自分の道〈瑠璃の章〉
あの後、彼女は瞳の件で泣くことはなく、いつしかその痛みすら乗り越えて笑うようになった。あの幼い少女の一体どこにそんな強さが存在するのかと不思議に思ったものだ。
が、そんな彼女が一人で泣いている。今度の原因は、間違いなく自分だ。
もちろんこのままにしておく訳にはいかない。
礼人は、わざと扉の音をたてて部屋へと入る。その音に敏感に反応した瑠璃は、くるりと自分に背を向けた。そして、両手で顔を拭う。
「か…………帰れと言っただろうが…………」
「はい」
「なら…………」
「しかし、女の子を泣かせてほっておくなど性にあいません」
「べっ、別にこれは礼のせいじゃないぞ!! あまりに自分が短気で情けないから泣いているだけで」
「えぇ、僕のせいでお師匠さんとの約束を破らせてしまったこともお詫びしなければいけませんから」
お師匠さんとは、瑠璃の祖父でこの道場の師範のこと。孫娘に武道を教える時、彼は約束させていた。緊急時以外は、素人に手を上げてはいけないと。
今回は、ただ頬を軽く打っただけのこと。それに原因は自分の醜態だと礼人は納得している。しかし、気性がまっすぐな彼女にとっては、約束を破ったことには変わらない。
「僕の個人的な事であなたにまでご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
礼人は、正座をし床に三つ指をつくと深深と頭を下げる。その姿を見て瑠璃は、慌てた。
「なっ、何をしている!! 頭を上げないか!」
「許してくれますか?」
「許すも許さないもあるか!」
「許しますか?」
礼人が一歩も引かないのを見て瑠璃は、叫んだ。
「許す! 許すとも!!」
「ありがとうございます」
瑠璃の許しを得ると礼人はすぐに頭を上げる。
「ついでに僕の独り言を聞いてはくれませんか?」
そう言って自分を見つめる礼人の表情を見て瑠璃は、黙って頷いた。
それから、ポツリポツリと語られた内容に瑠璃は、驚き戸惑う。これは、自分のような子供が聞いていいことではない気がしたから。
しかし、話を聞いていくうちに思う。ただでさえ、プライドの高い礼人。そんな彼が同年代の人間に素直に感情を吐露出来るはずがないと。
「すみませんでした。長々と」
「いいや、私も以前礼人に話を聞いてもらったからな。それにあれで随分気が楽になったし。礼人が楽になるならいつでも話を聞くぞ」
「ありがとうございます」
「それに私が言えることは一つだ。踊りを止める必要などないじゃないか」
「?」
「だってそうだろ? 礼には自分が理想とする舞があるんだろ? それを形にしたいから舞っている。だったら、別に人前で舞う必要はないと思う。自分が納得できるまで好きに踊ればいい。それに、私は礼の舞が一番好きだぞ」
その言葉に自分の心のもやもやが晴れていくのを礼人は感じる。確かに自分は率先して人前で舞たいかと問われれば、どちらかというと否だ。あくまで自分の中の理想を現実にしたいというだけだ。それなら瑠璃の言う通り、一人で納得出来るまでやればいい。
きっと父は、それを見抜いていたのだ。確かにこんな考えや心構えでは、プロとして人前で舞うなどあってはならないことだ。どの世界でも玄人は、玄人としての誇りを持たなければやっていくことなど出来ないのだから。
兄や弟は、才能以上に人を魅了したいと強く思っている。そしてその為の努力を惜しまないでいるのだ。
そんな二人と同列になど立てるわけがない。
――――なら、自分だけの道を探してみよう。
「そうですよね。…………ありがとうございます」
「ふふっ、いつもの顔に戻ったな! それでいい! よし、戻ったついでに言わせてもらうぞ」
「何ですか?」
嬉しそうに笑った後、ひどく顔を顰める瑠璃に礼人は首を傾げる。
「その臭いを何とかしろ。礼にその臭いはまったく合わない。いつもの香がいい」
「やっぱり、そう思いますか?」
「あぁ」
「明日には戻します」