兄の思惑<綺羅の章>
輝の質問に綺羅は、答える事が出来なかった。
輝は、優しい。でも、全てを曖昧なままにはしてくれない。きちんと答えを出さなければいけないことをそのままにするはずがない。
「それは…………」
「綺羅。僕は、君に答えを出す時間を十分にあげたよ?」
綺羅は、俯き、唇を強く噛む。どんなに考えても、輝に返す言葉が見つからない。
だって、自分は何も変わっていないから。3年前と今とで違うのは、1つだけ。かけがえのない友人達が出来たことだけ。
それだって自分を変えたんじゃない。
ただ、甘える対象を輝から瑠璃達に変えただけ。
今、輝と相対することでそれを痛いほど実感した。
「だって、怖いんだもん。昔みたいになりたくない。今が幸せなの!!」
「そんなの本当の幸せじゃないよ。分かるでしょう? 自分を偽って受け入れられたって、そんなのまやかしだよ」
「………………」
「あの子が大切だっていうなら、話してみなよ」
それまでじっと2人の様子を見守っていた要は、分からないようにそっと溜息をつく。
綺羅がここまで頑ななのは、自分達にも責任がある。
あの頃は、それが正しいと考えていた。綺羅に対して悪意を向ける人間から隔離して、彼女が傷つかないようにすることが。
でも、瑠璃達と会ってそれが間違いだと気付いた。
だから、輝から帰って来ると連絡があっても黙っていた。
ブ―、ブ―、ブ―。
ブレザーのポケットに入れていた携帯が鳴る。要は、携帯を取り出してディスプレイに表示された名前を見て顔をしかめた。
「もしもし」
「あぁ、要? 悪いねお取り込み中に。綺羅ちゃん、大丈夫?」
「馴れ馴れしいですよ」
「嫌だね、嫉妬深い男は、嫌われるよ」
「それで、何の用ですか?」
「あぁ、瑠璃を連れて帰るから」
「は? 何であなたが?」
それまで声をひそめていた要だが、相手からの思いがけない言葉に声を上げる。それに気づいた綺羅達は、ひとまず争いを止めた。
「あのねぇ、彼女は将来俺の義姉なの。何があったかは知らないけど、あの落ち込みようは尋常じゃないからさ。家に連れて帰って兄貴に託すことにしたの。あぁ、車が来たから。じゃあ」
「ちょっと、待って…………」
「要君」
「会長がチビ…………すまん。瑠璃を連れて帰ると」
「嘘!! 行かなきゃ…………」
その言葉に綺羅は、一目散に駆けだして行く。余りの素早さに要は、もう帰ったと止める事が出来なかった。
「要」
「本当に来るとは思わなかった」
「うん。したくはなかったけどさ、こうでもしないと綺羅は動かないから。まぁ、その責任はこっちにあるけどね」