして扱われている。何者であれ、楽園の外にいるのは心苦しい。水の縄で締め付けられているようだ。別に不満はない。もうとっくに、不満で苛立つほど俗世を飲んでいない。客はコーヒーを飲みつつ、私に向けて「ホーホー」と真似をしている。ファンサービスとして鳴き返してやると、幼児のようにキャッキャッと喜ぶ。彼らの中の美とは何であるか。私は数々の美術品を見てきた。森はそういうものだった。そして美術品は人の創ったものだ。
私はそれらにいたく感動した。しかし、その作者が幼稚だったり、考え方が一昔前であったり、作品と作者の質が比例していないことが多かった。今でも人の謎であり、思考の次元の高低差を示すものである。我らは古となったが、人々は古に近付くことはできるのだろうか。
客の指を甘噛みしてやっていると、もう一つ疑問が目の奥まで届いた。昨夜、青のフクロウが言った、いわゆる侵入者。あれはどんなものであろうか。普通に考えれば適正のあるフクロウだろう。だがそうであるならあのように警戒する必要はない。ならばフクロウ以外の種となるか。ならば、それは人間だろう。早合点かもしれないが、私はそう結論した。そもそも、どうしてフクロウがあの森に入れたかさえ何者も知らないのだ。もし古の美を発見できるのなら、それは人だと考える。それが正常ではないか。
いや、そもそも。私は客の肩に乗ってテーブルを見つめる。そもそも、古の美を見出だしたのはフクロウだけなのか。他の種は森ではなく、砂漠だとか、田畑だとかにいて、森にはいないだけではないか。どうしてそんなことも想定していなかったのだろう。私は円柱上の深い謎に脳共々包まれた。もう接待など眼中になく、ボーッとしていた。店主が不安げに見てくる。
「どうしたんだい? 疲れちゃったかな?」
客が少し苦く笑う。店主がやってきて、「ちょっと休もうか」と私を連れていく。客から離れた位置に置かれて、アレコレ検査される。もちろん異常はない。ヒマ潰しにホーホー鳴いてやる。困った顔の店主。我らに語る言葉はない。説明するのも煩わしい。
結局、私はそのままだった。何度も彼女の目線を感じた。その度に顔を合わせた。何も言われなかったが、伝える気もなかったので別に良かった。ただ気がかりなのは今晩だけだ。今宵は鳴ける夜となれるだろうか。
夜になり、森に行った。昨日と変わらぬ満月。霧。木々。青いフクロウが飛んできた。その目は異様な攻撃心があった。私は何が起きたかすぐに悟り、羽を広げた。それで彼は了承したのか、天へ飛び立った。
この森は霧から外に出ることはできない。だから、当然活動範囲は狭くなるハズだが、おかしなことに、霧は昨日までとは違い地平線の彼方まで去っていた。このようなことは青のフクロウも始めてなのか、言葉はない。だけど行き先は決めているのか真っ直ぐ飛んでいた。私は着いていくだけでよかった。そして、ありえないものを見た。ここは森だ。人工物の介在してよい場所ではない。なのに、電柱が我が物顔で、しかも何本も建っていた。互いに電線で繋がれ、その端は霧の外まで伸びていた。
電線の上に何かいた。それはハトだった。
「ホーホー、ホッホー」
人間的に言うのなら、鳥肌がたった。この耳から口へゲロが流れるような不快な鳴き声。聴くに耐えれず、ワァと叫んでしまう。青のフクロウは電線近くの枝に止まり、キツく睨んでいた。私も側に止まり、かのおぞましき音を耳にする。かの者らの声は古の美に属さない。私は直感的に合点する。古の美とは、しわがれた鳴き声で歌われるものではない!
