約束<瑠璃の章>
陽治の登場に瑠花の顔に心からの笑顔が浮かんだ。一瞬だったが。
「あら、いらっしゃい。それで、説明してくれるわよね?」
「無理だな。俺もさっき親父から聞いたばかりでね。まぁ、こんな事になってるだろうと思って来たわけだが」
陽治は、ちらりと礼人に視線を向ける。しかし、当の本人は説明する気はないようできれいに無視していた。
「まぁまぁ、陽治君。立ち話も何だから座ってちょうだいな。いけない、お茶もまだだったわね」
「はぁ、おかまいなく。では、失礼して」
「瑠璃、こっちにいらっしゃい」
瑠花は、瑠璃を自分の隣の空いているスペースへと呼ぶ。そして、陽治に礼人の隣に座るように促す。
瑠璃は、姉の隣に座ると幾分か冷静さを取り戻す。まぁ、母親の言葉に気が抜けたのもあるが。
「さぁ、どうぞ」
全員にお茶を配り終えた母は、自らの定位置である父の隣に座る。
「それで、今回の件ですが。何故、反対しないんですか?」
陽治は、瑠璃の両親に尋ねる。
「だって、瑠璃ちゃんは昔から礼君のことが大好きだと思ってたのよ。昔から礼君の後ばかり着いて回ってたし。でも、違ったのかしら?」
「何より、瑠璃の将来が心配でなぁ?」
両親は、神妙な面持ちで頷き合う。
「私の将来?」
「えぇ、いくら特別クラスとは言えあの成績じゃねぇ? 一向に英語嫌いも改善されないし、お母さん困っちゃう。イタリアのおじいちゃん、おばあちゃんが日本語を覚えるのにもいい加減限界があるし」
「そっ、それは…………」
何やら雲行きが怪しくなってきたのをひしひしと肌で感じる。
「瑠璃の背じゃあ、いくら武道の腕を磨いても警察官にはなれないだろうしな」
「だっ、大学卒業までまだ時間がある。それまでに背が伸びるかもしれない。それにだからって、何で結婚という話に飛ぶんだ? 他の職業につけるかもしれないし…………」
両親の言葉に始めは、強く反論していたものの、どんどんと声は小さくなっていく。自分の頭の悪さと背の低さが呪わしい。
どんどんと顔色が悪くなっていく娘を見て、さすがに母も不憫かと思いなおし考えた。
「そうねぇ、じゃあこうしましょう!! 今度の試験で一つも赤点がなければとりあえずこのお話を凍結するといのは?」
「本当か!!」
一転して表情が明るくなった娘に、母は頷く。そして、礼人にも問いかける。
「礼人君には、悪いけどそういうことでいいかしら?」
「私は、構いませんよ。結果が出るのを待てばいいだけですからね」
その言葉と余裕ぶった態度に瑠璃は、カチンとくる。
「何だ、その態度。悪いが、私はこの勝負絶対に負けないぞ」
「もちろん、頑張って下さい。学業は学生の本分ですから。でも、この賭けの条件は、不平等です。ですから、この条件を飲む変わりに一つ約束してもらえますか?」
「約束?」
「この賭けに私が勝ったら、私のお嫁さんになるという約束です。これくらいしてもらっていいと思いますが、どうでしょう?」
瑠璃は、しばし考える。確かに今回の勝負は、自分に分があった。
「…………分かった。確かにそれくらい約束しないと卑怯だからな」
「ありがとうございます。では、答案返却日にお迎えに行きますよ」
「ふん、どうせ徒労に終わるさ」
「じゃあ、決まりね。正々堂々と勝負といきましょう」
盛り上がる妹たちをよそに瑠花は、下を向く。
「どうした?」
「瑠璃ったら、うまく乗せられて。どうして気付かないかな?」
「この展開で一番得したのは、お前の両親だな。どっちに転がっても損はない」
「…………絶対にクリアさせてみるわ」
瑠花は強く両方の拳を握るとそう決心した。