いつかの彼女<瑠璃の章>
母屋へと向かう入口は一つしかないので、瑠璃が出てくるのを待つことにした。しかし、十分程たっても出てくる気配がない。
(どうしたんでしょうか…………)
このまま待っていても仕方ないと考え、礼人は彼女が消えた扉へと向かう。すると、少しだけ隙間が空いている。どうやらきちんと閉まっていなかったようで、そこから中の様子を伺えそうだ。そっと近付くと中から声が聞こえてくる。
(声? …………もしかして泣いている?)
中から聞こえるのは、少し掠れた泣き声。必死に声を出すまいと耐えているようだった。その姿は、いつかの彼女の姿と被る。
それは、瑠璃の家庭教師を始めてまもない頃のことだった。
あの当時、瑠璃が不登校を起こした理由を家族の誰もが知らず、学校へ問い合わせても校内でのトラブルは一切ないとの解答。母親や姉が遠まわしに聞いても硬く口を閉ざしていた。
「…………やられました! まったく…………」
その日、礼人は学校から貰った学習プリントをやるように指示を出し、少しだけ席を外した。その一瞬の隙をついて瑠璃は、勉強部屋から脱走していた。
机に放置されたままのプリントに目をやると、一応全ての欄の答えは埋まっていた。多分、暇になったので外に出たのだろう。
すると、数枚のプリントの間から手紙らしきものが出てくる。
「何ですか、これは?」
こんな物があっただろうかと礼人は、首を傾げつつ、それを開く。どうやら、担任から瑠璃への手紙らしい。
その手紙の何行かを読んだ礼人は、深く溜息をつく。
「これが原因ですか…………。何が校内での問題はなしです」
礼人は、手紙を畳むと机の上に置く。そして、瑠璃が出て行ったであろう庭へと自分も向かった。