恐れていた事態<瑠璃の章>
ついにこの日がやってきてしまった。
判決を待つ被告人にでもなってしまったかのような気分。もちろん、毎度毎度同じ状況に陥る自分が一番悪いと知っている。
この日を迎える前に必死に努力はした。
あぁ、私の大好きな言葉は、努力だ。いつだって人一番努力してきた、だから今自分はこの場所にいられる。
それは、自信を持って断言しよう!
しかし、時には努力だけでは補えない状況が起こりうるのだ…………だいたい………。
「るー、呼ばれてるよ〜」
「るぅ、何事も諦めが肝心」
「瑠璃ちゃん、早く行っておいで」
「毎度毎度、往生際が悪い奴だな」
「そうだ、そうだ、毎度のことなんだから気にするな!」
「うるさい! お前達、他人事だと思って!!」
あまりにも無神経な言葉に怒鳴り声を上げ、立ちあがる。
「「「「「他人事だし」」」」」
「ひどい!!」
その声に教室にいた他の面々が笑いを堪える。
あちこちから漏れ聞こえてくる笑い声に瑠璃は、顔を紅潮させた。
(いけない、いけない。ここは教室)
「おい! 佐々木、とっとと取りに来い!」
瑠璃の往生際の悪さに痺れを切らした担任が教壇から叫ぶ。
その声に、体を小刻みに震わせながら瑠璃は、向かった。
「ほら、おしかったなぁ、佐々木。あと1点で補習コースから逃げられたのになぁ」
そう言って渡された答案用紙の上の方に赤いインクで書かれた29点という文字がでかでかとその存在を主張していた。
「嘘だー! 何でだ! あんなに必死に勉強したのに〜」
「うん、うん。先生もその努力は認めるぞ。だが、諦めていつも通り補習な」
自分の頭をポンポンと叩き励まして来る担任の手を振り払うと瑠璃は、急いで席に戻る。そして答案を小さく折りたたむと鞄へとしまいこんだ。
「おしかったわね。あと1点〜」
楽しげな口調で爪の手入れをしながらそう茶化したのは、肩より少し長い栗色の髪を巻いた少女。友人その1・栗本 静音。
「だんだん点数は上がってる。次はきっと大丈夫」
俯く瑠璃の頭を優しく撫でるのは、背の半ば程まである黒髪をゆるい1本の三つ編みにした友人その2・麻賀 礼奈。
「うん、頑張ったよ。瑠璃ちゃん」
そう言って必死に励ましてくれるのは、少し猫毛な髪を編み込みにした少しぽっちゃりした友人その3・渡瀬 綺羅。
「きぃちゃん〜」
瑠璃は、隣の席に座る綺羅に抱きつく。そんな瑠璃を優しく抱きとめた綺羅は、よしよしとその背を撫でてやる。
「ちび、綺羅に気安く抱きつくな」
そう言って、瑠璃の首根っこを掴み元の席に投げたのは、萩野 要。綺羅の彼氏だ。
ちなみに瑠璃はこの男が大嫌いだった。
自分の事を猫か何かと一緒にしている節があるし、何より大好きな綺羅を一人占めする憎らしい奴だからだ。
「要。投げるなよ、いくら瑠璃がちびっ子だからってさぁ」
「誰が、ちびっ子だ!!」
振り向きざまに瑠璃が放った右ストレートを軽々避した河本 圭太を見て瑠璃は舌打ちをする。
「危ないから!! 有段者が素人に手を出しちゃいけません」
「…………どうせなら見られないくらいに変形させてくれてもかまわないわ」
「礼奈さん!? 自分の彼氏にその言い草はないのでは?」
「その不快な口が閉じられるなら、問題ない」
「うん、次ははずさない」
瑠璃が真面目に頷くのを見た圭太は、顔を青ざめる。
礼奈は、そんな圭太を無視して綺羅と何やら互いの答案を確かめ合っている。
「それより、るー。どうするの? また、怒られるわよ?」
「ふん! 元々、一芸入学の私に学力を求める方がおかしいんだ」
瑠璃の開き直りとも取れる発言に、友人達は苦笑する。確かに、自分達の特別クラスは、学力は求められていない。だが、さすがに毎回毎回、補修の生徒を甘やかすほどこの学校も甘くはないのだが。
「まぁ、一週間だろ? いつも通り受けとけばいいじゃん。なのに何をそんなにむきになってたんだよ、瑠璃は」
元々、今回の瑠璃の異様なまでの赤点回避の執念を不思議に思っていた圭太は、首をひねる。
「そうよ。るぅは、きちんと学校に貢献しているもの。だからこそ、先生方もいつも補修用教材を事前に用意しているんだろうし」
「ちょっと、礼奈。さすがに、それはるーが可哀想よ。それじゃあ、るーの努力を完全否定でしょう?」
「失言だったわ」
「別に、本当のことだから気にしてない」
瑠璃がその小さい体を更に縮ませて落ち込むのを見て、さすがに皆、その只ならぬ様に口を閉ざす。
佐々木 瑠璃。149センチという小柄な体格ながら、自分より遥かに体格のよい男も軽々投げ飛ばす、怪力娘。
そんな中身と反して、外見は、薄茶色のウェーブがかった髪に愛らしい顔だちというギャップで絶大な人気を誇る彼女。性格は、まさに竹を割ったような性格である為、並みの男より男前と同性からも好かれているのだが。
どうにも様子がおかしい。
いつもなら、叫んだ後すぐに立ち直るのだがこの暗さはどうしたことだろう。
「瑠璃ちゃん。どうしたの?」
「…………してしまったんだ」
「え? 何?」
ボソボソと呟く瑠璃の声を聞き取ろうと綺羅は、耳を近付けた。すると、彼女の口から出た答えは、とんでもないものだった。
「父さん達と約束したんだ。今回、赤点だったらあいつと婚約するって…………」
「えぇーーーーーーーーっ!!」