ある雨の日に<瑠璃の章>
思いがけない綺羅のセリフに要は、驚き目を丸くする。
「本当なのか?」
「確証はないんだけどね。瑠璃ちゃん自身、自分が恋しているって自覚がないしね。ただ」
「ただ?」
「あの時、見た瑠璃ちゃんの顔は恋する女の子の顔だったなぁって。本当に大好きなんだなって気持ちが伝わってくるような笑顔だったの。見てるこっちの方が照れるくらいに」
――――あれは、中1の春。瑠璃ちゃんとお友達になったばかりの頃。
「あー、やっぱり降って来ちゃったね」
「あぁ。まったく忌々しい雨だ」
生徒用玄関の扉の前で、外を見ながら2人は愚痴る。
さっきまで青空が広がっていた。しかし、突然黒い雨雲が空を覆ったかと思うとその数分後には、バケツをひっくり返したかのようなどしゃ降りの雨。
そんな中、部活のない静音は、お迎えが来たのでさっさと下校。礼奈と圭太は、委員会がある為ここには居らず、要は、生徒会の会議で当分帰れそうにない。
「もう少し、待ってみようか?」
「あぁ、そうするしかないか」
仕方がないのでカフェテリアにでも移動しようと中へ戻ろうとした時だった。
「瑠璃」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには傘を持った若い男が立っていた。
「あれ? 何でいるんだ?」
「弟に傘を届けにきたら、見慣れた姿を見たので。どうやら、傘が無いようでしたし」
「あぁ。まさか、降るとは思わんだろう。あれだけ、晴れていたんだ」
「じゃあ、送って行きますよ」
突然、現れた端正な顔立ちの青年に綺羅は、思わず見とれる。何より、一つ、一つの仕草が洗練されていて、男性とは思えない美しさを演出している。
そんな綺羅の視線に気づいたのか、青年がこちらを一瞥してくる。しかし、その視線は瑠璃に向ける優しいものとは違い、冷たさを含んでいてまるで自分の事を品定めしているような感じを受けた。
「お友達ですか?」
「あぁ! 今年になって初めて同じクラスになったんだ。中等部からは、特別クラスに振り分けられるからな」
特別科は、初等部の頃から存在しているが、それは勉学の時だけ適用されるもので、小さい内は、色々な人物と触れ合うべしという学園の規則から普段は、普通科のクラスに振り分けられていた。
中等部からは、より個人に適した環境をということで特別科は、特別クラスとして独立したクラスになるのだ。
「ほら、この間話しただろう? きぃちゃんだ」
「あぁ、彼女が」
瑠璃が綺羅の名前を出すとそれまでの態度が一変し暖かいものへと変化する。
その時、綺羅の携帯が鳴る。
「す、すみません」
「いえ、どうぞ出て下さい」
綺羅は、青年に一礼すると携帯を取り出す。見ると、電話の相手は父親からだった。
「もしもし、パパ。どうしたの?」
「雨が降ってるだろう? ちょうど近くにいるから迎えに行くよ」
「本当? うん、うん、分かった。じゃあ、あとで」
電話を切ると瑠璃が自分の元へと駆け寄ってくる。
「きぃちゃん、家まで送って行くぞ」
「ううん、パパが迎えに来てくれるって」
「そうか。じゃあ、これだけでも渡しておく」
そう言うと瑠璃は、手に持っていた青い傘を手渡してくれた。
「え? でも、瑠璃ちゃん」
「大丈夫だ。私はあいつの傘に入れてもらうから。それと、すまん」
最後に小さく謝ってくる瑠璃に、綺羅は首を傾げる。
「あいつがさっき睨んだろう? どうも、私の周囲の人間に初めて会う時の癖なんだ。悪い癖だから治せと言ってるが聞きゃしない。ただでさえ、あの顔で睨んだら怖いのに」
「ううん、大丈夫だから。気にしないで」
「きぃちゃんならそう言ってくれると思った。じゃあ、また明日な」
「うん、バイバイ」
青年の事を語る瑠璃の顔は、言葉とは裏腹にどこか嬉しげだった。その普段とは違う女の子の顔に綺羅は、可愛いなと思った。
そして、綺羅に軽く手を振った後、瑠璃は、小走りで青年に近づき彼の袖口を引っ張る。すると、青年は少し困ったような顔をすると、綺羅に向かってお辞儀をしてきた。その顔には、先ほどまでの冷たさは一切なかった。
綺羅も慌ててお辞儀をし返すと、2人は仲良くその場を去って行った。