第一話 妖精の森潜入と被弾
第一話 妖精の森潜入と被弾
今日も朝から激しい戦闘をやっている。
周りは迷彩色に身を包んだ軍人たちが様々な火器を携帯し行き交っている。
相手は国境付近の森に勢力を拡大している妖精たちだ。我がグリース王国が隣国ルリカ連邦へ侵攻するためにはどうしてもこの『妖精の森』を突破しなくてはならない。
もちろん自国領土の中で満足していればいいと思うのだが、領土拡張を望んでいるのが我が国王。そしてオレは国王直属の機密急襲部隊隊員だ。つまり軍人。ならば上の命令に従うしかないというわけだ。
事前の作戦計画通り前線の兵士たちとは離れ、オレは森の東側のけもの道から森へ侵入した。この辺りはうっそうとした言わばジャングルのような場所で潜入はしやすい。もちろん妖精たちもそれはわかっているはずだが、この夕刻時はなぜか警戒が甘い。連中の見張りの交代時間なのか、ヤツらの能力が一時的に下がるのかとか理由はいろいろ言われてはいるが実際のところはよくわかっていない。
とにかくそうであるという事実は偵察部隊の報告で判明したのだ。なかなかちゃんと仕事してるじゃないか。
夕闇が迫り、暗視スコープを装着してさらに先に進む。今回のオレの任務は出来るだけ奥に進み、妖精たちの拠点を突き止めることにある。
しかし所属部隊の特性上、隠密行動が多くこうやって単独や少人数での任務が多い。危険度は他の連中より高くオレのような身寄りのない若者でそこそこ使えるヤツがこの隊に回されることが多い。
さらに敵は妖精だ。つまりオレ達は人間相手の戦争と違って火器を使用した戦術で有効打を与えられていないため戦況は不利だ。
なぜかというと彼らは物理攻撃ではなく人間にはない特殊な能力を使ってくるからだ。
風や土、火や水など自然界に存在するものを巧みに操りそれにブーストを掛けている。こちらの銃の類は相手に悟られなければ有効だが、認識されれば破壊されるか無効化されるか狙撃手がおかしくされるか……といった状態になるので価値があるとするなら遠距離スナイパーくらいだろう。もっとも妖精は普段の格好が帽子からブーツまで葉っぱみたいなデザインの服で天然の迷彩になっている上にノコノコ姿を現すような間抜けな行動はしないので結局役に立たない。
あとは重火器、すなわち砲の類は国境付近なので使用はできない。万が一隣国と妖精が同盟を組んでこちらに攻めて来ようものならたまったものではない。
今のオレももっともらしく特殊部隊の恰好をしているが、飛び道具は対妖精戦ではほとんど飾りにしかならない。タクティカルベストに身を包むことも有効な防衛手段とはならない。ニーパッドやエルボーパッドはともかくあとはナイフの方が役に立つというのが持論だ。実際、オレの両手には軍用ナイフが握られている。ちなみに拳銃は所持しているが自動小銃は置いてきた。
そういうわけで我々は妖精たちのゲリラ攻撃に翻弄されっぱなしである。この劣勢的立場を覆さなければ先が見えてこない。だから形勢を変えるためにも今回のオレの任務はそれなりに重要なのである。
草むらをかき分けながら歩いているので正確な距離はわからないが千メートル以上進んだところで小さな明かりが見えた。さらに進むとそれは光ではなくたき火であることがわかった。樹木の陰からそっと様子を伺うと集落も見えた。住居は石灰岩で出来ているように見えるがどの家も似た造りだ。全部で……二十戸ほどはある。オレじゃあるまいし単身世帯と言うことはないだろう。
まだ拠点と判断するのは早計だが、相応の規模だ。そして少なくとも火を囲んだ状態で廃墟と言うことはないだろう。
ある程度の確信を持ったオレは小型カメラでその状況を撮影した。
その時――――
