自覚なし?<瑠璃の章>
「はい! 瑠璃ちゃんの分!」
綺羅から手渡された皿を受け取った瞬間、それまでの不機嫌な表情から一転、幸せそうな笑みを浮かべる。
その笑みは、何も知らない人間から見たら、天使の微笑みと称してもおかしくない程の可愛らしい笑顔だ。
「今日のは、何なんだ?」
「ふふっ、今日のはねぇ。オレンジムースのタルト。実は、パパが沢山オレンジを貰って来たのよ。ゼリーとかでもいいかなとも思ったんだけどね」
「ほーっ。では、いただきます」
きちんと両手を合掌すると、手に持ったフォークで一口食べた。綺羅は、その様子をドキドキとした表情で見守っている。
ゴックン!
「うっ、うまい。さすが、きぃちゃん! 天才!」
「本当!?」
「あぁ。やっぱり、きぃちゃんの作るお菓子は最高だ!」
いつもようにはしゃぐ2人を見ながら、静音達も自分の分に手を出す。ただ1人、甘い物が苦手な要だけは、コーヒーを飲んでいた。こういう時、大がつくほど甘い物好きの瑠璃の存在がありがたい。いくら、自分が褒めたところで、褒めたのが甘い物嫌いの自分では、綺羅が嬉しくないだろうから。
――――キンコンカンコン。
スピーカーから呼び出し用のチャイムが流れる。どうせ、教師の呼び出しだろうと瑠璃達は、そのままお茶を続けていた。
『生徒の呼び出しをします。特別科3年佐々木 瑠璃さん。至急事務室まで来てください」
「私?」
「みたいね。事務室ってことは、るぅの家から電話じゃないかな?」
「るー、携帯は?」
「…………そう言えば持って来るの忘れた。まぁ、行ってくる。きぃちゃん…………」
「大丈夫。おかわりは、たくさんあるよ!」
「そうか。すぐ戻る」
綺羅の言葉にパッと明るい顔をすると、走って部屋から出て行った。
「いってらっしゃい」
にこにこと手を振って送り出す綺羅以外の人間は、何となく呼び出した人物が予想出来た。
「そう言えば、中1の時、ちびが劇を嫌がった理由を知っているか?」
「何? 急に?」
「そうよ、そんな昔の事」
唐突な要の問いかけに礼奈と静音は、怪訝な顔をする。
「いや、あいつが異性を遠ざけ始めたのは、あの頃からだなと。確かにあまり自分からは近づかない方だったが、昔はあんなじゃなかったしな。言葉も振る舞いも」
「口調は、元々あんな感じだったと思う。まぁ、空手部の主将として部員をまとめあげる為には、あれが適しているし」
「そうそう。じゃなきゃ、あんな熊みたいな連中扱えないって。おかげでいい感じに下僕化してるわよねぇ」
「あれは、下僕というかつかいっぱしり。ううん、手下?」
瑠璃に好いように扱われている。いや、むしろ嬉々として服従している面々を思い出したのか、静音達は、ケラケラと声を上げて笑っていた。そんな、2人を見て要は、大きな溜息をつく。
「要君」
「何だ? 綺羅」
いつの間にか自分の横に来ていた綺羅を見て要は、表情を和らげる。
「あのねぇ、瑠璃ちゃんの事だけど」
「何か知っているのか?」
「うん。劇を降りた後に1度だけ言ってたの。男は、みんなけだものだって。紳士の皮を被ったただの獣だから、私にも気をつけるようにって」
「ふーん、その獣の正体があの人か」
「そうだとしたら大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だろ。ちびなら、自分の意思に反して何かされそうになったら相手の骨を折るなりしてでも逃げるだろ」
「うん、そう出来ればいいんだけどね。それは無理なような気がするし」
「何でだ?」
「だって…………自分の好きな人を傷つけるなんてこと出来ないでしょう? いくら、本人が無自覚でもね」