深まる謎<綺羅の章>
綺羅が普通科へ教科書を借りに行った頃、教室では要が綺羅の姿を探していた。瑠璃と一緒に先に戻ったはずなのに彼女の姿がない。その変わり、瑠璃が顔をしかめながらめずらしく何かを考え込んでいた。
「チビ、綺羅はどうした?」
「チビ言うな! きぃちゃんなら斎藤の処へ行った」
「もう授業が始まるのにか?」
「教科書を借りにな」
「綺羅が?」
彼女の几帳面な性格を知っている要は、その言葉をそうやすやすと信じる事は出来なかった。もちろん、瑠璃も彼が納得するはずがないと分かっていた。しかし、何が起こっているのか分からない今は、そう言うしかなかったのだ。
「とりあえず、ゴミ箱やらはチェックした。まぁ、ある訳ないが。このクラスは、前の授業は移動だったから、誰でも入り込むことは可能だ。一応、きぃちゃんの机とかはチェックした。おかしいところは、何もない」
「そうか。でも、ロッカーは鍵を付けてただろう?」
「それがな…………」
困り果てた様子で、鍵について語った瑠璃に要も同情を覚える。以前の綺羅ならそこら辺の事もきちんと気を配っていた。この穏やかな生活が彼女の危機管理能力を鈍らせてしまった。これは、誰が悪いというものではない。
「あとで番号を変えるように話す。不安を煽るようであまり気がすすまないが」
「いや、チビの判断は正しい。それにしても、一体誰が…………」
「それが分からんから私も頭が痛い。どうしたものか…………」
「栗本は?」
「今日は、朝から見かけていない。多分、この件について調べてくれてるはず。ただ、静音だったら事が起きる前に全てを調べ上げていてもおかしくないはずなのに」
「そうだな。あいつの耳に入るのが遅すぎる」
この学園、いやこの国で起きた変化ならどんな小さなものでも見逃さないと豪語するだけあって、彼女の情報収集力は、恐ろしい。そんな彼女が学園内の異変を見逃すだろうか。
「そう言えば斎藤って誰だ?」
「なっ!? お前、知らないのか? あれだけきぃちゃんと一緒にいるくせに!!」
「いや、クッキングクラブの人間にいることは知っている。だが、一度も会ったことがないんだ」
「嘘だろう? 確か高岡と親しい娘らしいぞ。静音が言うには」
「高岡先輩と親しい人間。…………居たか?」
「そう言えば、高岡という人間には随分気を許しているようだな」
「あぁ、あの人は会長の彼女だしな」
「はぁ? お前の事が好きなんじゃないのか?」
「麻賀も随分気にしてたようだが、あの人は見たままの人だ。だから、綺羅の事も本当に可愛がっている」
「……………どういう事だ? とりあえず、この話はここまでだ。放課後、武道場へ来い。聞きたいことがある」
「分かった」
急に話を止めた瑠璃の視線の先を見ると、綺羅が教室に走り込んでくるのが見えた。その腕の中には、教科書がある。どうやら無事に借りることが出来たらしいので、ホッとした。
「きぃちゃん、無事に借りられたようだな」
「うん、斎藤さんはいなかったんだけど。空手部の木村君が貸してくれたの。終わったら瑠璃ちゃんに渡しておいてくれって」
「木村が? あぁ、同じクラスかあいつら。分かった、預かろう」
「木村?」
「要君?」
突然、後から地をはうような低い声を発した要に綺羅は、驚く。その上、どこか目付きがするどい。機嫌が悪いのが一目で分かる。
(私、何かしたかな)
「木村は、無害な奴だ。それに大切にしている幼馴染が同じクラスいる」
「そうか、ならいい」
「何? 何の話?」
「気にするな、きぃちゃん。…………本当に心が狭い男だ」