突如背部に蹴り飛ばされたような感覚と共に灼熱の感覚、これは妖精の攻撃だ。
火属性のエネルギー弾や火炎弾の類だろうか。
攻撃は続いた。体の同じ場所に同じ衝撃が繰り返された。背中の痛みはハンパじゃない。恐らくやけどもしているだろう。
オレは走った。
確実に狙い撃ちされている。ならばできるだけ相手をかく乱できるようジグザグに進む。
幸いオレは足が速く、敏捷性には自信がある。ただそれは対人間の場合であり今の状況を打開できるとは限らない。それでも他に出来ることはないわけで森を抜けるまで走り続けるのみだ。
しばらくすると森の終りが見えてきた。途中で暗視スコープがずり落ちてしまったが、ここまで来れば必要ない。オレは一気に駆け抜けた。
すると――
そこは滝だった。
冷静であったならここは避けていたはずだが、余裕はなかった。眼下には数百メートルはあろうかという瀑布がオレの足を氷漬けにしたかのように止めてしまった。
しかし躊躇している時間はない。大きく深呼吸をし息を止め――
意を決してオレは飛び込んだ。
その時にちらりと後方を見ると大きな白い羽をまとった金髪で素肌が透き通るように白い美しい目鼻立ちのハッキリした妖精が立っていた。例えるならマネキンが実体化したのかと見まがうほどだ。オレはあんな美麗な少女に撃たれのか。
だが、それはそれで別に死んでも良かったかもしれないという想いもあった。何故ならオレには絶対的に生きねばならない理由もないからだ。そんなことを考えながらオレは引力に身を任せ奈落の底へ落ちていった。
滝つぼに飲み込まれ、激しい水圧で浮上することはままならなかったが、日ごろの鍛錬が功を奏してか潜水しながらなんとか下流に沿って泳ぎ続け、難を逃れた。
結果、どれくらい泳いだのかは無我夢中でわからなかったが、十分距離は取っただろうと判断してから川岸に上がり、偶然にもすぐ目の前に洞穴を見つけたのでそこに入って休むことにした。
背中の痛みは全く引いていなかったが、川に飛び込んだおかげでやけどの熱さはあまり感じない。しかし顔に違和感があり、それが気になるのだが鏡がないのでこのことは一旦諦めた。
洞穴の壁面にもたれ掛りながら今回の作戦失敗の理由を考えたが、最初の一撃がまるでスナイパーに射撃されたかのように正確無比だったことが疑問だ。
あの美しい妖精がたまたまパトロールの途中だったとか偶然通りがかりにオレを見つけたとかいうなら、あの場で即応するのではないだろうか。だが実際はかなり離れた上方から待ち構えていたかのようにじっくり狙って連射してきた。
それとあの集落だ。今になって思うがあの火をくべた状態で無人だったというのも引っかかる。
そして極めつけがオレの持っている『生体探知能力』である。
一種のレーダー機能のようなものなのだが。生まれつき自分の周辺一キロ程度の範囲なら生き物の存在を感覚として認識できる力をオレは持っている。これのおかげで今の部隊に入隊できたと言っていいし、その後もこれのおかげでオレは戦火を生き抜いてきたと言っていい。だが、今回はそれが全く機能しなかった。妖精ならその対策ができるのかもしれないが、そうだとしてもこのオレの能力を知らなければそんなことはしない。
作戦自体は悪くなかったと思う。だが何らかの理由により相手が上手だった……としか言いようがない。
翌朝、日の出と同時にオレは立ち上がってみたものの背中に強い痛みを感じ、一旦また腰を下ろした。ベストから普段は何の役にも立たないと思っていたスティック状の非常食を取り出し口に入れてから暫くするとオレは眠ってしまった。
日が高くなった頃に、故障したかと思っていた携帯無線機から通信が入り、迎えが来てくれることになった。安心したオレはまた眠ってしまった。