指摘<綺羅の章>
「あっ、危ないよ! 佐々木さん!!」
太い枝に腰かけて平然としている瑠璃に、綺羅は手を伸ばす。もちろん、届くわけないのだが、驚きのあまり混乱している綺羅は、その事に気がつかない。
そんな彼女の様子に可愛らしく首を傾げた瑠璃は、綺羅が慌てている理由に気がつき苦笑する。
「渡瀬! 危ないからそこどけ!」
「え?」
その言葉に反射的に横にずれる。すると、彼女は枝の上に立ちあがると、目で距離を測かり行動に移す。
「危ない!!」
綺羅は叫んで止めようとしたが、それよりも先に瑠璃は2メートルはあるであろう枝と地面の距離を気にすることもなく飛び降りた。
綺羅の脳裏には地面に体を打ちつけ怪我をするというシーンが浮かび、その恐怖から瞳を閉じてしまう。そして、聞こえるであろう、彼女の悲鳴を待つ。
しかし、いくら待っても声は聞こえない。その代わりに自分の腕を叩く感触がした。
「大丈夫か? 渡瀬?」
「え?」
瞳を開けるとそこには心配気に自分を見つめる瑠璃の姿があった。
「はははははっ、驚かせてすまなかった」
「だ、誰だって驚きます」
結局、あの後、綺羅は腰を抜かしてしまい、そんな彼女を瑠璃はさき程まで座っていたベンチに座らせてくれた。
「私は、それなりに運動神経はあるし、武道の心得がある。あれくらいの高さなら怪我しないんだ」
「でも、危ないよ」
「すまない。自己紹介で一応話したから大丈夫かと思ったんだ。…………もしかして覚えてないとか?」
―――――自己紹介?
初日にHRで行った自己紹介時の自分の状態を思い出すと、綺羅は勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい。あの時は自分の事で精いっぱいだったから。私、人見知りですぐ緊張するの。緊張すると周りが見えなくなるし」
瑠璃からの指摘に綺羅は、頬を紅潮させて謝る。その姿に彼女は笑って許してくれた。
「そうか、そうか。やっぱりな」
「やっぱり?」
「ん? 渡瀬はいつも1人でいるか萩野と一緒だろ? 他の女子は、萩野をはべらせてお高く止まった女だと言ってたんだが、私はそうは見えなくてな。どっちかというと萩野がくっついてまわっているように見えたんだ」
「嘘!! はべらせてなんかないよ!」
「そう、見えると言ってるんだ。だって、渡瀬は自分から他人に話しかけないだろ? だから必然的に他の女子と仲良くならない上、その結果自分がどういう人間か知ってもらえない。そう思われるのは、仕方ないんじゃないか?」
彼女の指摘に私は返す言葉がなかった。何事にも受身である自分が引き起こした事態。もっと早くそれに気がつかなければいけなかったのだ。
「まぁ、あとは渡瀬次第だな。どうするかは自分で決めろ。じゃあ、私はそろそろ行く。友人達を待たせているんでな」
「…………」
瑠璃は、そのまますたすたと校舎の方へと向かって行く。しかし、綺羅は何も言うことが出来なかった。
「おい! 渡瀬!」
その声に顔を上げると数メートル先で立ち止った瑠璃が叫んだ。
「私は、いつも昼は教室で取る。明日もな」
それだけ言うと瑠璃は今度こそ立ち止る事なく歩いて行った。
―――――お昼はいつも教室…………、よし。
瑠璃の言葉にある覚悟を決めた綺羅は、1人大きく頷いた。そして、先ほどもらった包みを解く。そこには数枚のクッキーが入っていた。その一枚を手に取り、口に運びほおばる。
「…………しょっぱい。砂糖と塩を間違えてるよ…………」