怒り<瑠璃の章>
結局、放課後まで生徒会室で過ごした。瑠花の指摘に冷静さを取り戻した後、再び教室に行こうなどと考えることはなかった。
「まぁ、臭いは消えましたし。これくらいない、大丈夫でしょう」
大量に水を飲んだり、シャワーを浴びたりした結果、酒臭さはとれた。念のため、陽治の香水も拝借。
「ごめんください」
声をかけながら玄関の戸を開く。すると、廊下の奥から駆けてくる音が聞こえる。
「いらっしゃい。礼…………」
「こんにちは、瑠璃」
嬉しそうに駆け寄ってきた瑠璃だったが、礼人の前に来ると何やら顔を顰める。その上、いつもだったら飛びついてくるのにそれ以上寄ろうともしない。
「どうしましたか?」
そのいつにない反応に礼人は、困惑する。
「ちょっと来い」
瑠璃は礼人の手首を掴むとそのまま道場の方へと引っ張っていく。礼人は、戸惑いつつもされるがままに付いて行った。
「そこに座れ!」
道場の床を指した後、瑠璃は礼人を置いてそのまま奥の部屋へと消えて行く。とりあえず、礼人はそこに正座をする。
すると、瑠璃は腕に何かを抱えて戻ってくる。見るとそれは救急箱だった。
「右手を出せ!」
言われるがまま手を出すと、瑠璃は不機嫌な顔のまま、湿布やテーピングを施していく。そして、治療が終わるとそのまま黙りこんでしまう。
「ありがとうございます。…………何を怒っているんです?」
自分が何故怒っているのかさえ、分かっていない礼人に瑠璃はパシンとその頬を軽く叩いた。
「何を怒っているかだと! その手は何だ! どう見たって何かを殴った後だろう?」
「…………はい」
自分より年下の少女に、八つ当たりで床を殴ったとは言えず黙って頷く。
「礼の手はそんな事をする為にあるんじゃないだろう? 自分の理想の舞を形にする、その為に体は労わるし、ましてや暴力は行わないと言ったじゃないか!」
「確かに言いました。しかし…………」
「言い訳はいい。もう、今日は帰れ!」
瑠璃は、立ち上がり部屋の奥へと消えて行った。
あんな年下の少女にお説教をされることになるとは思わなかった。しかし、どうしてだかむしょうに悲しかった。というか、情けなさすぎる。
そして何より、あの気性のまっすぐな少女に軽蔑されるといのがどうしても嫌だと思った。