五話「カザフさん、花贈る」
ハルマチクサを無事入手し、冒険者が集う施設に戻ったカザフ。彼はすぐに依頼主と連絡を取り、依頼主にハルマチクサ二本を手渡した。
「本当に、ありがとうございます……!」
依頼主の女性は心からの感謝を述べ、お礼としてお金の入った袋をカザフに渡す。
「これで母の病を治せます……!」
「良かったね」
「はい! 本当に、感謝していますので……!」
依頼主の女性は繰り返し頭を下げて、感謝の気持ちを伝える。
そして、カザフは彼女と別れた。
◆
「へぇー、そうなんですか」
カザフはアクセサリー・ナナへ行き、ナナに、アイスロック洞窟での話をする。
「うん。でね、奥の方に行って色々声を発してみていたら、女の子が現れて——」
家族はおらず、厳つい見た目のせいか友人も少ない。そんなカザフにとって、ナナに仕事の話を聞いてもらうのは、心を休めることができる大切な時間だ。
「女の子?」
「ちょっと上から目線だけど、可愛い子だったよ」
可愛い子、という部分に、ナナはぴくっと反応する。
「……もしかしてカザフさん」
「え?」
「その女の子に惹かれていたり……しませんよね?」
それまで穏やかに話を聞いてくれていたナナが突然目を鋭く光らせ出したものだから、カザフは戸惑いを隠せずにいた。
「どういうこと?」
「だから、その……カザフさんが言った『可愛い』っていうのは、男女的な意味での『可愛い』なのかどうなのかって……少し気になって」
ナナが少し恥ずかしそうな顔でそう言うのを見て何か察するところがあったのか、カザフは笑みをこぼす。
「まさか。そんな意味じゃないよ」
それを聞いたナナは「ですよね」と返した。
そのラピスのような瞳には、安堵の色が濃く浮かんでいる。
話が一段落したところで、カザフは「あ、そうだ」と呟く。何か思い出したことがあったようだ。ナナは「何?」というような視線を彼に向けている。
カザフは荷物から、残っていた一本のハルマチクサを取り出す。
「これ、君にあげるよ」
岩のようなごつごつした顔に満面の笑みを浮かべながら、カザフはハルマチクサを差し出す。
そう、一本多く貰っていたものである。
「え……?」
いきなり花を差し出されたナナは、頬を微かに赤らめながら、困惑の声を漏らした。
貰えることは嬉しくて。でも、恥ずかしさもあって。
ナナはそんな顔をしている。
しかしカザフは気づいていなかった。ナナが嬉しくも恥ずかしい心境になり困っていることなど、微塵も気づいていない。
「あ。もしかして、要らなかった?」
気づいていないどころか、勘違いしている。
「アイスロック洞窟でした手に入らないハルマチクサだよ。病気を治す効果とかもあるから、余った一本は君にあげようと思っていたんだけど……やっぱり、こんなのは要らなかったかな……?」
大抵の人間なら、ナナの今の感情に気づくことができただろう。でもカザフは気づけない側の人間だった。
「な、何ですかそれ! 貰います!」
「要らなかったら無理しなくていいんだよ?」
「もっ、貰いますよっ!」
ナナはカザフの手からハルマチクサをぱっと奪い取る。
それから、改めて花を見る。
「これ……不思議な形の花弁ですね」
「ハルマチクサだからね」
「凄く綺麗です」
「気に入ってもらえた? もしそうなら嬉しいよ」
その頃にはナナも平常心を取り戻してきていて、普通に会話することができるようになっていた。顔つきも、穏やかになっている。純粋に嬉しそうな顔だ。
そんな彼女を見て、カザフも嬉しそう。
二人とも笑顔になれている。お互い幸せな気持ちになれている。それはある意味、二人にとって最良の展開かもしれない。一輪の花が二人の幸福を生み出しているのだから。
「ありがとうございます、カザフさん。これ……大事に飾っておきます」
「気に入ってもらえて良かったよ」
「この花弁、アクセサリー作りのヒントにもなりそうです」
「それは良かった。君の作るアクセサリーは可愛いのが多いから、僕、いつも楽しみだよ」
客の少ないアクセサリー店、アクセサリー・ナナ。
その店内に流れている空気は今日も穏やかだ。
店主のナナが刺々しくないからというのは大きいだろうが、温厚なカザフがいることも、少しは影響を及ぼしているのかもしれない。