「お前達、何者だ?」
凄みを帯びた低声が青のフクロウから発せられた。彼のそんな声を聞くのは始めてだったので、私も本能的な恐怖を抱いた。ハト達は気だるげに鳴くのをやめ、胡乱とした目で我々を見る。
「彼の質問に答えよ。何者だ」
私も声を張り上げて問う。すると一匹のハトが私の近くまできて、ケラケラと笑う。その下品さに、ここ近頃忘れていた怒りが灰から起き上がった。
「何者だ」再び問う。
「見れば判るでしょう。ハトですよ。こんな辛気臭い森を正しく変えようとする、普通の鳥ですよ」
「如何にして森に入った」青のフクロウは問う。
「我らは新の美を追究しています。貴女方とは違ってね。古は常に地下に潜るものです。しかし新とは上にあるもの。鳥という天空の生き物ならば、新を心にするのが当然では?」
「古とは新を内包している。お前達に美を語る資格はない」
「美とは誰にでも開かれているべきものです。まさか選民思想ですか? バカバカしい」
「我らが選ぶのは事実だ。だが決めるのは森だ」そんなの始めて聞いた。
「森こそ古に縋る哀れな思考ではないですか」
「次元が低い。そのような声でしか歌えないからだみ声になるのだ」
「だから、次元だのなんだので美を語るのは選民思想なのですよ。全ては開かれるべきです」
「開いたとして、何ができる」
「できるかできないかで語るなど。それこそ次元が低い。笑わせないでください」
おのれここまでバカにされるいわれはない。言い返そうとして、ハトが私を嗤っているのが判る。私を言い負かす気なのだろう。挑発に乗れば古のフクロウの名誉を傷つけることになりかねない。我々は選ばれたのだ。青のフクロウ曰く、森に。
ならば奴らは何に選ばれたというのか。あの電柱か? 消費されるのが関の山の人工物に。私こそ嗤ってやりたいところだ。食べて飲みてなだけなら虫でもできる。彼らはそれを新の美としているのか。新とは何かさえ、彼らは理解できていないのではないか。私は呆れが先行し、怒りは萎えた。
青のフクロウもそうだったのか、「勝手にしなさい。ただしここまではこないように。森には」と言い残し飛んだ。私も追いかける。背後からは逃げた逃げたと赤子のように喚いていた。
帰ったあと、他のフクロウ達に事情を説明し、立腹を治め、歌った。古の美とはケバケバしい新の美に負けることはない。その確信が私を海の暖かさで癒してくれた。空は深海の色をしていた。
次の夜。森に入ると、あのハトの鳴き声が森に響いていた。昨日の約束なぞ忘れてしまったようだ。阿呆も極まれば学術的興味さえ抱く。青のフクロウ達は、奴らに注意する為に出掛けたようだ。森はすっかり冷えていた。少し湿っている。
少しばかり飛ぶと、口論が聞こえるようになった。ハトとフクロウとのだ。「話を聞け!」「うるさい、この選民主義者め!」「聞く価値はない!」どうも意味のない問答が続いているようだ。その場に着くと、電柱の群れが森を荒らしていた。その時に覚えた吐き気は全身から流れんばかりだった。
私が枝に降りると、ハト達が一斉に見てきた。緊張が走った。私は臆せず奴らを眺めた。沈黙が夜に哭いた。
青のフクロウが私の加勢を見て、叫んだ。
「我々鳥は互いに違うものとはいえ美を歌う同士だ。ならば歌で物事を決しよう。それこそ君らの言う平等だろう」
「言論から逃げるのですか?」
「そんなことは言っていない。さぁ歌おう。歌えぬなら森が怒るだろう」
「森が怒る? なら怒らせましょう」
ハト達はなにやらゴテゴテした機械を運んでいた。それは人間の音楽道具だった。EDMというやつか。彼らは曲を鳴らし、「ホーホー、ホッホー」とやかましく鳴き始めた。我ら古のフクロウは道具に頼らず声だけで歌うのに、曲を鳴らすとは! 新の美とは、ただ古を否定したいだけではないか? しかも、単純に音楽としても質が悪い。ただ音を鳴らしてホーホーホッホーと鳴くだけだ。聴くのさえ苦痛だ。人間のの真似をしておきながら、リスペクトがない。おぞましい。
いつまで経っても曲は終わらなかった。我らに歌ってほしくないのだろう。私は独りでに歌い始めた。それに続きフクロウ達は歌う。青のフクロウだけは歌わなかった。ハト達は愚かにも歌をやめ、罵声を浴びせてきた。美で争わない平等で反選民主義者の声を流しながら、私達は歌った。
歌い終わる頃には、ハト達の投げた物で我らは傷ついていた。だが、我らは美を見せてやった。奴らと違って。それを誇った。しかし奴らは何とも思ってないようだった。ただ嘲笑して、聴く気もないのか。我らは最低でも途中までは聴いたぞ。悔しさで嘴を折りたくなる。
すると、今まで黙っていた青のフクロウが歌い始めた。彼の奏でる音は、いつもと違って不協和音だった。だというのに不快感は全くなく、心に沈殿して洗ってくれているかのようだった。我ら古のフクロウも、なぜだか自然と、青の歌に合わせた。蒼色の風が吹く。霧が波に変わり、さざなみが鳴る。
森の地面から、水気のない海が沸いてでた。電柱を薙ぎ倒し、ハトを呑み込んでいく。悲鳴の旋律が、フクロウの歌に添えられる。何者もこの現象に首を傾げていた。、しかし歌に沈んだ我らにそれを気にかけることはなかった。あぁこれが森の歌。古の美。ようやく我らはそこに達したのだ。もうハトのことなどどうでもよい。そのまま次元の高みへ。深海の底へ。空はついに墜落する。
歌が終わると、空がなかった。ここは海の底だった。飛ぶこともできず、鳥としてのアイアンディティを奪われた。それがどうした? 我らはここにいるではないか。古の美という沈んだ森に。
フクロウよ、フクロウよ。古の者らよ。
青いフクロウの声だった。その声のほうに目を向けると、日食の月があった。黒と白ではなく、青と白の日食。青のフクロウはあそこまで高みに近付いたらしい。
我らは古の者。古は新しくもある。
彼はすでに、古の美を見つけていたのか。だからあの歌を奏でることができた。
ついぞ海上に上げられる。
何をするべきか? 私達は理解している。
我々は歌った。ホーホーと。ハトの亡骸が浮かんでいる海上へ、美を届ける為に。
ギャグ小説として書こうと思ってました。
なお