彼女の忠告<綺羅の章>
「礼奈さーん」
両腕を広げ、満面の笑みを浮かべながら駆け寄って来る圭太に、肝心の彼女はそのままお茶を続けている。
「礼奈ちゃん」
「大丈夫よ、綺羅。るぅ、お願い」
「ふっ、まかせろ」
そう言うとすぐに立ちあがった瑠璃が、礼奈に向かってくる彼の進路を塞ぐ。そして、目で距離を測ると絶妙のタイミングで回し蹴りを決めた。
ちょうど、その蹴りを鳩尾部分で受けた圭太は、痛みでその場にうずくまる。それを見た静音は、ケラケラと笑っていた。
「馬鹿は、こりないわね~。学習能力ぜ~ろ~」
「場をわきまえろ。馬鹿男」
「それはお前もだろう、佐々木」
「何だと? そもそもお前が何故ここにいる?」
圭太の後から現れた要は、近寄ってきた店員に謝罪と自分達の分の注文を終わらせると、当たり前のように綺羅の隣の席に着く。
自分の問いかけを無視した彼を殺気混じりの視線で睨みつけると瑠璃は、軽く舌打ちをして自分の席に戻った。
「要君、どうしたの?」
「あぁ、河本に連れてこられたんだ。モールに着くなりここに一直線だ」
「あ~、礼奈センサーが発動したんだ」
「何、それ?」
静音の説明によると、どこにいようが愛しの彼女である礼奈を探せるという、河本君の動物的感の事を言うらしい。
ほぼ百発百中というから、すごい。
「いや~、彼女だからいいものの違ったら、たちの悪いストーカーよね~」
「ふふふふ。こちらから、探さないでいいから意外と便利よ。それにしても、めずらしいわね。あなたが他人と一緒に行動するなんて」
「失礼な。それなりに交流はあるさ。お前が河本を選んだ事に比べればめずらしくもなんともないさ」
「言ってくれるわね。それで? 考えを改める気にはなったのかしら?」
「そうだな。あんな顔を見たら、うかうかしていられない」
「そう。だったら、1つだけ気をつけたほうがいいわよ」
「何だ?」
「女の嫉妬は恐ろしいってことよ。男が考えている以上にね。一応、あの子の周りには気をくばっているけれど、いつも目が行き届くとは限らないから。私達でもね」
「…………嫉妬ね。忠告を感謝する」
「あら? あなたからお礼を言われるとは思わなかったわ。そうね、サービスでもう一つ追加。あの女には気をつけたほうがいいわ」
「?」
「表向きはきれいに感情を隠して綺羅を可愛がってるけど。どうも、いけすかないのよ」
礼奈の忠告で彼の脳裏に一人の女生徒の顔が浮かぶ。でも、正直意外だった。彼女は、いつも綺羅を可愛がるし、何より不快な思いをさせないように言動や行動に気を配っているから。しかし、忠告が真実だとしたら、かなりやっかいだ。
隣に視線をやると綺羅は、瑠璃のケーキを味見しながら彼女と二人楽しそうにはしゃいでいる。
(まぁ、注意しとくか。あの様子なら何かされている訳でもなさそうだし。それより、どうやって気持ちを伝えていくか)
この時、考えに耽る要は、気づいていなかった。彼が綺羅に視線を向ける前に彼女がじっとこちらを見つめていたことやその時の表情を。