八話「カザフさん、年下に挑まれる」
「カザフとやら! 俺と勝負しろ!」
晴れた日の昼下がり。
人口二百人ほどの街にある酒場で依頼探しをしていたら、見知らぬ少年に絡まれた。
「えっと……何、かな」
「俺はアイル! アイル・オーフェンだ!」
自信満々に名乗る十五歳くらいの少年アイルは、恥ずかしげもなく、堂々と大声を出している。
どこからどう見ても子どもだ。
油で固めて上向きに立てた金髪頭からも、子どもっぽさが感じられる。
いや、厳密には、大人っぽく見せようと無理して妙な方向性に成長してしまっている子ども、の方が相応しい表現か。
「俺と勝負しろ!」
「いきなり何を言ってるのか、よく分からないよ」
「一対一で戦ってくれって、そう言ってるんだ!」
カザフは冒険者。戦いは不得意ではない。もちろん、冒険者の中にも戦闘が苦手という者もいるだろうが、カザフはそれには当てはまらない。
ただ、カザフの強さは、魔物相手の戦闘が強いという意味の強さであって。人に対して剣を振る形の戦いが強いというわけではない。
カザフは基本平和主義。
それゆえ、人間に剣を向けることは、あまり好きでない。
「えっと……あの、僕に対して何か怒っているのかな?」
「違う! カザフってやつが強い冒険者だと聞いたから、俺の方が強いってことを証明しに来たんだ!」
体格には大きな差。
年齢的に経験にも大きな差。
普通考えれば、カザフの方が強いと分かるだろう。
でもアイルはそれに気づけていなかった。
それも若さゆえなのだろうが……。
「えっと……そっか。じゃあ、君の方が強いってことにしておいてもらっていいよ」
カザフは少年と争う気はない。
人と人の争いは、冒険者の仕事ではないからだ。
何か言い返したことで喧嘩になっても問題だと判断し、カザフはあっさりとしたことしか言わないでおいた。しかし、アイルは話を終わらせはしない。
「おい! 待てよ!」
歩き出そうとしたカザフの右の袖を、アイルは掴む。
「まだ……何か用があるのかな?」
「逃げる気か!?」
今にも噛みついてきそうなアイルを見て、カザフは困惑する。
なぜいきなり喧嘩を売られてしまったのか、彼にはまったく分からないのだ。
「逃げるって……そんなつもりはなかったんだけど……」
「戦わず去るなら、それは逃げだぞ!」
「え、でも、君が『カザフより強い』って思えたら、それだけで良いんじゃ……?」
カザフは言動は穏やかそのもの。他人を傷つけたりするようなものではない。しかし、何があっても穏やかさを失わずにいられるその余裕がアイルを変に刺激してしまっているという側面は、少しはあるのかもしれない。
「それじゃ駄目だ!」
「どうして?」
「こっちが負けたみたいだろ!」
「えぇ……」
アイルは一向に去ってくれそうにない。
ついに諦めたカザフは、困り顔になりながら言う。
「……分かったよ」
瞬間、アイルの表情が晴れやかになる。
「やーっと乗ってきたか!」
説得に説得を重ね、ついに戦ってもらえることになったアイルは、全身から喜びを迸らせる。顔面の表情はもちろん、ガッツポーズしている腕や今にも飛び跳ねまわりそうな脚からも、喜びが放出されている。
「でも、ちょっとだけだよ?」
「何だ! その子どもに言うみたいな言い方は!」
「ごめん。でも、君、子どもだよね?」
純粋に疑問がありそうな顔をするカザフ。
余計にアイルを刺激しそうな振る舞いだが、本人に悪意はないのだ。
「そうだ! でもな! 子どもだからって俺を舐めていたら、痛い目に遭うぞ!」
「うん。気をつけるね」
「よし! じゃ、勝負開始だ!!」
◆
酒場を出て十秒ほどで到着できる広場で、カザフはアイルと向き合う。
上向きに立った金髪の少年アイルは、木製の剣を一本持ち、胸の前で構えている。瞳はやる気に満ちている。
それに対して、カザフは、非常に面倒臭そうな顔。愛用の剣は付近の地面に置いている。武器は何も持っていない。
「本当に素手で良いのかよ!?」
「うん。いいよ」
二人の周りには人だかりができている。
もっとも、いきなり一対一の勝負が始まったのだから、当然のことなのかもしれないが。
「この剣が体に当たった瞬間俺の勝ちだからな!」
「それでいいよ」
「余裕かましやがって……!」
「怒らないで怒らないで」
こうして、勝負の幕が上がる——。