七話「カザフさん、鍋食べる」
依頼主のお婆さんの家へ招かれたカザフ。
なんと、キノッコ鍋を振る舞ってもらえることになったのである。
お婆さんの家は小さな小屋のような家だった。一応煉瓦造りではあるものの、狭く、玄関を通るなり居間。ベッドは居間の隅に置かれており、他の部屋といえば手洗い場と風呂があるくらいだけ。実質二部屋、という感じである。
「座って少し待っていてねぇ。すぐ作るから」
「ここの椅子で大丈夫ですか?」
居間の中央には一辺一メートルほどのテーブルがあり、それを囲むように三つの椅子が設置されている。
「どれでも好きなのに座っていてねぇ」
「ありがとうございます」
椅子はどれも同じもの。条件は同じだ。だからカザフは、あまり深く考えることはせず、適当に座った。三席あっても条件が同じなら、考えることはほぼ何もない。
◆
待つこと数十分。
ほぼ完成しかかっているキノッコ鍋がテーブルに運ばれてきた。
「待たせたねぇ」
「おおっ……! 美味しそう……!」
お婆さんが運んできてくれた鍋を目にした瞬間、カザフは半ば無意識のうちに漏らしていた。
白っぽく濁った液体に、切り刻まれたキノッコが入っている。キノッコの笠部分が濃い赤茶色になっているのは、よく火が通っている証拠だ。
鍋の具はもちろんキノッコ以外にもある。
葉野菜、根菜、そして小振りの干し魚など、鍋に入っているもののジャンルは様々。
「すぐ器によそうから、少し待ってねぇ」
お婆さんは、まず鍋をテーブルの上に置く。それから居間に併設されているキッチンへ戻り、器とスプーン二個ずつと大きなスプーン一個を持ってきた。
「良い香りですね」
「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいねぇ」
言いながら、お婆さんは片方の器に鍋の中身を入れていく。
最初にキノッコ。それから野菜類や魚の身。そして最後に、汁の部分を注ぐ。
そして彼女は器をカザフに手渡す。
「はい、お待たせ」
「あ、ありがとうございます……!」
いかにも美味しそうなキノッコ鍋を分けてもらい、カザフはとても嬉しそう。
「もういただいても?」
「いいよぉ」
「ありがとうございます! ではいただきます!」
ついにキノッコ鍋を食べられる時が来た。
カザフは嬉しそうに器とスプーンを持ち、食べ始める。
まずはスプーンで汁をすくう。そしてこぼさないようにゆっくり口もとへ運び、白濁した汁を一気に口腔内へ運び込む。
「し、汁だけでも美味しいィッ!?」
カザフは叫んだ。
彼が口にしたのは汁。つまり、液体の部分だけだ。にもかかわらず、大きな声を発してしまうくらいカザフは美味しく感じていた。
「具の旨みがしみだすからねぇ」
「あっさりしていて、けど深みのある味で、美味です!」
興奮気味に感想を述べるカザフを見て、お婆さんは笑う。
「そうかいそうかい。嬉しい言葉だねぇ」
汁一口だけで既に感動しきっているカザフだが、スプーンを握る手を動かし、今度は具を食べようと試みる。
まずは野菜。
噛むたび、しゃくしゃくと爽やかな音が広がる。
「これは爽やか……!」
「柔らかくなり過ぎないよう、最後に入れたからねぇ」
続けて、小振りの干し魚に狙いを定める。
干した白身魚は、小さく切ってあるのに加えて乾燥させることで一旦身が縮んでいるので、一口サイズに仕上がっている。
もぐ、と口を動かし、カザフは「おおっ」と声をあげた。
「少し塩辛さがあって……でも汁のおかげで辛くなり過ぎてはいない……これも美味しいです」
そして、最後はいよいよキノッコだ。
切り刻まれたキノッコは、一個が二口ほどで食べきれる大きさになっている。他の具よりかは少し大きめ。
半分ほどを口に入れ、はむっと噛んだ瞬間、カザフの瞳に涙の粒が浮かんだ。
もちろん、悲しいだとか辛いだとか、負の原因の涙ではない。むしろ逆。美味しくて幸せすぎることが原因の、良い方面の原因を持つ涙だ。
以後、カザフは全力でキノッコ鍋を食べた。
何か言葉を発する余裕さえ、もはやない。
集中。集中。食べることにとにかく集中。
◆
「ふわぁー。美味しかったぁー」
「気にいってもらえたみたいだねぇ。良かった」
カザフはお婆さんのキノッコ鍋を食べ終え、満足のあまりだらけてしまう。
「料理、凄くお上手ですね」
「お世辞が上手い冒険者さんだねぇ」
「まさか! 本気です!」
「それは嬉しい言葉だ、ふふふ」
こうして、お婆さんと二人きりの鍋パーティーは幕を下ろしたのだった。