彼の記憶<綺羅の章>
それは、俺達が幼く、自分達をとりまく環境にあがらうすべがなかった頃の話。
俺の中で最も大切な記憶。
それは、両手に感じた、温もりと自分で立てた誓いの記憶でもある。
――――ふと感じた温かな感触に目を開けてその温もりの正体を確かめた。すると自分を挟むように両隣にその存在は、あった。瓜二つな顔を持つ双子の兄妹。彼等の小さな手が、俺の手をぎゅっと握っている。
それを見て、なんだか分からないが熱いものが胸に込み上げてくる。その理由が分からず、ただ双子達の手をぎゅっと握り返すしかなかった。
すると、隣で眠っていた彼女が目を覚ます。そして、起こしてしまった俺に対して彼女は微笑んだんだ。にっこりと無垢で温かな笑顔で。
その時から、決めた。
何があろうと彼女の笑顔を守ると。
だけど、そんな誓いもあっけなく破られた。
彼女が誰よりも愛して欲しいと思っている人間に。
何でだろう、ただ彼女は、母親に優しく抱きしめて欲しい、優しい言葉をかけて欲しいと願っていただけなのに。
「綺羅? 綺羅、どこだ?」
彼女がいなくなったと連絡が来たのは、もう日が暮れ始めた時間。知らせてくれたのは、彼女の兄である輝と家政婦のババァ。
ちなみに俺は、このババァが大嫌いだ。輝に対しては宝物を扱うかのような態度のくせに、綺羅に対してはその逆。あからさまに、見下した態度をとって来るから。
昼過ぎから遊びに出掛けたまま帰ってこないらしい。ババァは、夕方になれば帰って来ると思っていたらしい、それにちょっと遅くなっているだけだと言っていた。
だけど、輝が強固にそれを否定したので、一応近所を回っているんだと俺の母に説明していた。それを聞いた瞬間、すぐに輝と2人で家を飛び出す。後ろで母親達が何かを叫んでいたがそんなのは無視した。
そもそも、綺羅が俺達以外と遊んでいるところを見たことがあるかとあのババァに言ってやりたい。
「輝、何があったんだ?」
「あの人が帰ってきたんだよ、めずらしくね。それで、僕だけ連れだされたんだよ。一緒にいた綺羅を完全無視して」
「…………またかよ。本当に勝手だよな。ってお前らの母さんだもな、悪い。言いすぎた」
「いいよ。僕も要と同じ事を思ってるから。本当は行きたくなかったけど、仕事って言われちゃね。あの人に迷惑がかかるのはいいけど、他の人にはね。まったく、いい迷惑だ」
輝は、むすっとした顔をして怒っている。自分の親友であるこの少年は、母親ゆずりのきれいな顔をしていた。そのせいか、小さな頃からモデルや役者としての仕事をしている。昔は、綺羅もしていたが今はしていない。成長するにつれ、少し太ってきたから。
そのせいなのかそうではないのか、最近はオーディションとやらに受からないらしく辞めてしまった。
そして、その頃からあの人は、綺羅を邪険に扱うようになってしまったのだ。
特に、最近は外で自分の側に寄ることすら許さない始末だ。綺羅が太っていることが気に入らないらしく、会うたびに痩せなさいと言うらしい。そして、会う時に少しでも痩せていないと怒鳴ったりすると聞いた。
(綺羅だって、その辺の子より断然可愛いのに)
少しふっくらしているからって、醜いとか言うんだから、どっか頭おかしいんじゃないのかと時々思う。
でも、あの人と俺は同じくらいに性格が悪い。だって、綺羅が太っている事を気にしているのを知りながらも、そのままでいいとむしろもう少し太ればいいと思っているのだ。
だって、そうすれば綺羅に近づく奴らはいなくなる。綺羅が可愛いことは、俺だけが知っていればいいと思うから。
(うん、十分歪んでるよ。俺)