匂い袋<瑠璃の章>
「それでは、私はそろそろ失礼します」
「あら、そう? 瑠璃ちゃん、外までお見送りしてらっしゃい」
「えぇ〜、何で私が〜」
「る・り・ちゃ・ん」
「分かった…………」
母親の言葉に不承不承頷いた瑠璃は、礼人の後ろを少し離れて着いて行った。その様子を見ていた両親は、首を傾げる。
「本当、どうしちゃったのかしら? 昔は、自分から見送りに行ってたのに」
「そう言えば、そうだな」
そんな両親の言葉に瑠花と陽治も思い返す。確かに昔はどちらかと言えば瑠璃の方がべったりとくっついていた。
「あの子の成績が落ちたのもここ二年くらいよね」
「一年の途中までは、礼が試験勉強を見ていたからな」
もしかして、二人の間で何かあったのかもしれない。年齢差も考慮して考えると瑠璃が礼に失恋したとか。
でも、我が妹ながらあの年まで初恋のはの字も聞いたことがない。というか恋愛にまったくといって興味がないのだ。
多分、初恋すらしていないかもしれない。
「どういうことかしら?」
「さぁ?」
リビングを出た二人は、微妙な距離を保ったまま玄関へと向かっていた。靴を履き終えた礼人は、振り返える。
「ここまででいいですよ。この時間、外は冷え込みますから。試験前に風邪でも引いたら大変です」
「そっ、そうか。じゃあ、気をつけて」
「えぇ、お休みなさい」
笑って軽く手を振った礼人は、玄関の戸へと手をかけた。しかし、すぐに何かを思い出したように戻って来る。
「そうだ、忘れていました。瑠璃、右手を出して下さい」
「右手?」
瑠璃が手を出すと礼人は、その小さな手のひらに小さな布袋を載せる。それは薄いピンクの桜模様の着物地で出来た小さな袋。
「何だ、これ?」
「中学最後の全国大会で優勝したお祝いです」
瑠璃は、袋の正体を確かめようと手を引き寄せる。すると、その袋から嗅ぎなれた香の匂いが香ってきた。
これは、礼人がいつも持っている匂い袋と同じ香り。確か、礼人が自分で合わせたオリジナルの香。
「…………何で、私に?」
「クス。前からずっと欲しいと言ってたでしょう? 来年にはもう高校生ですからね。フレグランスでもいいですけど、貴女にはこういった匂いの方がお似合いですから」
「そうか? なら、ありがたく貰う。この匂いは、好きだからな」
「でしょう? せっかくだから、いつも身につけておいて下さい。その方がすぐに貴女に馴染む。匂いが薄くなったら、また差し上げます。それでは…………」
そう言って今度こそ礼人は、去って行った。