姉VS礼人<瑠璃の章>
――――榊原 礼人、22歳。海原総合商社の秘書室勤務。180に若干足りないが長身でそして女よりも整った顔をした男。その上、日本舞踊の家元の息子のせいか、その所作はとても優美である。そんな奴に対する世間の評価は、紳士で出来る男。しかし、私は知っている。奴がそんな男ではないことを。紳士の皮を被った悪魔だということを。
「久し振りですね、瑠璃」
「何が久し振りだ! ふざけるな、何が婚約だ!」
今回の馬鹿馬鹿しい騒動の原因である、男の登場に瑠璃は牙を向く。すると、そんな彼女を見て礼人は微笑む。
「ふざけてなどいませんよ。私は、昔から君のことが好きですからね」
「残念だが、私は好きではない!!」
礼人の言葉を一刀両断した瑠璃は、改めて両親に向きなおり宣言する。
「婚約など私はしない。私はまだ15だ。自分の結婚相手は自分で決める」
「無理ですね。君の理想に叶う人間などいませんよ。私で手を打つべきですね」
「私は、両親と話しているんだ。横から口を出すな!」
いつの間にか、自分の隣に腰かけた礼人に瑠璃の怒りのボルテージが益々上がっていく。
そんな二人のやり取りを今まで黙って見ていた瑠花がこの状況を打破するべく徐に口火を切った。
「私も瑠璃に賛成。まだ、15歳で人生を決めるなんていくら何でも可哀想だわ」
「私は、彼女を幸せにする自信があります」
「悪いけど、友人としてもそして何より瑠璃の姉としてその言葉が信じられないの。大体、本人の意思を無視して話を進めているのが、気に食わないわ。それで、幸せにする? よくそんな大それた事が言えるわね」
その瞬間、二人の間で火花が散ったのを瑠璃は見た。しかし、自分の意思を守ろうとしてくれる姉の優しさにじんと胸が熱くなる。
そもそも、瑠花自身この話は寝耳に水だった。めずらしく、早めに帰宅が出来たので妹の試験勉強を見てやろうと思っていた矢先に両親からこの話を聞いたのだ。
大体、大事な妹をこんな男になどやりたくない。その為には、絶対にこの場を引くわけにはいかない。
「では、聞きますが。彼女を幸せに出来ないと私を判断する、その根拠は、何でしょうか? 何より私の彼女に対する思いを貴女は知らないくせに、勝手に判断する訳ですか」
表向きは、にこやかに。けれど決してその瞳は笑っていない。そんな礼人を見て姉も同じような表情で対じしている。
昔から、この二人はこうだ。仲が良いのか悪いのか分からない。きっと、姉の恋人という緩衝材が間になければ決して友好的な人間関係は築けないだろう。
それに、私は昔からこの男が苦手だった。決して本音を人前で出さないところ、そのくせ時々こうやって本性をあらわにするなど挙げればきりがない。
(怖い、怖すぎる。一体、何で私がこんな目に合わなければいけないんだ)
どんどんと剣呑さをます二人を見ながら瑠璃は、本気で泣きたいのを懸命に堪えていた。何より、自分を守ってくれようとする姉の前で泣くわけにもいかない。しかし、その我慢も限界のようでその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「お前ら、いい加減にしろ。瑠璃を泣かす気か。大丈夫か? 瑠璃?」
「陽兄!!」
そう言って現れたのは、姉の恋人・海原 陽治。
(助かった〜)
新たに現れた救世主とも呼べる人物の登場に心底ホッとした瑠璃だった。