勧誘<綺羅の章>
「あの渡瀬ですけど、あなたは?」
「急に呼び出してしまってごめんなさい。私は、普通科1年の斎藤と言います」
「斎藤さん?」
目の前に立っている少女の顔に覚えはなく、名前を聞いてもピンとこなかった。相手は、両手をもじもじとさせながらこちらの様子を伺っているみたいだ。
(何だろう。今までの呼び出しとちょっと違う感じ?)
小さい頃から兄や要を好きな子から呼び出されることが多々あったせいで少し身構えていたのに、何かが違う。
「あの私、クッキングクラブの者なんですけど」
「クッキングクラブ? 家庭科部じゃなくて?」
以前、高岡先輩にクッキーを貰ったのは確か家庭科部だったはず。活動内容は、大差ない気がするのに別団体なのだろうか。
「あの、私も元家庭科部です。けど、活動方針の違いなどが出てきた結果、新しい団体を作ったんです」
「はぁ…………で、何で私が呼び出されたんでしょうか?」
「あの先日、空手部と一緒に近くの施設を訪問されましたよね?」
「えぇ、友人に頼まれてお手伝いをしに行きましたけど」
「その時、クッキーを作られてバザーに出品されてましたよね?」
「収益は全額寄付されると聞いたので、少しでもたしになればと思って…………」
この学園は、各部活動に地域への奉仕作業が義務付けられている。社会との関わりを持ち色々な人々との交流が目的とされていた。
瑠璃が所属する空手部は、今年近くの社会福祉施設のバザーを手伝うことになっていて出品する品物を集めたり、当日の設営準備などに奔走していた。
その時、手作りのお菓子などを出店する団体の1つが、本番近くになり参加をキャンセルすると言ってきたのだ。もちろん、急に他の団体を呼べるはずもなく瑠璃や施設の職員も頭を抱えていた。なので、自分がその代役を買って出たのである。
彼女達が一生懸命準備をしていたのを知っているだけにそれを台無しにしたくなかったのだ。
「実は、そのバザーに私達も客として参加したんです。その時、渡瀬さんが作ったクッキーを食べて、その美味しさに感動したんです!!」
「そんな、別に大したことない普通のクッキーですけど」
「大したことなくないです。誰が作ったんだろうって、気になって職員の方に尋ねたらあなたと同じ学校の生徒さんよと教えて下さって。お願いします、うちのクラブに入ってくれませんか!!」
「え?」
「お願いします」
勢いよく頭を下げる彼女に綺羅は慌てる。頭を上げるようにお願いしても彼女は、承諾してくれず困り果てた。その時、教室から瑠璃が顔を出す。
「いいじゃないか、参加してやれば」
「え?」
「だって、きぃちゃんもこの間言ってだろう? 部活に入ろうかって。それに、出来たばかりのクラブだし、部に昇格するとこまでいってないようだ。それなら人数も少ないだろうし、きぃちゃんも仲良くなりやすいと思う」
「はい! まだ私を含めて5人しかいません。その内3年の先輩が1人いるんですがもうすぐ引退される時期ですので、はっきり言ってクラブとしての存続も危ういんです。なので、お願いします!!」
彼女の熱心な口ぶりに嘘はないと感じた綺羅は、決めた。せっかくの機会だ、他のクラスの人との交流も持つべきだ。
「うん。こちらこそお願いします」