九話「カザフさん、勝負する」
酒場で出会った少年冒険者に挑まれ、一対一の勝負をすることになったカザフは、今、酒場近くの広場に立っている。
アイルは木で作られた剣を持っているが、カザフは素手。
それは、力の差を考慮してカザフが決めたことだった。
二人の勝負を一目見ようと、広場には野次馬たちが集まっていている。野次馬は、冒険者から街の人まで、様々な人たちがいる。ただ、その誰もが、いきなり始まった冒険者同士の勝負に興味を持っている——それは確かだ。
「行くぞ!」
先に仕掛けるのはアイル。
剣を手に、カザフに向かって全力で駆けていく。
アイルの真っ直ぐ過ぎる走りに、カザフは密かに呆れた。アイルが、あれほど自信があるようだったにもかかわらず、素人に限りなく近い動き方をしているからだ。
脳の発達具合がまぁまぁで単純な思考しかできない魔物が相手なら、真っ直ぐ攻めていっても勝てないことはない。けれど、人間と戦うのなら、少しは工夫した方が良いだろう。
もちろん、実力で相手を圧倒しているなら話は別だが。
「覚悟しろっ!」
真っ直ぐに突っ込んできたアイルは、掲げた剣を振り下ろす。
カザフはギリギリのところまで引きつけておいて、剣が振り下ろされる直前に横に動いて刃をかわした。
アイルの剣技は、教科書通り。
経験豊富な者ならどこから来られても軽く避けられるレベル。
「かわされたっ!?」
人と戦える剣の腕ではないアイル。彼は、それに加えて、メンタル面でも完成していなかった。一度の振りをかわされたくらいで心を乱しているようでは、優秀とはとても言えない。
「くそ!」
カザフはアイルをじっと見つめ観察する。
そして、剣による攻撃を、毎回すれすれのところで避ける。
当たりそうで当たらない——絶妙な惜しさにアイルは苛立ち、剣のコントロールが徐々に荒れてくる。
「当たれっ!」
「駄目だよ、乱暴に振るだけだったら」
アイルは元々華麗な剣技を持っていたわけではない。しかし、勝負が始まった頃と比べて、今の彼の剣技は乱雑過ぎる。剣使いとはとても思えないような適当さだ。
「考えて、計算して、振らないと」
「余裕かましやがって!」
「それと、冷静さも大事だね。冷静さを失ったら、負けに大きく近づくよ」
カザフはアイルの単純な攻撃をきちんとかわしつつ、さりげなくアドバイスする。しかし、その言葉は、今のアイルには届かない。
諦めたカザフは、一歩踏み込む。
そして。
「……ほいっ」
アイルの腹に軽く拳を食らわせた。
結果、少年の体は凄まじい勢いで後ろ向きに飛んでいった。
「あの人、強いわね……」
「信じられねぇ……」
観客がそれぞれ呟く。
カザフの拳を食らい凄まじい勢いで吹き飛ばされたアイルは、地面に倒れ込んだまま。すぐには起き上がれない。
アイルが倒れたまま愕然としている間に、観客たちが「これは兄ちゃんの勝利だろ」と言い始め、その声はあっという間に大きく広がっていく。
そうして、カザフの勝利となった。
現実を突きつけられたアイルは、その後しばらく泣き続けていた。
◆
「アイルくんだったっけ……その、さっきはごめんね。強く殴ったりして」
勝負を終えたカザフは、動けないアイルを抱き上げて、酒場内に一旦戻った。そして、二人席に腰掛けて、ジュースを奢っている。だが、アイルの機嫌は一向に直りそうにない。
「うるせぇよ……」
「ほら、キウイジュース。僕が払うから、飲んで?」
「恥かかせやがって……」
カザフは不機嫌なアイルのためにキウイジュースを注文したのだが、アイルは少しも飲もうとしない。
ちなみに、自分用はラズベリージュースを注文した。
「もしかしてラズベリーの方が良い? だったら交換する?」
「う、うるせぇ! もう構うなよ!」
アイルは野次馬から「挑んでおいてあっさり負けた馬鹿若者」という視線を向けられ、傷ついている様子だ。
「でも、構うなって言うわりには、ここにいてくれているよね? どうして?」
「た、ただの休憩だ! 喋りたくねぇんだよ、今は……」
「そっか……分かったよ。じゃあ、話しかけないでおくね。ジュースだけ飲んでね」
カザフはアイルと少し話をしてみたいと思っていた。でも、アイルの様子を見ていたら、それは無理そうだと悟った。だから、ジュースを奢るだけにしておこうと気持ちを切り替える。
——そんな時だった。
柄の悪そうな男子二人組が近づいてくる。
「おいおいにーちゃん! 勇ましく挑んで負けたらしーなー!」
にーちゃんというのは自分のことかと一瞬思ったカザフだったが、男子の視線を見ていたら、アイルのことを言っているのだと気づくことができた。
「……ほっといてくれよ」
アイルは小さく返す。
すると、男子二人は調子に乗り始める。
「挑んで負けるとかかっこわりー」
「ばっかじゃねーのー」
「相手は自分の実力を考えて選べよー」
「マジそれな! ギャハハ!」
男子二人の言っていることは完全な間違いではない。
しかし、言い方が問題だ。
人は誰しも間違いを犯すことはある。それに、アイル自身とて、挑み方を間違えたということは気づいているはずだ。これほど落ち込んでいるのだから、反省しているだろう。
にもかかわらず、間違いを無理矢理掘り起こそうとする男子二人に、カザフは段々腹が立ってきた。
それで、彼はついに口を開く。
「ちょっと、君たち」
カザフが真剣な声で切り出したものだから、男子二人は一瞬きょとんとする。
「そういう言い方、感じ悪いよ」