動き出す悪意<綺羅の章>
放課後になった途端、瑠璃と要は連れだってどこかへ行ってしまった。そのめずらしい組み合わせに何かがあったのかと心配にもなったが二人ともいつもと変わらない様子だったので声をかけるのをやめた。それに今日は、綺羅自身も急いでクラブに行かなければいけなかった。
「じゃあ、礼奈ちゃん。また、明日ね」
「えぇ。めずらしいわね、そんなに急いで」
「うん、日曜のバザーに使う材料が今日届くの。冷蔵庫で保管しなきゃいけないものもあるから」
「そうなの、大変ね。じゃあ、また明日ね」
「バイバイ。河本君も」
「おー、気をつけてな」
礼奈と圭太に別れを告げると綺羅は、職員玄関へと走った。学生以外の人間の出入りは、職員玄関と決まっている。そこは、一階の北側の端にある為クラブの活動拠点である第2家庭科室からは一番遠い場所にあるのだ。なので、手早く荷物を運ばなくてはならない。
「まずは、牛乳とバターを一番最初に運ばないと。粉ものは、一番あと」
職員玄関に着くとすでに斎藤さんが業者さんから荷物を受け取っている最中だった。発注書を見ながら話している。でも、どこか様子がおかしい。揉めている感じがするのだ。
「斎藤さん。どうしたの?」
「渡瀬さん!! ねぇ、発注書って渡瀬さんが書いたんだよね?」
「うん。この間、みんなで話し合った材料を頼んだけど…………」
「そうだよね? すみません、バターがないってどういう事ですか? これってミスじゃないんですか?」
「お嬢ちゃん。うちは頼まれた分をきちんと運んできたよ。ほら、ちゃんと紙をみてよ」
「すみません。見せてください」
業者のおじさんから発注書を受け取り、さっと目を通す。その瞬間、一気に血の気が引いた。
(バターが書かれてない? おかしい、ちゃんと書いたのに)
「なぁ? 書かれてないだろう? じゃあ、私はもういくよ」
そう言うとおじさんは、その場を立ち去って行ってしまった。突然の事態に頭が働かない。このままだと材料が足りない。バザーは、日曜だ。だから、今日中に生地を作って明日、明後日で一気に焼きあげないと間に合わない。
(どうしよう…………)
「斎藤さん、渡瀬さん。どうしたの?」
「先輩! …………渡瀬さんが発注をミスしちゃったみたいで。バターがまったくないんです」
「すみません!! すみません、すみません」
半ばパニック状態の綺羅は、ひたすら頭を下げて謝り続ける。そして遅れてやってきた他の部員達も斎藤から説明を聞いて顔をしかめる。今回は、作る量が量なので近所のスーパーを回ったところで足りるかどうかも分からない。
「渡瀬さん、渡瀬さん。落ち着いて。ね?」
「すみません、すみません…………」
「渡瀬さん。あなたに悪気がないのは分かっているわ。だから今は、対策を練らないと。だから、落ち着いてちょうだい」
「………………はい」
「皆、とりあえず他の材料を運びましょう」
部長の毅然とし態度に他の部員達も顔を見合わせると返事をし動き始める。綺羅も一緒に材料を運びだすが、他の部員達との間に出来たぎくしゃくとした雰囲気は更に増すばかりだった。
その頃、瑠璃と要は空手部の部室に来ていた。
「で、まずは整理しよう。高岡は、お前に好意を持ってはおらず綺羅を心から可愛がっている。だから、綺羅に対して嫌がらせをする訳がないと」
「そもそもお前達が高岡先輩をマークする理由は、なんだ?」
「我々から見ればあの女は、お前に好意を持っているように見えるからだ。それにお前達の親同士が仕事で繋がりがあるらしいと聞いた」
「確かに繋がりはあるがそれは親とあっちのじいさんだ。何故かじいさんが俺を婿に欲しいらしい。うちは俺以外に後継ぎ候補は山といるからな。俺をやってあのじじいと繋がりが出来るならばんばんざいらしい。まぁ、こっちはごめんだがな」
「当たり前だ。じゃあ、何でだ?」
「孫は、孫でも違う孫よ!」
「静音!!」
「待たせたわね。やっと調べがついたわ。あのじじい、人の邪魔してくれちゃって。あとで覚えてなさいよ。あと直接聞いたほうが早いから連れて来たわ」
息を切らせながらも一気にそこまでまくしたてた静音は、後を振り向き誰かを中に入るように促す。そして彼女の後から顔を出した人物を見て二人は驚く。そこにいたのは、問題の高岡と礼奈だった。